13 years later

 雨のような少女がいた。地面に向かって静かに落ちて、大地や海に恵みを与えるような、優しさと慈愛を持った少女だった。
 太陽のような少年がいた。自らの力で光輝き、周りまでも巻き込み明るく照らす、そんな強さを持った少年だった。

 太陽に出逢った雨は、彼に救われ、盲信し、やがて恋をして、それは愛になり、新しい命を繋いだ。新しい命には、雪と光の名前が贈られた。

 雨上がりに太陽の光が照らすと虹が架かるように、新雪に光が灯ると雪明かりになるように。
 雨と雪。空から降り注ぐ恵みの名前を持った彼女たちは、光に照らされてさらに強く輝くのだ。


* * *


 太陽に照られた街――ナギサシティのナギサジムに、落雷による轟音が響いている。立っていられないほどの振動は、空気さえもビリビリと震わせてオレを追い込む。
 この瞬間が、最高に楽しくてたまらない。

「サンダース、チャージビームを連発だ!」
「避けろ! サンダース!」

 バトルフィールドの反対側に立っている、今オレが戦っている相手は、ポケモントレーナーとして最も尊敬し、そして最も負けたくないと思う人。
 その人――シンオウ地方最強とも言われているナギサジムリーダーのデンジ――オレの父さんは、手を振り上げ、声を張り上げた。

「かみなりだ!」
「! まもる!」

 これは、避けられない。そう判断したオレは、オレのサンダースにまもるを指示した。しかし。

「サンダース……!」

 父さんのサンダースが落とした雷は、オレのサンダースが張ったバリアを容易く壊した。それはオレのサンダースの急所を貫き、一撃で戦闘不能へと追い込んだ。
 父さんのサンダースが乱れ撃ちしたチャージビームを躱していたところに、かみなりを落とすなんて本当に容赦がない。……だからこそ、父さんとの勝負は面白いし負けたくないと思うのだけど。
 オレはバトルフィールドに倒れ込んでしまったサンダースを抱き起こした。

「サンダース、よく頑張ったな」
「まだまだだな、ライト」
「父さん」

 ライト――それが、父さんと母さんが付けてくれたオレの名前だ。太陽のように、雷のように、優しく強く輝けるように……と。

「しかし、まもるを出すタイミングはよかった。あとは精度だな」
「父さんのサンダースがメチャクチャなんだよ。まもるを貫通させるって何だよ、あれ」
「ははは! そりゃあ、オレのサンダースはおまえのサンダースの父親だからな」

 父さんのサンダースは、オレのサンダースを労るように頬を舐めた。
 トレーナーも戦っているポケモンも親子同士なんて、めったにあることじゃない。でも、だからこそ、勝ちたいと思うのだ。
 オレはサンダースをモンスターボールに戻すと、モニターの隅に表示されているデジタル時計を見上げた。

「父さん、ジムを閉めるまでまだ時間がある」
「ああ。そうだな」
「やる?」
「やるか」

 視線を合わせ、不敵に笑い、そして手に取るのだ。

「「改造を!」」

 ――ドライバー、を。
 しん、とバトルフィールドが静まり返った。父さんは観客席を見上げ、エリートトレーナーのショウマさんとナズナさんに声をかける。

「今日はいつものツッコミはなしか? ショウマ」
「リーダーとライトくんの改造好きにはもう慣れましたから。ほんと、親子ですね。見た目も中身も本当にそっくり」
「奥さんのレインさんとリッカちゃんも本当にそっくりですもんね」
「ああ。自分そっくりの息子がいて、そしてレインと瓜二つの娘がいる……幸せ者だよ、オレは」

