二人しか知らないラブストーリー


「映画といえばこれだ」

 そう言って、デンジ君がポップコーンを用意してくれたのが一時間ほど前のこと。ソルト味、キャラメル味、チョコレート味、抹茶味、カレー味。食べ比べのように少しずつ紙皿に出されたポップコーンはあっという間に空になり、私たちはすぐにテレビに映し出されたストーリーに集中する以外にすることがなくなってしまった。
 去年話題に上がっていた映画が、期間限定で無料配信されることになったからと、デンジ君と一緒に見てみることにしたのだけど……正直なところ、あまりストーリーが入ってこない。単調で先の展開が読めてしまうし、人物の動きに共感しにくいというか、なんというか。どうして話題に上がっていたのだっけと思い返したとき、主演に抜擢された俳優さんと女優さんがその後恋仲になったからだったことを思い出した。映画の内容とは何ら関係のないことだったのだ。ああ、でも、女優さんのパートナー役のキルリアはすごくかわいいな。
 ちらり、と時計を見る。映画は残り半分くらいあるはず。そして今度は、ソファーの隣に座っているデンジ君へと視線を送った。デンジ君は真剣な表情で映画を見ているようだ。私だけが集中していないのは気が引けるし、もしかしたら感想を聞かれるかもしれないからやっぱり最後まで見ていないと。

「あ」

 そう思ってテレビに視線を戻すと同時に思わず声を上げてしまい、慌てて唇を縫い合わせる。主演の二人は熱い口付けを交わし、絡み合いながらベッドになだれ込んでいるところだった。

「そういや、ストーリーはイマイチだけどラブシーンが過激だって話題になってたよな」

 そうだ、確かにそれも話題に上がっていた理由のひとつだ。すっかり忘れていた。
 クッションに顔を埋めて、伺うようにしながらテレビを見る。その間にも、主演の二人は本物の恋人のようにキスをして、互いの体を愛撫しながら、服を脱がせていく。

「あっ」

 またしても私は声を上げてしまった。テレビの電源が突然落ちて、画面が沈黙してしまったからだ。ナギサシティで突然電気が落ちることは珍しくないけれど、その現象のほとんどの犯人は私の隣にいるし、リビングの照明はついたまま。ということは、停電ではなくデンジ君が意図的にテレビだけを消したということだ。
 デンジ君を見上げると、少しだけ意地悪な顔で笑っていた。

「続き、見たかった?」
「う、ううん。実をいうと、少し退屈していて……でも、さっきは少しドキドキしちゃった」
「ふーん」
「で、デンジ君は? 真剣に見ていたみたいだけど、いいの?」
「真剣に見ていたのは、話題作だしどんなものだろうなって見ていたのと、レインが真剣に見ているみたいだったから。あとから話が合わなかったら嫌だろ? 本音をいうと……つまらなかった」
「あ……ふふっ。私と同じ」
「ははっ、レインもだったのか。……でも、ラブシーンにドキドキしてたっていうのは少しおもしろくないな」

 デンジ君の両手が私の頬を包み、否応なしに顔を持ち上げ固定される。そこからは、されるがままだ。覆い被さるように与えられる口付けに、なにも考えられなくなる。髪や項、背中、どこを触れられているのかもわからないくらい、あつくなる。

「ここから先はオレたちでいいだろ?」

 デンジ君の言葉を否定することを知らない私は、素直に頷いて広い腕の中で身を委ねた。ここから先は台本もなにもないノンフィクション。デンジ君と私だけが知る、愛の物語なのだ。



2023.06.11



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