テソロを探して

『パルデア地方のアカデミーに一ヶ月間体験入学して、シンオウ地方のトレーナーズスクールの発展に活かしてちょうだい』

 私とデンジ君をシンオウリーグに呼び出したシロナさんはそう言うと、葡萄色のネクタイが目を引く制服を差し出した。それももう、一週間ほど前の出来事だ。

「レイン、この辺に広げようか」

 パルデア地方の大自然の中で、私とデンジ君はピクニック用品を広げていた。折り畳み式のテーブルと椅子を組み立てるのはデンジ君の役目。食材を用意するのは私の役目だ。レタス、スライストマト、卵、ベーコンなど、見た目も楽しめるような色鮮やかな食材ばかりを持ってきた。
 湖に潜って遊んでいたシャワーズが匂いにつられて陸へと上がると、体をフルフルと振って水を散らす。そして、私たちのところに駆け寄ると、ミント色のクロスがかけられたテーブルに前足をかけた。

「あら。シャワーズ。お行儀悪いわよ」
「ピクニックをするのが楽しみなんだよな。ほら、オレのサンダースもそわそわしてる」

 本当だ。お行儀よくお座りをしているように見えて、サンダースの鼻は絶えずヒクつき、私たちが準備している様子を何度もチラチラと見ている。

「ふふ、もう少し待っていてね。もうすぐ準備が終わるから、みんなでサンドイッチを作りましょう」
「ああ! 楽しみだ」
「でも、課外授業中なのにいいのかしら」
「腹が減っては戦ができないっていうだろう? それに、課外授業の目的は『宝探し』。それぞれの好きなことをやっていいとクラベル校長も言っていたし、パルデア地方のポケモンたちを観察することもポケモントレーナーとしての立派な勉強だ」
「それもそうね。シンオウ地方では見たことがないポケモンがたくさん見えるもの」

 ここ、オージャの湖の畔には水辺に住むポケモンはもちろん、草むらや木陰の下にもポケモンたちの姿が見える。トロピウス、ストライク、チルタリス、ムックルなど、見たことがあるポケモンも多い。でもそれ以上に、初めて見るポケモンたちに、私もデンジ君も目が釘付けだった。

「あそこにいる、丸々と太ったポケモンはパフュートン。オスかメスかで姿がだいぶん違うらしい。あれは……体が黒いからオスだな」
「水辺の傍にはヌオーによく似たポケモンがいるわ。……パルデアウパーが進化した姿、ドオーですって。タイプは……どく、じめん……」
「みずタイプじゃなくて残念だったな」
「ふふっ、そうね。でも、シンオウ地方ではみず、じめんタイプのウパーがこっちでは別の姿になっていることがわかっただけでもわくわくするわ。マキシさんにもお話したいな」

 スマホロトムにインストールしたポケモン図鑑のアプリから、その生態を確認するたびに胸の高揚が止まらなくなる。知らないポケモンと出会う喜びは、きっとポケモントレーナーでいる限りずっと私たちの傍にあり続けるのだ。
 私とデンジ君が夢中になっていると、テーブルの下から不満そうな鳴き声が聞こえてきた。

「あ、シャワーズ。ごめんなさい、サンドイッチを作るんだったわね」
「サンダースも、そう体毛を尖らせるなって。さあ、どれがいい?」

 テーブルの上にずらりと並べられた食材たちを見ると、二匹は目を輝かせた。どうやら機嫌が戻ったみたい。
 二匹は食材を一つずつ吟味しながら、食べたい食材を選んでいく。私とデンジ君は、前足を使って指定される食材を別のお皿に取り分けていった。

「苺、林檎、バナナ、キウイ、パインにホイップクリーム……」
「焼きベーコン、生ハム、焼きチョリソー、ハンバーグ、ハーブソーセージ。そして上からたっぷりのケチャップ……おい、サンダース。肉ばかりじゃないか」
「こっちはあまーいフルーツサンドになりそうね? シャワーズ」
「まったく、おまえたちときたら」

 私とデンジ君は顔を見合わせてクスクスと笑いあった。これは、サンダースとシャワーズのそれぞれの好みがたっぷり詰まった美味しいサンドイッチが完成しそうだ。
 具材を選んだら、バケットにバランスよく載せていく。どこをかじってもいろんな味が楽しめるように、均等に載せるもよし。食材の種類別に偏らせて、食材毎の味を堪能するもよし。でも、欲張って載せ過ぎないようにしないといけない。上からバケットが閉じられなくなったり、ピックが刺せなくなってしまったら台無しだ。
 ……うん。なんとかきれいに載せられたみたい。最後に、シャワーズの顔が付いたピックを刺せば……。
 
「できたわ!」
「こっちもだ!」
「ほら。見て、シャワーズ。すごく美味しそうにできたわ」

 出来上がったサンドイッチを見て、サンダースとシャワーズはジャンプしながらはしゃいでくれた。次は、お待ちかねのランチタイムだ。
 サンドイッチをテーブルの真ん中に並べて、水筒やカップや紙ナプキンを並べていく。そうそう、お寿司もあったら豪華になる……?

