あなたの隣という指定席


 バタン! と、少し強めの音を立てて車のドアが閉まると、外界からの一切の音が遮断された。助手席に深く座り込み、足をうんと伸ばしていると、運転席のドアが開いてそこにデンジ君が乗り込んできた。その長い足がよくおさまってしまうなぁとぼんやり思いながら、シートベルトを閉めてハンドルを握ろうとしている指先を追いかける。運転しているときの手元や横顔が、好き。
 あ、見ていることに気付かれちゃった。

「レイン、なんだか眠そうだな」
「え? そう……?」
「ああ。目がとろんとしてる」

 伸ばされた手が私の頬を撫でる。骨張った男の人らしい手に私のそれを重ねて頬擦りすると、本当に意識がぼんやりとしてきた。

「少し疲れたか? たくさん歩いたもんな」
「ん……ごめんなさい。デンジ君にはこれから運転してもらうのに」
「そこ数十分だから問題ない。眠っていいぞ。帰り着いたら起こす」

 手渡された青いジャケットを素直に受けとる。ジャケットを胸元にかけてその中に体をモゾモゾとおさめていると、デンジ君の香りが鼻先を擽った。

「ん」
「ありがとう」

 一度だけ私の頭をくしゃりと撫でて、デンジ君の手が離れていく。車が振動して鈍いエンジン音を立てる、それがまるで揺りかごの中にいるように安心してしまって、私は重くなっていく瞼に抗うことなく意識を手放すのだ。

「夜はまだ長いんだからな」

 ああ、デンジ君と過ごす一日はまだ終わりじゃないんだ。眠りに落ちきる前に聞こえてきた言葉が嬉しくて、私は微睡みの中で微笑んだ。



2023.03.11



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