髪に落ちる熱


 ドライヤーから出るゆるやかな温風が、太陽の光に浸したような色の髪を撫でる。指先に触れる髪は固く、ときおり先端が指の腹をチクチクと刺すけれど、昼間のように逆立ってはいない。湿り気を帯びた髪が指の間をすり抜ける感覚は、自分の髪を乾かしているときとは違っていておもしろい。
 ……と、考えているのは、今は私だけのようだけれど。

「……あの、デンジ君?」
「……」
「えっと、ごめんね……?」

 ソファーの背もたれ越しに問いかけても、返事はなかった。代わりに、振り向きざまに見上げられ、少しだけ恨めしそうな表情を向けられる。

「一緒に入りたかったのに」

 デンジ君が言っているのは、お風呂のことだ。今日は体のケアに専念したいからと、別々に入ることを提案したことがお気に召さなかったらしい。
 でも、本気で怒っているということもないし、機嫌を損ねているというほどでもない。ただ、小さな子供が拗ねているような表情がかわいくて、いとしくて。大の男の人にそんな感情を抱いてしまうのだから、私はデンジ君という海に溺れてしまっているのだなとつくづく思う。

「あのね。今日はじっくり体のお手入れをしたかったの。マッサージしたり、たっぷりクリームを塗ったり」
「……」
「……今夜は、きれいな私を見てほしい、から」

 デンジ君のことが好き、愛している。そんな気持ちは息をするように形にできるのに、こういう言い回しは夫婦になってからも慣れない。
 お風呂の中であたたまった以上に、顔が火照ってしまっているのがわかる。

「オレのために綺麗になりたいと思ってくれるのは、嬉しいよ」

 どうやら機嫌はすっかり治ってくれたみたいだ。そのかわり……スイッチも一緒に入ってしまったみたいだけれど。
 「今度はオレが乾かすから」という言葉に甘えて、髪に巻き付けていたタオルを解く。ぱらりと落ちた私の髪をすくいあげて、デンジ君は自分の唇に押し当てた。

「デンジ君、王子様みたい」
「レインだけのな」

 それなら私はお姫様なのだろうかと、柄にもない浮かれたことを考えてしまうくらい、私は彼に愛されているのかもしれない。



2023.04.28



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