わたしだけのあなた


 夕方のスーパーは人で溢れ返っている。特に休日ともなると時間次第では、レジ待ちの列が遊園地のアトラクションのように長く続くときもある。デンジ君が押すカートが人の合間を縫うように進む。はぐれないようにぴったり寄り添いながら脳内で今日の献立を組み立てて行き、必要な材料が並んでいる棚に手を伸ばす。

「えっと。オムライスの材料は卵、人参、玉ねぎ……」
「酒、つまみ、冷凍ポテト……」

 私が夕食の材料をカートに入れていくのと同時に、デンジ君は明らかに晩酌の準備を進めている。食事とお酒は別腹なのかもしれないし、お酒を飲んだとしてもデンジ君はご飯まで残さず食べてくれるけれど、それにしても今日は少し量が多い気がする。
 じーっと視線を送り続けていると、気付いたデンジ君が少しだけ居心地悪そうに目を泳がせた。

「そんな目で見ないでくれよ、レイン。レインの料理が世界一美味いのはわかってる。でも、酒はどうしても……!」
「ふふっ。わかっているわ。私が作る料理をデンジ君はいつも美味しいって言って食べてくれるもの。でも、お酒はほどほどに。おつまみや脂っこいものも控えめにね」
「はい」

 缶ビールをカートに入れながら、デンジ君は素直に頷いた。他の人より頭一つ分飛び出るくらい背が高いのに、まるで小さな子供みたい。

「レインも飲むだろ? 何にする?」
「私はいつものカクテルにするわ」
「了解。……レインは酒に強いけど、自分からは進んで飲まないよな」

 確かに、と目を瞬く。お酒は特別好きというわけではないし、だからといって嫌いでもない。その場の雰囲気に合わせて嗜める程度には飲めるつもりだけれど、強いとか弱いとか、そこまで意識したことがなかった。

「そうね。特別お酒が大好きというわけではないし……私、そんなに強いの?」
「強いに決まってる。二十歳になってすぐくらいに、オーバも入れて三人でオレの家で飲み比べしたことあっただろ。今思えばレインにも無茶させたが、若気の至りだな」
「ふふっ。そんなこともあったわね。あのときはどうなったのかしら……」
「オレとオーバが同じくらいでダウンして、レインは涼しい顔で飲み続けてた。その後、結局買った酒が尽きるまで飲んだだろ。それでもケロッとしてたんだから、レインの圧勝だった」
「そ、そうだったかしら」
「そうだ。あれはザルを通り過ぎて枠だな」

 お酒に強いとか弱いとか、そんなことを考えるに至らないくらい、私はお酒を飲んでもなんともならない。気持ち悪くなったり意識をなくしてしまったりすることはもちろんないし、泣き上戸や怒り上戸、笑い上戸になることすらない。
 デンジ君はというと、確か……いつもより饒舌になるし、表情を崩して笑うことも多くなる。それから……。

「デンジ君は、お酒を飲むと少しだけ甘えん坊になるわよね。ふふっ」
「えっ。そう、なのか?」
「ええ。膝枕で寝ちゃうこともあるし、かわいい」
「……レインにだけだからな。そういうところを見せるのは」
「もちろん。……私以外には絶対に見せないで」

 私だけが知っているデンジ君がいると思うと、胸の奥が満たされる。これは、優越感? 独占欲? 何にせよ、デンジ君の『特別』だからこそ許された特権なのだと思うと、どうしようもなく嬉しくなる。
 でも、きっと同じくらい。ううん、たぶんそれ以上。デンジ君だけが知っている、私すら知らない私もたくさんいるのでしょう。
 すっかり嬉しくなってしまった私は、デンジ君の「酒、もう一缶だけ買っていいか?」というおねだりを呆気なく許してしまうのだった。



2023.03.07



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