デンジクン、スキー

 シャリタツという生き物は、類い希なる頭脳を持ち合わせているらしい。知能の高さはドラゴンポケモンの中でもトップクラスといわれている。自身の非力さを自覚しているシャリタツは、逆に体躯に優れているものの頭脳を使うことが苦手なヘイラッシャに指令を出して戦わせることで、自身の身を守り獲物を確実に仕留めるという。
 実際のところ、パルデア地方でレインの仲間になったシャリタツは非常に賢いポケモンだ。野生だった頃から、片言ではあるが人間の言葉を話し、理解していた。それに、非力とは言われているが意外と火力がある。小さな体をカバーするためにどのようなバトルをするのだろうと思っていたら、繰り出してきたハイドロポンプ一撃でオレのライチュウが吹き飛ばされたくらいだ。恵まれた特殊攻撃力と、ドラゴンポケモンのトップクラスに君臨する頭脳を併せ持ったシャリタツは、レインにとって頼れる仲間になった。
 当のシャリタツは、出会った頃と変わらずマイペースだった。モンスターボールの中よりもレインの肩の上がお気に入りらしく、座学授業であろうと課外授業であろうと休日だろうと、レインの肩の上に陣とっている。体が小さい特権というものだ。ときおり、レインのシャワーズが恨めしそうにしているのを見かける。もちろん、レインは他の手持ちポケモンともスキンシップを取り、等しく愛情を注いでいるのだが。
 つまるところ、レインとシャリタツはパルデア滞在期間中よく一緒にいるのだ。そして、レインと共に行動し、レインの言葉をよく聞いている、賢いシャリタツがどうなるかというと――親の言葉を覚えるのだ。

 * * *

「デンジクン、スキー」

 放課後の誰もいないアカデミーの図書館に、間延びした声が響いた。オレも、そしてレインも、課題のために探していた資料を探す手を止めて、視線を絡める。

「人がいないとはいえ、学園の中で……情熱的だな?」
「ち、違うわ! 違う、違うの!」
「なんだ? オレのこと、好きじゃないのか?」
「まさか! 大好きだけど、そうじゃなくて、さっきのは私じゃなくて……!」
「はははっ! 悪い、からかいすぎたな。レインがオレのことを好きなのは、オレが一番よく知ってる。でも、さっきの言葉はレインじゃなくて……シャリタツだな?」

 片眉を吊り上げながら問いかけると、シャリタツはとぼけたように首を傾げた。

「デンジクン、スキー」
「しゃ、シャリタツ、ちょっと」
「デンジクン、ダイスキー」
「……!」
「上手いじゃないか、シャリタツ。誰の言葉を聞いて覚えたんだ?」
「レインー」
「……っ!!」

 レインは手に持っていた本で口元を隠すと「もうやめて……」と涙目になって呟いた。

「どうして?」
「だって、はず、はずかしい……」
「別に何も恥ずかしがることはないさ。賢いシャリタツはレインが話している言葉をよく聞いて、覚えた言葉を聞かせてくれた。素晴らしいじゃないか」
「うう……一言一句違わないのだけど、そうじゃなくて、あの……私、そんなにしょっちゅう、デンジ君のこと好きだって言っているの……?」
「言ってる。まるで口癖みたいにな」
「!!」
「そんなに驚くことか? レインは自覚があると思っていたが……」
「それは、二人きりのときは何も恥ずかしがらずに伝えられると思っているわ。私がデンジ君のことを好きだということは事実だし、私の存在理由みたいなものだもの。でも、あくまでも二人だけのときに伝えているつもりだったのに、ポケモンたちがいる前でもそんな風に言っているなんて……」
「いや、ポケモンどころかむしろ人前でもそうだが」
「え……!?」
「ついこの前も、オーバと通話中に『デンジ君、本当にすごいの。パルデア地方ならではの現象、テラスタルを使いこなして先生とのバトルに勝ったのよ。かっこよかったな……ますます好きになっちゃう……』って、惚気てたろ。無自覚だろうけど」
「……」

 レインはとうとう本で顔を完全に隠してしまった。本の影から飛び出している耳先は、オクタンよりも赤い。
 まさか、本当に自覚がなかったのだろうか。まるで息を吐くように、瞬きをするように。ごく自然に、当たり前に。レインはオレへの想いを言葉にしているのだとしたら。

「はは……幸せ者だな、オレは。まあ、それだけ自然に口にしているってことは、シャリタツが言葉を覚えるのも当然の流れってことだ」
「……今後は気を付けます。場違いなところで変なことを口走ったらデンジ君に迷惑がかかっちゃうかもしれないし……」
「デンジクン、スキー」
「シャリタツ、お喋りが上手なのは本当にすごいことだけど、その言葉は控えてくれると助かるわ……」
「デンジクン、ダイスキー」
「そ、それもダメーッ!」

 慌てふためくレインの姿を見て、愉快そうににんまりと笑っているあたり、シャリタツは本当に賢いポケモンのようである。



2023.01.12



- ナノ -