Love cupid

 気分転換にと、休みの日にデンジさんとレインさんが連れ出してくれたヨスガシティのふれあい広場。そこで、私たちはまた一人見知った顔に出会う。

「よっ! おまえら、隠し子がいたんだって!? 俺に内緒なんて水臭いじゃ……」

 燃え盛る炎のように真っ赤なアフロヘアが特徴的な男の人――オーバさんの言葉は最後まで続かず「ぐえっ!」という濁った音が吐き出された。デンジさんの命令によって、オーバさんめがけてタックルを命中させたサンダースは得意げに鳴いている。さらに、デンジさんが右手を上げるとサンダースの周りに雷柱が発生していく。さすがのオーバさんも、青ざめて首を横に振った。

「ストップ! ライジングボルトはさすがに死ぬ! つか、冗談だっつーの!」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろう。これだから四天王は常識知らずなんだ」
「ついこの前、改造し過ぎてナギサシティを停電させたおまえには言われたくねーな!?」

 デンジさんとオーバさんが応酬を始めてしまった一歩離れた場所で、レインさんが微笑ましそうに笑っている。三人の足元では、ブースターとサンダースとシャワーズが戯れている。

「デンジさんとオーバさんはこの世界でも相変わらずだね」
「だな」

 見慣れた光景に安心感を覚えていると、振り返ったオーバさんがにっかりと笑った。

「話は大体聞いているぜ! きみたちが、別の世界から来たデンジとレインの子供ってやつ?」
「はい。姉のリッカです」
「オレはライト」
「俺はオーバ。シンオウ地方の四天王をやってる……っていうのは、そっちの俺と一緒か?」
「はい! 私たちの世界のオーバさんはグレン君のパパで、小さいころから私たちとも一緒に遊んでくれていたし、ポケモンのことも教えてくれました。私はこおりタイプのポケモンが好きだから苦手対策のアドバイスをくれたり……」
「ちょっと待て」
「?」
「そのグレンって……俺の息子なのか?」

 そうだった。当たり前のように話していたけれど、オーバさんはグレン君のことを知らないんだった。
 私とライトは同時に頷き、私たちの世界での家族のことを話した。デンジさんとレインさんそっくりのパパとママがいること。近所にはオーバさんそっくりの人が住んでいて、その人の息子であるグレン君と私たちは幼馴染であること。特に、ライトとグレン君は生れた年も生まれた季節も同じ腐れ縁だということ。私たちとグレン君たちは家族ぐるみの付き合いで、ずっと仲がいいということ。
 私が一つ例を挙げるたびに、三人の表情が変わっていく様子が面白い。レインさんは不思議そうに目を丸くしているし。デンジさんはどこか羨ましそうだ。そして、オーバさんは表情が見る見るうちに溶けて行って、口元を手で覆い隠しても顔がほころんでいるのがわかる。

「じゃあ、そのグレンってやつの母親は、つまり。俺の嫁さんは、その、エイル……だったりするのか?」
「はい」
「……っ!」

 ……どうしよう。オーバさんは拳を高々と突き上げたまま動かなくなってしまった。

「私、何か悪いこと言っちゃった……?」
「ふふ。オーバ君、嬉しいんじゃないかしら」
「そうなんですか?」
「遠恋中だからな、オーバとエイルは」
「オーバ君は四天王。エイルさんはポケモンミュージカル女優。それぞれ夢を追いかけながらも、愛もしっかり実らせるなんて素敵よね」

 デンジさんとレインさんの話を聞いたライトが、私の耳元に唇を寄せる。

「こっちの事情と少しだけ違うな」
「うん。私たちが知っているオーバさんとエイルさんは一回別れたって聞いたものね」

 私が知っているグレン君のパパとママは、幼いころから追い求めていた夢を確実に叶えるために、一度は別の道を歩んだという。でも、お互い夢を叶えた後、運命的な再会を果たした二人は別れる前と気持ちが変わっていないことを確認し、再び恋人同士になったのだ。それからは、今目の前にいるオーバさんたちのように遠距離恋愛をしていたというけれど、一度別れたことで二人の絆は強くなり、グレン君という命が生まれたのだ。

