渚のカフェテリア

 グレープアカデミーを中心に発展したテーブルシティは、パルデア地方最大の都市だ。昔から交易が盛んに行われているため、アカデミーに入学する人だけではなく、新しい技術や知識を求めて、様々な人がこの街を訪れるらしい。アカデミーやポケモンセンター、バトル用品を売っているお店はもちろん、他にもブティックやヘアメイクサロン、レストランやカフェやフードスタンド、アウトドア用品店などの施設も充実している。よその地方から来た私たちにとっては、街を散策するだけで軽く一日が終わってしまう。そのくらい大きい都市だった。

「腹減ったなぁ。どこで食おうか」
「デンジ君は何を食べたい?」
「んー。せっかく学食以外で食うんだから、普段食べないようなものがいいな。久しぶりにファストフードとか食いたいかも。レインは食べたいもの、あるか?」
「そうね……パルデア地方の料理を食べたいな。気に入った味があったら真似してみたいし」
「オレ、スシー」
「シャリタツが寿司を食ったら共食いになるだろ……いや、厳密にはならないのか?」
「ふふっ」

 授業がない休日に学園を出て、テーブルシティの飲食店で昼食をとろうと、街を散策していたときのことだった。デンジ君と一緒に、シャリタツを連れて、入り組んだ道をのんびりと歩いていると、一件のお店が視界に入ってきた。レンガの外壁が可愛らしくもお洒落で、大きな窓にはティーカップが描かれている。アンティーク調のドアノブが目を引く扉の上には、パルデアの言葉でこう書かれていた。

「『喫茶なぎさ』……」
「……へぇ、偶然だな」

 パルデア地方には『なぎさ』という言葉に別の意味があるのかもしれない。でも、私たちが連想するのはやっぱり『渚』だ。波打ち際。海に一番近い場所。シンオウ地方のナギサシティから、遥々パルデア地方の大都市にやってきた私とデンジ君にとって、親近感を抱くには十分すぎる名前だった。
 デンジ君の眼差しから考えを読み取った私は、すぐに首を縦に振った。デンジ君が喫茶なぎさのドアノブを押すと、ベルの高い音色が私たちを迎え入れてくれた。
 店内はそう広くはない。四人掛けのテーブル席が二つあり、二人掛けのテーブル席が四つ窓際に並んでいる。あとはカウンター席に数人座れるくらいだ。
 「お好きな席へどうぞ」と言われた私たちは、無意識のうちにカウンター席へと足を運んでいた。他のテーブルが埋まっているわけでもないのに、カウンター席を選ぶお客さんは珍しいに違いなく、お冷とメニューを出してくれた店員さんは少しだけ不思議そうだった。

「ちょうどよさそうな軽食があるな」
「そうね。このケサディーヤなんか美味しそう。トルティーヤっていう薄い焼きパンにチーズとハムを挟んで焼き上げる、ファストフードですって」
「こっちのスパイーポテトも美味そうだ。スコヴィランソースをつけて食うらしい」
「じゃあ、決まりね」

 デンジ君が片手をあげて視線を送ると、すぐに先ほどの店員さんがオーダーを取りにやってきた。

「ケサディーヤを二つ。それからスパイシーポテトを一つ。あ、ポテトはシェアするので取り皿をお願いします。それから、コーヒーを一つ食事と一緒に。レイン、飲み物は?」
「私はレモネードを。私も、飲み物は食事と一緒で大丈夫です。シャリタツ、何か食べる?」
「オレ、コレクウー」
「アルファホール。ミルクジャムを柔らかいクッキーで挟んだ甘いお菓子か……美味しそうね。じゃあ、これも一つください」
「かしこまりました」

 店員さんはオーダーを復唱した後、メニューを下げて席から離れていった。
 興味深そうに店内を見渡しているシャリタツを膝にのせて、お冷が入ったグラスを持ち上げた。氷が崩れる涼しげな音と一緒に、冷たいレモン水を喉に流し込む。外食をするとき、こうして注文した料理を待ちながらのんびり談笑する時間が、私は好き。

「名前だけを見て、思わず入ってしまったな」
「ええ。喫茶なぎさ……ふふっ。素通りできない名前だものね」
「だな。それに、名前だけじゃなくてマスターが経営している店にも少し似ている気がする」
「あ、そうね。デンジ君もマスターのお店ではよくフライドポテトを頼んでいたわよね。それに、いつもカウンター席に座っていたわ」
「マスター?」
「ふふっ。私たちがいつもお世話になっている人よ。シンオウ地方に帰ったら、シャリタツのことも紹介しなきゃ」

 今頃、マスターはどうしているかしら。シンオウ地方とパルデア地方の時差は八時間ほどだから、今は相棒のヘルガーと一緒に夜の営業をしているかもしれない。
 一人思い浮かべてしまえば、ナギサシティにいる大切な人たちの顔が次々と浮かんでくる。オーバ君、孤児院のみんな、ナギサジムトレーナーのみなさん。みんな、元気にしているかしら。

「なあ。後から久しぶりに、マスターに電話でもしてみるか」
「ええ。オーバ君にも」
「オーバには先週も連絡しただろ」
「でも『毎日でもかけてきていいからな!』って、オーバ君が言っていたわ」
「オレたちはあいつの彼女かよ」

 デンジ君と顔を見合わせて吹き出したところで、注文していた料理が目の前にことりと並べられた。シンオウ地方では馴染みのない、パルデア地方の料理。味もきっと異国のそれだ。でもどこか懐かしさに包まれながら、私とデンジ君は正午の穏やかなひと時を過ごしたのだった。



カフェテリア:スペイン語で喫茶店
2023.02.15



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