あなただけの『特別』


「デンジとレインじゃねぇか!」

 ランチを終えた後、目的もなく街を歩きながらウィンドウショッピングをしていると、溌剌とした聞き覚えのある声が私たちを呼び止めた。購入を迷っている色違いのマグカップを手に持ったまま振り向くと、予想通り、そこにはにっかりと笑ったオーバ君がいて「よう!」と片手を上げながらこちらに向かって歩いてくるところだった。

「こんにちは、オーバ君。ヨスガシティで会うなんて珍しいわね。お買い物?」
「いや、俺は久しぶりにふれあい広場でポケモンたちを遊ばせようと思ってな! レインたちも来るか?」
「非常に残念なことだが、オレたちは午前中に行ってきたんだ」
「おい、デンジ。声が全然残念がってねーんだよ、声が」
「当然だろう。こっちは新婚夫婦のデート中だぞ?」
「で、デンジ君……!」

 私とデンジ君の関係をオーバ君が知らないはずがなく、むしろ結婚式のときはスピーチをしてもらったくらいなのだけど、改めて『新婚』とか『夫婦』という関係性をオーバ君の前で言葉にされると、気恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
 私たち三人は幼馴染みで、ずっと仲のいい友達だったけど、私とデンジ君はその先の関係に進んでしまった。だからといって、私もデンジ君もオーバ君に対する態度を変えているつもりはないけれど、オーバ君本人はどう思っているのだろう。もしかしたら、寂しく思っていたり、するのかしら。

「はいはい、ラブラブな二人のお邪魔をして悪かったですよっと」
「オーバ君……」
「はははっ! 冗談だよ、そんな顔するなって! 俺はおまえたちが仲良くしてたらそれだけ嬉しいんだからさ!」
「そうなの?」
「ああ! だって、俺が好きなやつ同士が結婚したんだから、嬉しくないはずないだろ?」

 カラッとした笑顔を見て、オーバ君はこんな人だったということを改めて思い出した。身近な人の幸せを自分のことのように心の底から祝ってくれる、とても素敵な人。

「でも、たまには構ってくれないとオーバ様も拗ねちゃうぜ?」
「ふふふっ。……そうだわ! 今度久しぶりに三人でしょうぶどころにでも行かない? ね、デンジ君」
「ああ。それはいい考えだな。久しぶりにバトルして、幼馴染み三人の中で誰が一番強いか改めて決めるのも悪くない」
「ええっ!? あの、私はデンジ君やオーバ君の足元にも及ばないわ……!」
「おいおい、それ本気で言ってるのか? レインももう立派なポケモントレーナーだ。謙遜せず胸を張ってないと、対戦相手にもポケモンたちにも失礼だからな」
「! オーバ君……ええ、そうね! ぜひ、私とも戦ってください!」
「その意気だぜ!」
「じゃあ、そういうことで。オレたちはそろそろ行くぞ」
「ああ! じゃあ、またな〜!」

 朗らかに手を振りながら立ち去っていくオーバ君の背中を見ていたデンジ君が、ポツリと呟く。

「お節介の癖に妙に空気が読めるというか……本当に、あいつはよくできた“腐れ縁”だよ」

 シンオウ地方の片隅でデンジ君のオーバ君の間に生まれたこの縁は、これから先もずっと切れることがなく続いていくのだろうと思う。そんな二人の友情をずっと傍で見守らせてもらえるのだから……オーバ君の言葉を借りるなら『嬉しくないはずがない』。

「ふふっ」
「どうした?」
「デンジ君にとってオーバ君は本当に特別なんだなぁって思ったの」
「……否定はしないが、いくら特別でもオーバ相手にこういうことはしないからな」

 首を傾げた瞬間、頬を柔らかな熱が掠めた。それがデンジ君の唇だと認識したとき、すでに私の手の中から色違いのマグカップはなくなっていた。あまりにも流れるように自然な動きだったから、きっと人混みにいる誰も前半の行為に気付いていない。本当に見事としか言いようがない。

「これ、買ってくる」

 まるで「レインもオレにとって特別だ」と言ってもらえたような気がして、私は頬に残る熱の余韻に浸ったのだった。
 


2022.08.14



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