恋が募る目覚め


 一日の始まりを、世界で一番大好きな人と迎えることができるなんて、なんて幸せなことなのだろう。

 まるで陽だまりに包まれているような、柔らかなぬくもりの中でゆっくりと意識が浮上してくる。
 この幸福感をまだ堪能していたい。でも、目覚めて貴方の姿を目に映したい。貴方の声を聞きたい。
 贅沢な悩みの間をふわふわと漂っていると、低い唸り声が聞こえてきた。その声の持ち主――デンジ君は何度か身じろぎしたあと、私の体を抱き寄せた。
 もしかしたら、デンジ君も同じなのかしら? 夢の世界と現実世界の狭間で微睡むことができる、今の時間を堪能しているのかしら?
 ゆっくりと瞼を持ち上げる。カーテンの隙間から差し込んでいる一筋の光が朝を告げている。
 どこまでも広がる海のようなコバルトブルーと、私のアイスブルーの視線が絡み合う。

「……おはよ」

 デンジ君はまだ覚醒しきっていない、とろんとした笑顔を浮かべた。

「おはよう、デンジ君」

 朝の挨拶を交わしながらも、私たちはまだ起き上がるつもりがない。目が覚めたあとに、お互いの体温で暖まったシーツの中で、戯れ合うのが好きだからだ。
 ぎゅっと抱きしめ合ったり、足を絡め合ってみたり、瞼にキスを落としてみたり。私からデンジ君に触れることは、恥ずかしくてなかなかできないけれど、デンジ君はいつもそうやって、惜しみない愛情を私に表現してくれる。
 ……たまに、じゃれ合いが発展して、前の日の夜の続きに……なんていうときもあるけれど。それはそれで、私は好き、だったり、するのだけど。
 今日のデンジ君は、少しいつもと違うみたい。

「レイン……」
「どうしたの? デンジ君」
「……あったかいな」
「ふふっ。今日は少し甘えんぼさん?」
「たまにはいいだろ」

 デンジ君は私の胸に顔を埋めると、またゆっくり瞼を落とした。あどけなささえ感じる、その姿がとても愛おしい。
 太陽が輝く海辺の街――ナギサシティの出身でありながら、浜辺の砂のように白い肌。瞼を縁取る睫毛は、髪と同じ金色だ。整った形の眉と目元の間隔は狭く、デンジ君の顔立ちを一層端正に見せている。唇は薄く見えるけれど、意外と柔らかいことはきっと私しか知らない。
 デンジ君の頭を抱きしめて、私の髪よりも硬い金髪を撫でながら、彼の甘えを享受する。私が抱きしめているはずなのに、まるで抱きしめられているように胸の中が満たされていく。
 すると、腕の中からデンジ君のくぐもっ声が聞こえてきた。

「レイン、そうやってくれるのは嬉しいんどけどさ」
「え?」
「あんまり強いと……」
「あっ、ごめんなさい。苦しかった?」
「いや、そうじゃなくて。あったかさとか、匂いとか、柔らかさとかでさ、反応するから」

 私の胸の間から上目遣いに視線を向けたデンジ君が、悪戯に笑った。自分の首元から耳の先まで、真っ赤になっていく感覚がわかる。
 恥ずかしくなった私はデンジ君を放すと、背中を向けて丸くなってしまった。

「レイン……」
「デンジ君……ん」

 すぐに後ろから腕が伸びてきて、私の体は簡単に捕まえられてしまう。振り向きざまに、瞼に落とされる口付けが、くすぐったくて身をよじらせた。

「ふふ、しあわせ」
「オレも」
「朝、目が覚めたらそこにデンジ君がいて、抱きしめてもらえるなんて、すごく贅沢だわ」
「はは。これから毎日、死ぬまで続くんだぞ?」

 デンジ君は私の頬に手を添えて、酷く優しく撫でながら。

「だって、オレたちは夫婦になったんだからな」

 そう言って、私の唇にキスを降らせた。
 見つめ合いながら、ちゅ、ちゅっと触れ合うだけの口付けを何度も交わす。それこそ毎日、昨日の夜だって何度もしていることなのに、キスをするたびに好きという気持ちが輪郭を無くして溶け出し、私の中から溢れ出て垂れ流しになってしまう。

 ――好き、デンジ君のことが、だいすき。

「ねぇ、デンジ君」
「ん?」
「死ぬまで続くなんて、それってとっても幸せね」

 何度同じ朝を迎えても、何度おはようのキスを交わしても、きっと飽きることなんて一生ない。むしろ、そのたびに愛おしさが募っていくのだ。
 私はデンジ君のことを愛していて、デンジ君もまた私のことを愛してくれている。

 毎朝、そうやって私はまた貴方に恋をする。



2021.11.14



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