愛情で彩る朝食


 目覚めてから時計の針がぐるりと一周分ほど回った頃、私たちはようやくベッドから起き上がった。最近、朝は冷え込む日が多くなってきたからカーディガンを羽織ったけれど、デンジ君にたくさん抱きしめてもらった私の体はすでにポカポカだ。
 二人でリビングに向かうと、すでに起きていたサンダースとシャワーズが駆け寄ってきた。

「おはよ。おまえたちは相変わらず早起きだな」
「待たせちゃってごめんなさい。すぐに朝食の用意をするわね」
(どうせ、起きてもしばらくデンジ君とお喋りしながらいちゃいちゃしてたんでしょ〜?)
「! しゃ、シャワーズ……!」
「どうした? シャワーズ、何か言ってるのか?」
「な、なんでもないわ」

 私を困らせることに成功したシャワーズは満足げに笑って、サンダースと一緒に逃げていってしまった。 ……一言一句違わず、当たっているのだから返す言葉もない。

「ポケモンたちの飯を用意してくる。こっちはレインに任せていいか?」
「ええ。もちろん」

 デンジ君がポケモンフーズを持ってリビングを出ていく背中を見送る。デンジ君のポケモンはみんな家や庭にいるけれど、私のポケモンはシャワーズ以外、海にいることが多い。家から海まではすぐだけれど、毎回食事を運んでくれるデンジ君には感謝しかない。
 さあ、その間に私は朝食の準備をしないと。
 私はエプロンをつけると、冷蔵庫の扉を開けた。卵。ウインナー。それから新鮮な野菜とフルーツ、ヨーグルトを取り出す。
 フライパンに落とした卵はスクランブルエッグにして、空いたスペースでウインナーをカリッと焼き上げる。野菜は洗ってそのまま盛り付け、フルーツは一口サイズに切ってヨーグルトに入れる。

「ただいま」
「デンジ君。おかえりなさい」
「今日も朝から豪華だな」
「そんな。今日はこのあと出かける予定だし、パッと作れるものしかないわ」
「いーや、オレから見たらめちゃくちゃ豪華だぞ? レインと結婚する前はだいたい朝食抜きか、食ったとしてもゼリー飲料くらいだったからな」
「……」
「今『自分と結婚してなかったら、こいついつか死んでたかもしれない』って思っただろ」
「! どうしてわかったの?」
「……」

 デンジ君は少しだけばつが悪そうに笑ったあと「オレも何か手伝う」と言ってくれたので、残り物のコーンスープを温めるようにお願いした。
 カチッという音が鳴るのと同時に、火が点った。電気ではなく炎のぬくもりがじんわりと伝わってくる。やっぱり、料理をするなら電気の熱よりも火のほうが私は好き。
 デンジ君の家はもともとオール電化で、家電製品も最新のものばかりだった。でも、結婚してからは私がキッチンに立つ時間のほうが長いだろうからと、IHからガスに変えてくれたのだ。おかげで今までの感覚のまま、料理をすることができて助かっている。
 デンジ君が鍋の番をしている隣で、私は用意したものをワンプレートに盛り付ける。初めてこの盛り付けを見たデンジ君は「カフェみたいだ」と目を輝かせてくれたけど、ワンプレートはそれだけで様になるし、洗い物も少なくて済むから楽ちんでいい。
 買っておいたパンをトースターに入れて、軽く焼き上がるのを待っている間、ふと、キッチンに立つデンジ君のことが無性に愛しくなって、控えめにくっついてみた。

「ん? どうした? 今度はレインが甘えんぼうか?」
「ふふ。朝一緒に起きて、一緒に朝食の準備をするのって、なんだかすごく幸せで、いいなぁって思ったの。まだ少し、不思議な気分だけれど」

 料理に関しては、ポケモンたちの食事を用意するのがデンジ君で、私たちの食事を作るのが私、と分担することが多い。二人とも働いているんだから、そのほうが効率よく家事をこなせるのだ。
 でも、急ぐ必要がない休日に、こうやって二人でキッチンに立って、肩を並べて朝食の準備をしていると、小さな幸せで胸の中が満たされていく。結婚する前も、デンジ君の家に食事を作りに来ることはあったけれど、毎日デンジ君の朝食を作ることができるのは一緒に住んでいるからこそだ。
 その特権が与えられたという事実が、たまに、夢ではないかと思ってしまう。私がデンジ君の奥さんで、一日の始まりを一緒に迎えることができる人だなんて。まだ、少し、実感がわかない。
 その腕にすり寄って、服の袖をキュッと握る。

「ねぇ、デンジ君。夢じゃない、よね?」
「……これが夢だと思うか?」

 仕方がないな、と少しだけ呆れたように、デンジ君は笑って。その指先で、私の顎を持ち上げて。長身を屈め、私の唇を奪った。
 起きてすぐに交わした触れ合うだけのキスとは違う。まるで、自分の存在を刻み付けるような、教え込むようなーーそんな口付けだった。

「ん、デンジく……っ」

 お風呂の中でもないのにのぼせてしまう。足に力が入らない。でも、デンジ君はそれすら見透かし、力が抜けきった私の体を反対の腕で抱え込んだ。
 いったい、この口付けはいつまで続くのだろう。もしかしたらスイッチが入って、このままーー。
 それでもいい。そう思って爪先立ち、デンジ君の首筋に腕を伸ばそうとしたそのときーー何かが焼け焦げた匂いが、私たちの鼻先を掠めた。

「……なんだか、焦げ臭くないか?」
「……! デンジ君、スープが!」
「あ! しまった、って! レインのほうもトースト焦げてるぞ!」
「あ! やっちゃった……」

 デンジ君が見ていたコーンスープはお鍋の底に焦げ付いて、私が焼いていたトーストは表面が真っ黒焦げになってしまった。
 デンジ君と目が合うと、なんだかおかしくなってしまって、二人で笑った。コーンスープは焦げ付いていない上のほうだけをスープボウルに移して、トーストは焦げた表面を削り取ってお皿にのせる。そして、デンジくんにはコーヒーを、私にはミルクティーを用意して完成だ。
 うん。少し失敗したけれど、今日の朝食も美味しそう。

「「いただきます」」

 向かい合って座って、手を合わせて、一緒に作った朝食を口へと運ぶ。いつもと変わらない食卓でも、大好きな人と一緒だと、それだけで特別なものに変わっていく。



2021.12.08



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