「え?」
「どうしたんだ? レイン」
「……私の気のせいかしら。テーブルの上にお寿司が……」
「これのことか? てっきりレインが準備してくれたものだと思っていたんだが……」

 デンジ君の言葉を否定したくはなかったけど、私は正直に首を横に振った。本当に、身に覚えがないのだ。
 お寿司という食べ物は、本来シンオウ地方やホウエン地方の食文化だ。パルデア地方にもお寿司を取り扱っているお店はあるものの見かけるのは珍しい、と思う。それに、新鮮だからこそ美味しいお寿司をわざわざピクニックに持ってくるようなことはしない。下手したらネタが痛んでお腹を壊してしまうかもしれないし。
 でも、目の前にあるのはどこをどう見てもお寿司だ。少々大きくはあるけれど……うん。やっぱり、お寿司だ。形の整ったシャリも、その上に載っている光沢のあるネタも……これはエビかしら? 手のひらサイズという規格外の大きさではあるけれど、それ以外にはお寿司として何の違和感もない。
 私とデンジ君がジッとお寿司を見つめて、観察していると……お寿司が、私たちを見つめ返してきた。

「きゃあっ!?」
「寿司に目が開いた!?」
「スーシー」
「寿司が鳴いた!?」

 目の前のお寿司に突然目が現れ、さらには鳴き声を上げ、上体を反って「やあ」と言わんばかりにヒレのような手を上げた。……ヒレ?

「で、デンジ君。もしかしてこのお寿司……じゃなくて、この子は」
「ああ、ポケモンだ」

 デンジ君は再びスマホロトムを呼び出して、お寿司の姿をしたポケモンに向けた。

「なになに? 『シャリタツ。ぎたいポケモン。非常に悪賢いポケモン。弱ったふりで獲物をおびき寄せ、仲間のポケモンに襲わせる』……だってさ。タイプはみずと……は!? ドラゴン!?」
「みずとドラゴンの複合ポケモン……!」

 よく見たら、タネだと思っていた橙色の部分は体で、シャリと思っていた白い部分は喉の膨らみのようだ。なるほど、擬態ポケモンと呼ばれるのも頷ける。だって、どこからどう見ても完全にお寿司だもの。

「スシ、クウー」
「え?」
「オレモ、クウー」
「……気のせいか、人間の言葉を喋ってないか?」
「ええ、波導を使わなくてもなんとなく言葉がわかるような気がするわ。……これが食べたいの?」

 作ったばかりのフルーツたっぷりサンドイッチを差し出すと、シャリタツは大きな目を輝かせて何度も頷いた。その姿がとても可愛らしくて、思わず小さく笑ってしまった。
 私が「どうぞ」と言うと、シャリタツは勢いよくサンドイッチにかぶりついた。口の周りがホイップクリームだらけで、まるでおヒゲみたい。

「ウメー!」
「ふふっ。気に入ってくれたの? よかった」
「シャワーッ!」
「あ。ごめんなさい、シャワーズ。すぐに同じサンドイッチを作るから、これはこの子に食べさせてあげて」

 御立腹のシャワーズをなだめるために、もう一度同じサンドイッチを作り直す。でも、さっき作ったものよりも少しだけ多く具材を盛り付けてあげる。シャワーズは「仕方ないなぁ」と言わんばかりに鳴くと、サンダースと並んでサンドイッチを食べ始めた。ときおり、二匹がお互いのサンドイッチを交換して食べ比べをしている。私とデンジ君と一緒で、シャワーズとサンダースも本当に仲がいい。可愛らしい光景に頬が緩んでしまうくらい。
 そんな二匹を、一足先にサンドイッチを食べ終えたシャリタツがじっと見つめている。まるで、輪の中に入りたいとでもいうように。

「なあ、シャリタツ」
「スシ?」
「レインが作るサンドイッチは美味いだろう? レインと一緒に来れば、上手い料理をずっと食べられるぞ」
「! オレモイクー!」
「本当? 私と一緒に来てくれるの?」

 もう一度問いかけると、シャリタツは小さなヒレを元気いっぱいに勢いよく挙げて、仲間になる意志を示してくれた。
 パルデア地方にやってきて早一週間。私たちの宝探しは順調に進んでいるみたいだ。



テソロ:スペイン語で宝物
2022.12.25



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