「そっかぁ。そっちの俺たちは上手くいっているんだな。俺も頑張らねーとな!」
「……おまえはいいよな」

 デンジさんが呟いたそのとき、どこからか香ばしい甘い香りが漂ってきた。ライトは鼻を引くつかせ、辺りを見回している。心なしか、太陽の光を浴びた海面のように青い瞳が煌めいているようだった。

「いい匂いがする」
「ポフィン作りが始まったんじゃないかしら」
「ふれあい広場でポフィンが作れるんだ」
「参加してみる?」
「やる!」
「俺も久々にやるかな!」
「デンジ君は?」
「オレはここで見てる」
「そう? じゃあ、デンジ君のポケモンたちの分も作ってくるわね」

 レインさんとオーバさんは、ライトの手を引きながらポフィン作りに行ってしまった。ため息を吐きながら木の根元に腰を下ろすデンジさんの隣に私が座ると、デンジさんは微かに驚いたようだった。

「きみは行かなくていいのか?」
「私、デンジさんとお話ししたいんです」
「……ふーん」

 外でのポフィン作りに興味がないと言ったら嘘になる。でも、話を切り出すのなら今しかない。

「あの」
「なんだ?」
「デンジさんって、レインさんのこと大好きですよね?」
「……え?」
「え? って、バレていないと思ってたんですか?
「……子供にまで筒抜けなくらいわかりやすいのか、オレは」
「すごく。たぶん、気付いてないのってレインさんくらいだと思います」
「……そうなんだよな。どうやら異性として全く意識されていないらしい」

 デンジさんはまたしても深いため息を吐き出した。それでも、海をそのまま映したようなコバルトブルーの眼差しはレインさんの姿を追いかけているのだから、秘められた好意に気付かないほうが無理な話だ。

「聞いてもいいか?」
「私にわかることなら」
「君たちの両親はどうやって……その……そうなったんだ?」

 そうなる、というのはきっと、幼馴染から恋人になり、恋人から夫婦になったきっかけのことだ。私はパパとママの姿を思い浮かべながら記憶を辿る。

「私も詳しいことは聞いてないんですけど、ママがシンオウ地方を旅してまわってナギサシティに戻ってきたとき、パパがスランプだったみたいなんですよね。これ以上ここにいても仕方ないから四天王になるって決めかけたときに、ママがジム戦をしてパパを止めたんです」
「レインはオレに勝ったのか?」
「ううん。負けたって聞きました。でも、負けたせいでパパが遠くに行っちゃうかもしれない。そんなの嫌だって強く思って、そのとき、パパのことを好きだって気付いたんですって」
「……そこが分岐か」
「分岐?」
「こっちでも同じようなことがあったんだけどな。レインはオレに勝ったんだ」
「え!? レインさんが、デンジさんに!?」
「オレは痺れるようなバトルができて満足したし、レインもオレを止められてジムバッジまで手に入れることができて満足した。それ以上は何も起こらなかったということだ」
「わぁ……」

 デンジさんはこれで何度目かわからない、重々しいため息を吐き出した。
 でも、話を聞いていると、タイミングが悪いというか、レインさんが鈍いだけではなく、デンジさん自身もまだ決定的なアクションを取っていないように感じる。やっぱり、言葉で、態度で、レインさんのことを一人の女性として好きだと伝えることが大切なんじゃないかな。

「頑張ってください、デンジさん! 元の世界に戻る方法が見つかるまで、私たち応援しますから!」
「! 本当か?」
「はい! だって、この世界の私たちもきっとデンジさんとレインさんに会いたいと思っているから」

 だって、パパとママの子供として生まれた私はとても幸せなのだ。だから、デンジさんとレインさんが結ばれたら、きっと未来は幸せに満ちている。
 デンジさんの口から、また息が漏れた。でもそれはため息ではなくて、軽やかな笑い声と共に発されたものだ。

「ははっ! まさか娘に頼ることになるなんてな」
「ふふ。頑張りましょうね」

 手を強く握りしめて交わしたのは、きっとパパにも秘密の約束だ。



2022.09.17