 そして父さんはオレの傍に歩み寄ると、手を伸ばして頬に添えると、愛おしむように笑った。

「でも、おまえの目元だけはママみたいに柔らかいな」

 自分自身、父さん似であることは自覚している。父さんが子供の頃の写真を見せてもらったときは、思わず目を疑ったほどだ。太陽の光のような金髪も、ナギサの海のように青い瞳も、顔の輪郭も、手の形も、何もかもまるで鏡写しのようにそっくりだったのだ。十人に聞けば十人全員が「父親似」だと答えるだろう。
 でも、父さんが言う通り、唯一目の形だけは母さんに似ているらしい。あとは、髪の毛先がうっすらアイスブルーになっていることくらいだろうか。
 オレの中に母さんの面影を見るとき、父さんは決まってこんな風に笑う。酷く優しく、酷く愛おしそうに、笑う。その表情は、父さんの実の子供であるオレたちすら見ることができない表情だ。
 母さんだけ。父さんをこんな顔にさせることができるのは、母さんだけなのだ。オレはそれがとても嬉しい。……まあ、それを素直に口にするつもりはないし、あまりにも垂れ流し状態なのは年頃の子供としては複雑だけれど。

「父さん」
「ん?」
「気持ち悪い」
「!? 親に向かって気持ち悪いはないだろ!?」
「そういう顔は母さんの前だけにしてよ。こっちが恥ずかしくなってくる」
『デンジー!』

 モニターにはピカチュウのパーカーを着た女の人が映し出された。ポケモンごっこのチマリさんだ。
 チマリさんは今のオレよりも小さい頃からナギサジムでトレーナーをやっているベテランだ。昔はピカチュウの着ぐるみを着ていたらしいけれど、その名残が今はパーカーにある。

『レインちゃんから電話!』
「レインから?」
『うん! スマホにかけたけど繋がらなかったからって、ジムにかかってきてるよ!』
「バトルに夢中だったからな。スマホに転送してくれ」
『はーい』

 モニターから映像とチマリさんの声が消えた直後、父さんのスマホが音を鳴らした。父さんはすぐに電話を取った。……ああ、ほら、またあの表情をしている。見ているこっちが胸焼けしそうなくらい甘ったらしい表情だ。
 サンダースたちを撫でながら電話が終わるのを待つ。三分くらい会話をしていただろうか。案外あっさりと通話は終わったみたいだ。

「母さん、なんて?」
「次のジムリーダーの会合の日の連絡。あと、今日はキッサキジムに行く用事があるから少し遅くなるんだと」
「へぇ。キッサキジム」
「だから、リッカも一緒に連れて帰るらしい。今日はオレたちのほうが早く帰るだろうから、夕食作って待つことにするか」

 リッカ――それはオレの姉さんの名前だ。オレがでんきポケモンたちと一緒にナギサジムで稽古をつけてもらっているように、姉さんはキッサキジムに行きジムトレーナーとして働く傍らでスズナさんからポケモンバトルを教わっているのだ。
 姉さんも……今頃、頑張ってるのかな。

「父さん」
「ん?」
「やっぱり改造はなし。もう一回バトルしようよ」
「! ……ああ。いいぞ」

 父さんはどこか嬉しそうに笑った。
 ポケモンバトルと同じくらい、機械をいじることが好きだけれど、やっぱり、強くなりたいと思った。父さんと母さんを超えられるくらいに。姉さんにも負けないくらいに、強く……強く。


* * *


 踊るように、飛ぶように、泳ぐように。軽やかに、しなやかに、清らかに。私は、氷の上を滑る。
 ブレードが氷を削る音。肌に感じる心地よい冷たさ。白く濁った息が宙に溶けて消えていく景色。その全てが大好きだった。

「こんにちは」

 氷の上を滑っていた私はキュッと止まり、振り向いた。そこには、私よりもいくつか年上に見える男の人がいた。ボリュームのあるダウンを着て、手袋とマフラーを装着している。男の人は赤い鼻をすすりながら、転ばないようにゆっくりと私に近付いてきた。

「ジムリーダーはこの先かな?」
「はい。貴方は、ジムチャレンジャーですか?」
「そうだよ。ジムトレーナーのエリートトレーナーたちは全員倒してきたから、あとはジムリーダーだけだ! さあ、そこを退いてくれるかな? キッサキジムはツルツル滑って楽しいかもしれないけれど、ポケモンバトルをするところなんだから遊んでいたら危ないよ」

