ミルクティーの熱


 楽しい時間や特別な時間というものは、いつもより早く過ぎ去ってしまうように感じるものだと思う。デンジ君と結婚して、一緒に過ごす時間が以前よりずっと長くなったとしても、お洒落をして普段は行かないような場所にお出掛けする、特別な時間が終わってしまうのは少しだけ残念。
 もう少しだけ、このままでいたい。
 スマートフォンをバッグの奥に押し込んで時間がわからないようにする。テイクアウトしたミルクティーが入った紙カップに口をつけると、中身はすっかりぬるくなってしまっていた。

「そろそろ帰る時間だな」

 街路樹の下に設置されているベンチに並んで座っている、デンジ君のさりげない言葉に肩が跳ねる。甘えるように座る位置をデンジ君の方に寄せると、空っぽになった紙カップを持て余していた手に指先を捕まえられた。
 
「名残惜しい?」
「……うん。特別なお休みが終わっちゃうのは、少しだけ。でも、デンジ君と一緒だとどこへ行っても、それこそおうちの中だってドキドキしちゃうから、いつもデートしているみたいだけど」
「……そういうことを街の真ん中で言うなよ。抱きしめたくなるだろ」

 デンジ君も私と同じように空間をギュッと詰めた。まるで私たちの間に距離なんて要らないというように。

「おうちに帰る前に夕食の買い物をしなきゃ」
「ああ。今日はオレも一緒に作る」
「本当? 一緒に作ってくれるの?」
「ああ。今日は後ろからくっついているより、隣に立ちたい気分だ」
「ふふっ。じゃあ、よろしくお願いします」

 朝も一緒に食事を準備できたのに夜も一緒だなんて、今日はやっぱり特別な日だ。嬉しくて表情を緩ませている私の手の中から、デンジ君はカップをひょいっと持ち上げた。

「レイン、一口ちょーだい」
「はい。どうぞ。もうぬるくなっちゃってるけれど……」
「ん。今はこれで我慢する」

 まるで頬にキスでもするように、デンジ君の唇がそっと飲み口に触れる。その目的がミルクティーではないことに気が付いたとき、私の体は暑くもないのに火照ってしまって仕方なかった。



2023.03.07



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