Battle tower

 バトルタワー――それはポケモンバトルに特化した対戦施設であり、通常のポケモンバトルでは満足できない強者たちが集まる場所。そこに足を踏み入れた瞬間、私とライトはあんぐりと口を開けて天高くそびえ立つタワーを見上げることしかできなかった。まるで巨大な要塞みたいだ。

「すごい、ここがバトルタワー……!」
「初めて見るような口振りだな。そっちの世界のシンオウ地方にはないのか?」
「ありますよ。でも、こことは少し違いますね。バトルフロンティアっていう施設の一部で、タワータイクーンのジュンさんがボスを務めてるんです!」
「リッカちゃんたちの世界のジュン君は、クロツグさんの跡を継いでいるのね」
「はい。バトルタワーの他にもバトルファクトリーやバトルキャッスルといったいろんな施設があって……」
「姉さん、その話はまたあとにしようよ」
「あ、そうだったね」

 いけない、話が脱線するところだった。

「デンジさん。ヒョウタさんがこの中にいるんですか?」
「ああ。ここは一定数以上連戦すると、ジムリーダーやチャンピオンといった凄腕のトレーナーと戦えるんだ。今はヒョウタがそのトレーナーとして呼ばれてる。だから……」
「わかりました! 私たちが連戦してヒョウタさんに会いに行けばいいんですね!」
「え? いや、それは……」
「行こう、ライト!」
「ああ、行こう! ヒョウタさんの仕事が終わるまで待ってなんていられない!」

 ライトの考えには全面的に同意しかなかった。ライトの言葉はきっと、帰るための情報を探すという意味でもあり、強者ばかりが集うこのタワーに挑戦してみたいという意味でもある。私も、そしてライトも、一人のポケモントレーナーとしてバトルタワーに挑む以外の選択肢を持ち合わせていなかったのだ。
 デンジさんとレインさんを置き去りにして、私たちはバトルタワーの中に入った。ロビーには巨大なモニターがあり、現在行われているバトルの様子が映し出されている。
 どうやら、シングルバトルとダブルバトルから選んで挑戦することができるみたい。

「勢いに任せて来ちