ハマナスパークでフリーザーと出会うことができたものの、肝心なディアルガとパルキアに出会うことができなかった。
それからも、私たちは伝説の言い伝えが残る様々な場所を、数日かけて訪れた。
戻りの洞窟。キッサキ神殿。花の楽園。三心の湖。新月島。満月島。ハードマウンテン。
しかし、どこを訪れてもディアルガとパルキアは影も形もいなかった。
他に可能性があるとしたら……やっぱり、あの場所しかない。一縷の希望を持って、私たちはシンオウ地方の最高峰の山を目指して飛んだ。
「また、ディアルガとパルキアに会えなかったらどうしよう……」
「一度あそこを訪れたときは何も反応がなかったから……」
「でも、今回二人には金剛玉と白玉があるわ」
「ああ。諦めたらそこで終わりだぞ」
「……はい!」
デンジさんとレインさんに励まされながら、私たちはテンガン山をの頂――槍の柱に降り立った。
かつてここには立派な神殿があったのだろうということは想像がつくけれど、今の槍の柱は瓦礫が散乱し、柱は折れて、当時の面影は見えない。
ここでどんな戦いがあったのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら進んでいると、ふと、スカートのポケットに入れている白玉が熱を帯はじめた。急いで白玉を取り出すと、隣を歩いていたライトも金剛玉を取り出していた。
「っ!? 金剛玉と白玉が……!」
「光ってる……!」
金剛玉から放たれる青白い光と、白玉から放たれる桃色の光が、槍の柱と共鳴して空間の裂け目を生んだ。ぱっくりと開いた空間からは、二体のポケモンが姿を表した。それぞれがダイヤモンドとパールのような核を体に持っている、このポケモンたちは――。
「ディアルガ……パルキア……」
時を司るポケモン――ディアルガ。そして、空間を司るポケモン――パルキア。
時空を生み出し、時空を越える力を持つ二匹のポケモンが、目の前にいる。この機会を逃したらきっと、私たちは元の世界に戻れない。どうにかして、私たちの言葉を届けなきゃ。……でも。
「ただで話を聞いてくれる……なんて、都合がいい話はないよね」
伝説の冠を持つ二体のポケモンは、私たちが眼前に立つに値する人間なのかを見定めようとしている。圧倒的なプレッシャーに押し潰されそうになりながら、足に力を入れて真っ直ぐに立ち、目を閉じる。
私の中に、雪が降る。真白な雪が肌に触れると、時に小さな痛みを与えるように、その凛とした冷たさが、私の中のスイッチを入れる。
「姉さん!」
「ライト!」
私はグレイシアを、そしてライトはサンダースを呼び出した、その瞬間。時空が歪み、私たちは引き離された。
「リッカ!」
「デンジさん!」
「しっかり捕まってろよ……っ!」
守るように抱き込んでくれるデンジさんの服を強く掴んで、時空のうねりに耐える。今、異空間に投げ出されたらまた知らない世界に飛ばされて、二度と帰ってくることができないかもしれない。
どのくらいの時間が経っただろう。体の内側を混ぜられたあとのように気分が悪い。それでも、私はデンジさんと一緒に、この空間に立っている。どこを見ても桃色で、マーブル模様みたいに空間が混ざりあっている、この世界は。
「この空間は、パルキアの世界?」
「リッカ、来るぞ! 相手は伝説のポケモンだ! 絶対に油断するな!」
「はい! いくよ、グレイシア!」
「サンダース、こうそくいどう!」
サンダースは後ろ足に力を入れた、次の瞬間。瞬きをする間に、パルキアの目の前に姿を現していた。
パルキアのドラゴンクローが振り下ろされるも、サンダースはそれを軽々と避けて相手を翻弄している。さすがは、ポケモンの中でもトップクラスの素早さを持つ種族だ。
「私たちも負けられない! グレイシア、こおりのつぶて!」
空気中の水分を凍てつかせて、パルキアへと降り注がせる。弱点はつけなくても、少しずつ、着実にダメージを与えられる。
「今度はオレたちの番だ! サンダース、10まんボルト!」
針のように鋭いサンダースの毛がぶわりと逆立ち、身体中に溜めた電気を惜しみ無く放つ。パルキアは逃げも隠れもせずに、みずのはどうを放って迎え撃つ。
でんき技対みず技。相性だけで考えるなら、押し負けるのはみずタイプの技の方だ。
でも、相手は伝説のポケモン。みずのはどうであるはずなのに、ハイドロポンプ以上の威力のようにも見える。これは、まずい。
みずのはどうが10まんボルトを突き破り、私たちに迫り来る。それを予想していたグレイシアは、サンダースの隣に立って私の指示を待ちながらも、あの技を出す体勢を整えていた。
「グレイシア、まもる!」
サンダースの前に飛び出したグレイシアが、青白い壁を展開する。みずのはどうのダメージは通ることなく消えてしまった。デンジさんが忠告をしてくれたお陰で冷静になることができて、よかった。
「サンキュ! リッカ、グレイシア」
「えへへ」
「まだまだ、攻めるぞ! サンダース、あまごいだ!」
サンダースが高らかな鳴き声をあげると、不思議な空間に雨雲が立ち込み、私たちの肌を冷たい雨が濡らす。グレイシアが放つ冷気は、雨の一部を凍てつかせて――そして霰に変える。
