Sunyshore trio

 スクールを終えた日の放課後のこと。真っ白に光るナギサシティの浜辺で、二色の光がぶつかり合う。燃え盛る炎の赤と、輝く雷の黄色だ。二つの光ーー二匹のロトムは自由自在に飛び交い、激しい空中戦を繰り広げている。
 ロトムたちのトレーナーのうち、一人は私の弟のライトだ。そしてもう一人は、私たちの幼馴染でありライトの同級生でもある、夕焼けのような赤い髪と夕暮れの空のような紫の瞳を持った男の子ーーグレン君だ。

「ロトム! ほうでん!」

 ライトはカットフォルムのロトムーーカットロトムにでんきタイプの技を命じた。相手が同じでんきタイプであるにも関わらず、だ。それは、自分のポケモンに対して相性を覆すほどの絶対的な自信を持っているということの表れなのかもしれない。
 カットロトムを中心に眩い電撃が円状に広がり、グレン君とヒートフォルムのロトムーーヒートロトムに迫る。でも、グレン君は唇をニッとつり上げた。

「ロトム! オーバーヒートでかき消せ! そして、そのまま燃やし尽くすんだ!」

 ヒートロトムがフォルムチェンジしたときに覚えるほのおタイプ最高クラスの技を、グレン君は容赦なく放つ。豪快な技を好む彼らしい選択だ。電撃は強烈な炎にかき消された。
 でも、次に笑ったのはライトのほうだった。

「あくのはどう!」
「なに〜!? あくのはどう〜!?」

 カットロトムから悪意に満ちたおどろおどろしいオーラが放たれる。それを迎え撃とうとしたグレン君は再びオーバーヒートを命じたけど、オーバーヒートは使うたびに特殊攻撃力が下がる技だ。先ほどよりも威力が落ちたオーバーヒートはあくのはどうに撃ち負け、攻撃を受けたヒートロトムは怯んでしまった。そこに、カットロトムのシャドーボールが撃ち込まれる。ヒートロトムは目を回しながら地面に落ちてしまった。

「グレン君のロトム、戦闘不能。ライトのロトムの勝ち!」
「よし! やったな、ロトム」
「ロトム、おまえもよく頑張ったぞ。まさか、あくのはどうを覚えてるなんて思わねぇもん」
「ねぇ、次は私と戦ってほしいな。どっちでもいいよ?」
「オレが戦う」
「あっ! 俺もリッカと戦いたい!」
「グレン、敗者は勝者に従うものだぞ」
「ずりぃぞ! ライト!」
「ふふ」

 上空から笑い声が降ってきた。歩道橋のほうを見上げると、そこには濃紺色のスーツと特徴的な帽子を身に付けた男の人ーーゲンさんがいた。ゲンさんは上品な笑顔を携えたまま、私たちがいる浜辺のほうへと降りてきた。

「きみたちは相変わらず仲がいいね」
「ゲンさん! こんにちは」
「こんにちは、リッカちゃん」

 それを聞いたライトは苦い顔をしてみせた。せっかくゲンさんが声をかけてくれたのに、パパに似て自分の感情には正直なんだから。

「ゲンさん、訂正してくださいよ。姉さんとはともかく、オレとグレンは仲がいいとかじゃなくて腐れ縁。歳が一緒で、生まれた季節も同じで、同じ街に住んでいて、親同士も仲がいいなんて、腐れ縁以外の何でもないだろ」
「つれねぇなぁ、ライト。俺とおまえの仲じゃねぇか」
「ふふ。君のパパもーーデンジもきみと同じことをよく言っているよ。グレンくんのパパーーオーバとは腐れ縁だってね。見た目だけじゃなくて、そういうところもパパにそっくりだ」