 この男の人は、どうやら何か勘違いをしているらしい。それもそうか。私はくすっと笑った。
 ここは氷きらめく冬の街ーーキッサキシティのキッサキジム。一面に氷が張られた部屋の中を滑り、ときには雪の塊を割りながら先に進むギミックが辺り一面に張り巡らされている。もちろん、ポケモンジムなのだからジムトレーナーだっている。シンオウ地方七番目に位置するレベルの、このジムのトレーナーたちはみんなエリートトレーナーの称号を持っている。
 そんなところで、まだミドルスクールほどの子供がいたら、ましてやスケート靴を履いて自由にジムの中を滑っていたら、誰だって遊んでいると思うに決まっているのだ。
 私は素直に頷いた。

「わかりました」
「うん。いい子だね。じゃあ」
「私を倒せたら、ここを退いてジムリーダーのスズナさんのところへご案内します」

 どこからともなく現れた私のパートナーーーグレイシアが私の足元に寄り添う。グレイシアももう、バトルの態勢に入っている。

「舞い散る雪の華のように静かに、そして荒れ狂う吹雪のように激しく……私、リッカがお相手します!」

 グレイシアが美しい声で鳴くと同時に、私の名前と同じ六花が踊る。さらなる冷気がバトルフィールドを支配する。
 さあ、美しいだけではない雪の恐怖を、教えてあげる。

 ――男の人が最後に出したカイリキーを氷漬けにしたところで、バトルは幕を下ろした。結果、私のグレイシアが男の人がくり出したポケモンを全て戦闘不能にしてしまった。グレイシアは得意気にしているけれど、モンスターボールの中にいる他のポケモンたちは少しだけ不足そうだ。
 男の人はカイリキーをモンスターボールに戻すと、手袋を取って手を差し出してきた。その手を握って握手を交わす。私の手はきっと冷たかっただろうけど、男の人は気にしていない様子だった。そのくらい熱いバトルができたのなら、嬉しいな。

「参りました。まさか、キッサキジムのジムトレーナーに子供がいたなんて」
「ふふっ。普段はスクールに通っているので、ここに来るのは週に一回なんですけど」
「そうそう! 運が悪かったねっ! チャレンジャーさん」
「スズナさん!」

 溌剌とした爽やかな女の人の声が響いた。雪影から現れたのは、ここキッサキジムのジムリーダーであるスズナさん。明るくて、綺麗で、バトルも強い、私の憧れの人だ。
 スズナさんを見たジムチャレンジャーの男の人は「つ、次こそはあなたに挑みに来ます!」と言って、逃げるようにキッサキジムから出ていった。男の人の顔が真っ赤だったけれど……風邪でもひいていないといいけれど。

「お疲れ様、リッカ」
「スズナさんも、お疲れ様です」
「ぜーんぜん疲れてないよ! リッカがキッサキジムのジムトレーナーとして入るようになってしばらく経つけど、リッカがいる日はスズナのところにぜーったい挑戦者が来ないんだもん。おかげで体がなまっちゃう」
「あ、ごめんなさい」
「ふふっ。冗談だって! リッカとポケモンたちの強さを信頼しているってことだよ!」

 スズナさんは私の頭を撫でながら、そう言って笑ってくれた。褒められたことが嬉しくて、寒さでも赤くならない私の頬に熱が集まってしまう。

「これだけ強くなったのに、まだジム巡りをしないの?」
「はい。もっと、もっと強くならないと……パパやママには勝てませんから」
「リッカのパパとママかぁ」

 私のパパとママ。それは……。

「シンオウ地方最強のジムリーダーのデンジさんと、ノモセジムのみず使いのレインさん。確かに、二人とも強敵だもんね」

 私のパパは、ポケモンリーグに続く道の最後の壁である八個目のジム。ナギサジムのジムリーダーであるでんき使いだ。でんきポケモンたちの素早い動きに翻弄され、高い威力のでんき技で相手を沈ませる戦法を得意としている。
 そして、私のママはジムリーダーではないけれど、ノモセジムでジムリーダーの下で働くほどのバトルの腕前で、ジムリーダーが不在のときは代理を任される資格を持つみず使いだ。堅い守りでポケモンを安全に戦わせながら、特殊攻撃で相手を押し流す戦法をよく見かける。
 そこまで二人の傾向がわかっていても、私はまだパパとママに勝てたことがない。手の内を暴いたところで、それを覆せないほど、二人は強い。それがわかっているから、私も、私の弟のライトも、まだ、二人に挑めない。
 