雨の恵みを得て、私とデンジさんはとっておきの技を放つ。
「サンダース、かみなり!」
「グレイシア、ふぶき!」
雨と霰状態で必中となる高威力の技が、パルキアを直撃する。
今のは私たちにとって、切り札ともいえる技だ。まさか、ノーダメージではないと思いたい。これでダメなら次の手を……という考えが、正直思い浮かばない。
煙塵が晴れていく。パルキアは――倒れていなかった。水のリングを身にまとって、傷口を癒している。
「あれは、アクアリング……!」
「リッカ!」
デンジさんに名前を呼ばれて、攻撃から庇うように抱き締められた。視界がデンジさんの胸で覆われる前に見えた、空間を切り裂くあの技は――あくうせつだん、だ。
「デンジさん! サンダース!」
サンダースがまもるを使ってくれたお陰で、グレイシアは擦り傷で済んだ。そして、まもるでも受け止めきれなかった余波をデンジさんが浴びてくるたお陰で、私も無傷だ。
その代わり、サンダースは戦闘不能。デンジさんも気を失ってしまったみたいだった。
「そんな……どうしよう……」
伝説のポケモン相手に、私一人で何ができるというのだろう。デンジさんでも敵わなかった相手に、いったい何が……。
「グレイッ!」
グレイシアの鳴き声で、混乱していた意識が現実に引き戻された。
他のポケモンが入っているモンスターボールが小刻みに揺れている。まるで「出して」と言っているように。
「……パルキア」
今まで攻撃の手を止めなかったパルキアが、嘘のように大人しくなっている。私たちを見下ろす赤い眼はどこか優しく、まるで何かを待っているようだった。
「……そうだね。全力を出す前に諦めたら自分たちにも相手にも失礼、だよね」
私はモンスターボールを高く投げて、ポケモンたちを呼び出した。
ラプラス、ロコン、ユキハミ、フロストロトム、ユキカブリ、グレイシア。
私と、そして私のポケモンたちの全力を、パルキアに見せる。
「みんな、雪を降らせて! そして“あの”技を覚えてる子たちは集中して、狙いを定めて!」
冷気が満ちる。私たちの足元から、氷の波導が広がっていく。パルキアの空間を侵蝕するように、美しく、冷たい、雪に覆われた空間を作る。
動くことも、息をすることさえも許さない。ここは、私たちが支配する――氷の世界。
「ぜったいれいど!!」
その瞬間、眩い光が世界を照らす。まるで世界が生まれ変わるみたいに、光が満ちていって目を開けていられない。
目をぎゅっと閉じて、腕で顔を覆い隠して、光がおさまるのを待った。
そして、次に目を開けたとき、私たちは槍の柱に戻ってきていた。
「元の空間に戻ってこられた……」
「姉さん! 無事!?」
「ライト。私は大丈夫。何があったの?」
「変な空間に飛ばされたあと、レインさんと一緒にディアルガと戦って、オレたちの力を示してたんだ」
「私も、デンジさんと一緒にパルキアを……あ! デンジさん!」
ライトの無事を確認して安心したのも束の間。私のことを庇ってくれたデンジさんはどうなったのだろうと辺りを見回すと、レインさんが倒れているデンジさんを抱き起こしていた。
「デンジ君!」
「……ん」
「っ、デンジ君……よかった、本当によかった……っ」
ぽたり、ぽたりと、レインさんの瞳から溢れ出る雫がデンジさんの頬に落ちている。デンジさんは手を伸ばしてレインさんの目元を拭うと、困ったように笑ってレインさんの頭を撫でた。
デンジさんとレインさんは、大丈夫みたいだ。
あとは、私たちの問題に向かい合うだけ。
「ディアルガ、パルキア」
「私たちを元の世界に返してください」
私たちの声は、今度こそ届いただろうか?
待つこと数秒、私たちの頭の中に、男性でも女性でもない声が響いた。
『我が父たる神の眼差しが、数多くいる人間の中からおまえたちを捉えたのは、強い迷いと、それと同じくらいの願いを感じ取ったからだ』
「私たちの、迷い……?」
「オレたちの、願い……」
『そう。だから我々は、おまえたちをもう一つの世界へと送った』
『答えを見つけたとき、ここにもう一度来るといい』
『さすれば、帰還の扉は開かれるだろう』
それだけを言い残すと、ディアルガとパルキアは時間と空間の裂け目の中に、それぞれ消えていってしまった。
「リッカ! ライト!」
「二人とも、大丈夫?」
「……はい。二匹とお話ししていました」
「そう……。二人に直接語りかけたのかしら。私の波導でも何を言っているのかわからなかったわ」
「それで、元の世界には帰れそうなのか?」
ハマナスパークでフリーザーからも言われた、私の願い。きっと「強くなりたい」という、私の……ううん、私たちの願い。それを叶えるために、迷いを振り切らないといけないのなら、確かに、私たちはまだ元の世界へ帰れない。
「デンジさん、レインさん。もう少しだけ、この世界でお世話になってもいいですか?」
この世界で、まだやるべきことが二つ残っている。その未練がなくなったとき、ディアルガとパルキアはきっと、私たちに応えてくれるのだ。
2022.10.29