 ゲンさんが本当におかしそうに笑うから、ライトはばつが悪そうに目を泳がせた。
 ゲンさんが話す通り、私たちのパパとグレン君のパパーーオーバさんは仲がいい。私たちのママとグレン君のママーーエイルさんとも一緒に家族ぐるみの付き合いをしていると言ってもいいけれど、パパとオーバさんはその中でも特別だった。
 パパとオーバさんはナギサシティに生まれてから何かと一緒にいることが多くて、二人ともそれを『腐れ縁』だと言っている。切っても切ることができない間柄ってとっても素敵だと思うし、私から見たらライトとグレン君もそう見える。私とライトのような姉弟の絆とは違う繋がりが二人にはあって、それが少しだけ羨ましく感じる。それを言ったらライトはきっとまた苦い顔をするんだろうな。

「今日はパパにご用ですか?」
「ああ。ジムの用事でね。終わったからミオに帰るところだよ」
「じゃあ、その前に私と勝負してください」

 ゲンさんの答えを聞くよりも早く、私はフロストフォルムのロトムーーフロストロトムを出してバトル態勢に入った。ゲンさんは微かに目を見開いたあと、緩やかに笑い、モンスターボールの中からはどうポケモンのルカリオを呼び出した。

「いいけれど、公式戦ではないから全力で行くよ」
「もちろんです」
「次はオレも!」
「俺も俺も!」
「ふふふ。いいよーーミオジムリーダーのゲン、謹んでお相手させていただこう」

 かつてトウガンさんがジムリーダーを務めていたミオジムの現ジムリーダーーーはがねタイプ使いのゲンさんは開幕から、ルカリオにはどうだんを命じた。
 その後の展開は言わずもがな。公式戦という枷から解き放たれたジムリーダーを相手に、私も、ライトも、グレン君も、とても太刀打ちできなかったのだ。


 * * *


 海をそのままグラスに注いだようなオレンのみジュースを、ストローを使ってちゅうっと飲む。私の左隣ではライトがパイルのみジュースを喉を鳴らしながら飲み干し、私の右隣ではグレン君がクラボのみジュースを前にカウンターに突っ伏している。

「つっかれた〜。本当にあの人容赦ねぇな。攻撃力が高いポケモンばっかり出してくるんだもんな」
「手を抜かれるよりマシだろ」
「うん。子供相手でも全力を出してくれるところがゲンさんらしいね」
「そりゃそうだな! く〜! 勝負後の一杯はうまい!」
「はっはっは! 親父みたいなことを言ってるな、グレン」

 クラボのみジュースを勢いよく飲み干して、グラスをカウンターにタンッと置いたグレン君を見て、この喫茶店のマスターは豪快に笑った。
 ナギサシティの片隅にあるこの喫茶店は、私たちが集るときによく利用するお店だ。夜になるとお酒を飲むことができるバーとして営業しているみたいだけど、その時間に訪れることはほとんどない。一度だけ、グレン君のママのエイルさんが歌う日にパパやママと一緒に訪れたことがあるけれど、夜は昼と違って、なんだかオトナな雰囲気でドキドキしたことを覚えている。
 そういえば、ポケモンミュージカル女優として活躍していたエイルさんは、昔この喫茶店で歌いながらアルバイトをしていて、そのときオーバさんと出会って恋に落ちたと聞いたことがある。オーバさんと結婚して、ポケモンミュージカル女優として第一線から退いた今は、たまに地方公演に出演する他、このバーで歌うことも少なくないみたい。またここでエイルさんの歌を聴いてみたいな。

「懐かしいな」
「何がですか? マスター」

 私たちが三人揃ってカウンターに座ってジュースを飲んでいる姿と、私たちの足元で寛いでいるグレイシアとサンダースとブースターの姿を眺めながら、マスターは表情に懐古を滲ませて笑った。

「おまえたちの親ーーオーバとデンジとレインがガキだった頃も、こうして三人でその席に座ってたもんだ。あのときから、あいつらはナギサの信号機トリオなんて言われていたな」
「へぇ! 俺たちと同じだな!」
「ああ。あいつらもちぐはぐに見えていいトリオだったが、おまえたち新ナギサの信号機トリオもなかなかだぞ?」
「ありがとうございます、マスター」
「姉さん……褒められてるのか? これ」