「よーし! チャレンジャーは帰っちゃったし、スズナが稽古をつけてあげる!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「稽古っていっても、本気で行くよ? 恋愛もオシャレもポケモンも、全部気合! いつだって全力なんだから!」
「はい!」

 強くなりたい。パパとママに勝てるくらいに。幼い頃からの憧れは、今もずっと私の中でキラキラと輝いているのだから。

「ユキメノコ! 出番よ!」
「グレイシア! 迎え撃って!」

 こおりタイプ同士のバトルは、ある意味では『守り』をどれだけ固められるかで決まる。こおりタイプのポケモンたちは特殊攻撃技に優れているポケモンが多く、タイプの相性的に見ても攻撃面は優秀だ。一方で、防御となると途端に脆くなることが多い。
 その対策として、スズナさんはとてもシンプルなバトルスタイルを持っている。『攻撃を当たらないようにした上で、強力な技を相手にぶつける』だ。天候を霰状態に持っていきこおりポケモンの身を隠したり、吹雪を必中にしたり、単純に相手を凍らせて動けなくしたり。
 「こおりポケモンのエキスパートなんだからもっとクールに戦ったほうがいいのか」と、スズナさんは昔悩んでいた時期もあったみたい。だけど、その熱さがこおりポケモンたちをさらに強くさせているから、彼女たちに合ったバトルスタイルなのだと思う。
 その気合に感化されて、私の指示にも熱が宿る。バトルを終える頃には珍しく額に汗を滲ませてしまうくらいだった。

「ふぅ……ありがとうございました!」
「うん! あー、気合い入れすぎて暑くなっちゃったね!」
「ふふ。相変わらずね、スズナちゃん」
「あ、レインさん!」

 雨がぽたんと落ちるような、静かだけどよく通る、澄んだ声が聞こえた。
 私はパッと振り返って、スズナさんがレインと呼んだその声の持ち主にーー私のママに抱きついた。

「ママっ!」
「きゃっ。リッカったら、滑りながら抱きついて来たら危ないでしょう?」
「えへへ。ごめんなさい」
「ふふ。今日はどうだった?」
「うん! スズナさんにたくさん稽古をつけてもらったの」
「そう。よかったわね」
「レインさんの前では年相応だなぁ、リッカちゃん」
「そうかしら?」
「うんうん。ジムトレーナーとしてここにいるときは大人っぽいというか、オーラが違うというか。どっちらかというと、デンジさんの雰囲気ですね」
「デンジ君……そうね」

 ママは私の体をそっと離すと、少しだけ屈んで私の顔を覗き込み、頬を撫でる。水と氷の中間のようなアイスブルー色の瞳は間違いなく私を映しているけれど、その表情には仄かな熱が灯っている。

「リッカはよく私に似ているって言われるけど……目元はパパ似だから」

 私はママと鏡写しのようにそっくりだと、よく言われる。アイスブルーの髪も、新雪のように白い肌も、全部。でも、ママよりも濃いセレストブルーの色の瞳は、間違いなくパパの血を受け継いでいるのだという証明になるほど似ているらしい。それから髪の毛先が金髪だというところも、きっとパパ譲りだ。
 愛している人そっくりの子供に、確かに自分の血が宿っているのがわかるのも。自分とそっくりな我が子の中に、愛する人の面影が見えるのも。きっとどちらも嬉しいし、親としても、妻や夫としても、幸せなんだろうな。

「そうだわ。スズナちゃんに書類を持ってきたの。マキシさんからよ」
「あ、今度の会合の資料ですね。ありがとうございます!」
「じゃあ、帰りましょう。リッカ」
「うん! スズナさん、今日もありがとうございました」
「こちらこそ、ありがと! 来週も待ってるね!」

 私はスケート靴を脱いでローファーに履き替えて、ワンピースの上からケープを羽織ると、ママのスワンナに一緒に乗って、空を飛んだ。一緒に空を飛ぶのは久しぶりだ。普段はパパが迎えに来てくれるし、ママが家で料理を作って待っていてくれるから。