 そのとき、入り口についているベルが涼しげな音色を奏でた。

「こんにちはー!」
「おっ、これまたビッグなトリオのお出ましだな」

 喫茶店に入ってきた三人組は、シンオウ地方では名前を知らない人はいないといってもいいくらい、有名な人たちだった。

「ポケモン博士のコウキさん」
「タワータイクーンのジュンさんもいるぜ!」
「それに……チャンピオンのヒカリさんも!」

 まさに圧巻。マスターが言う通り、錚々たる顔ぶれだ。
 でも、私たちの姿を見付けたヒカリさんは、その地位からは想像がつかないほど人懐っこい笑顔で話しかけてくれた。

「リッカちゃんたちだ! みんな元気?」
「はい。さっきまでみんなでポケモンバトルをしていたんです」
「本当? いいなー。あたしもやりたい!」
「ふふふ。チャンピオンになって長いけれど、ヒカリは相変わらずだね」
「だよなー。もう少し自覚が必要だよな」
「なによ〜。コウキとジュンだってバトルしたいと思ってるくせに」
「まあな!」

 三人は私たちが座っているカウンター席の背面に位置するテーブル席に腰を下ろした。
 私はパパとママを通して三人と知り合いになったけれど、多忙を極める三人が揃っているのは珍しい。昔は三人同じ時期に旅をして、シンオウのジムバッジをゲットしたこともあったらしいけれど。

「でも、どうせバトルするならバトルタワーがいいよな! 早くオレのところに挑戦しに来いよな!」
「それもそうね。あたしもポケモンリーグで戦いたいかも」
「みんな、ジムバッジはまだ集めてないの?」

 コウキさんの問いに、私たちは答えを濁すことしかできなかった。

「なんというか……まだ父さんたちに勝てる自分が想像できないというか」
「俺も。ジムバッジを集められたとしても、四天王戦で親父と戦わないといけないし」
「ええ。弱気に聞こえるかもしれないけれど……」
「そうだな。おまえたち三人はあいつらをすぐ近くでずっと見てきた。その実力は十分理解してるだろうからな」

 スクールがあってなかなかジム巡りができないとか、まだ十分に手持ちを育てていないからとか、今までどこかそうやって言い訳をしてきた。まだそのときではない。まだ準備が整っていない。そうやって先延ばしにしていた。
 本当は怖いだけだ。私のパパとママは、強い。ジムリーダーの先にいるオーバさんはもっと強い。三人の強さは、彼らの子供である私たちが一番よく知っている。公式戦でジムリーダー側に枷をつけられたとしても、私たちが勝てるビジョンがどうしても浮かんでこない。
 でも、私たちだってポケモントレーナーだ。ポケモンたちと一緒に強くなりたい願望はあるし、そのためにたくさん努力している。いつか、その成果をジムバッジという証として掴み取りたいとも思っている。

「だから、私たちもっと強くなりたいんです。パパやママたちに挑める自信がつくくらい、強く」
「どこかいい修行の場所とか知りませんか?」
「そうだなぁ」

 ジュンさんはしばらく考え込んでいたかと思うと、パチリと目を開いて人差し指を立てた。

「テンガン山はどうだ?」
「テンガン山?」
「そうね! あそこは地形が厳しいなら、そこでバトルをするだけでも鍛えられるわ」
「生息する野生のポケモンのレベルも高いから十分に準備が必要だけど」
「なるほど! よし! そうと決まったら次の休みに行ってみようぜ!」
「ああ」
「ヒカリさん、ジュンさん、コウキさん。アドバイスをありがとうございました」
「行くのはいいが、本当に気を付けろよ」
「もちろんです。ありがとうございます、マスター」

 シンオウを二つに分かつ神聖な山ーーテンガン山。そこにいけば、私たちにとって何かが変わるのかしら。



2021.12.05