「今日はパパがライトと一緒に夕食を作って待っていてくれるんですって」
「本当? パパとライト、何を作ってくれるのかな。カレーかな? パパが作る料理はだいたいカレーかシチューかハヤシライスだから。男の人の料理って感じだよね」
「ふふっ。でも、パパのカレーはリッカも好きでしょう?」
「うん。でも、やっぱりママの料理が一番好き!」
「あら、ありがとう」

 家族みんなでお話しするのも好きだけれど、ママとこうして二人で過ごす時間も大好き。ママを独り占めできるようで嬉しくなる。家ではいつもパパとママはべったりだから……ふふ、そんな二人が私は大好きなんだけれど。
 私の今日の出来事。ママの今日の出来事。ポケモンのこと。ライトのこと。パパのこと。いろんなことを話していると、風に乗って運ばれてきた潮の香りが鼻を擽った。この瞬間が私は大好きだった。私が住んでいる大好きな街に帰ってきたんだなぁって実感できるから。
 スワンナが地上に降り立つと、私はお礼を言ってスワンナから飛び降り、家の中に駆け込んだ。冬に近付いてきた外の冷たい空気に慣れていた体は、家の中の暖かさに解されるように緩んでいく。
 漂っている香りに誘われてダイニングへと向かう。四人掛けのダイニングテーブルの上には、お皿に盛られた美味しそうなカレーが並んでいた。

「おかえり、リッカ」
「おかえりー」
「パパ、ライト、ただいま!」

 ママにそうしたように、同じようにパパにも抱きつく。パパは体が大きいから全力で抱きついてもへっちゃらだ。少しよろけながらも私の体を抱き止めて、同じように抱き返してくれる。

「リッカはいつまでこうして抱きついてくれるんだろうな」
「そうだよ、姉さん。もう十三なんだから」
「ライト! リッカをそそのかすのは止めてくれ!」
「ふふふ。ライト、ヤキモチ?」
「そ、そんなんじゃない!」
「ライトも、はい。ぎゅう〜」

 パパから離れて次はライトへ。私よりもちょっとだけ身長が低い肩に抱きつく。「まったく」とライトはブツブツ言っていたけれど、振りほどこうとはしなかった。ライトはすごく優しいんだ。

「そうやって誰にでも抱きつくの、やめなよ? 家族だからいいけどさ」
「でも、大好きな人たちには「大好き!」って伝えたくなるでしょう? ほら、パパとママみたいに」

 静かな音を立てて扉が開いた。ママが入ってきたのだ。その瞬間、パパの顔付きが変わる。私を撫でてくれるときの優しい顔とも、ライトと機械をいじっているときの真剣な顔とも、ポケモンたちと戯れているときの顔とも違う。どう表現したらいいのだろう。名前を付けることができないほど、愛に溢れた表情だ。

「ただいま、デンジ君」
「おかえり、レイン。リッカを迎えに行ってくれてありがとうな」
「大丈夫よ。キッサキジムに行く用事があったのだし」
「風邪をひかないように暖かくしろよ? ほら、カーディガン羽織ってたらどうだ?」
「ええ、そうするわ。デンジ君も、ライトと一緒に夕食を作ってくれてありがとう。デンジ君の料理、すごく好きだから楽しみにしていたの」
「今日は隠し味を入れてみたからな。温かいうちに食べようぜ」
「ええ。そうね」

 パパとママのやり取りを見るのが、私は好き。パパはママのことを過保護なほどにとても大切に想っていることが伝わってくるし、ママはパパのことだけを真っ直ぐに見つめている。子供の前だからと愛情を隠すよりも、愛を垂れ流してくれる二人の姿が大好き。だから、私も大切な人たちには「好き」を伝えたくなるんだ。

「今日もパパとママは仲良しだね」
「仲良過ぎ。甘ったらしくて胸焼けしそう」
「もう。ライトったら」
「思春期ってそんなもんだろ?」
「そう? 私はパパとママがくっついているのを見ているのが大好き」
「姉さんは思春期をどこかに落っことしてきたんじゃないの?」
「えっ!? 嘘!?」
「そこは突っ込むところ。本当にこの家族は……」

 呆れたようにライトが笑う。それを見た私も笑う。パパとママも、ずっと笑っている。
 これが、私の家族です。笑顔と愛が溢れるこの家が、私は大好きです。



2021.11.19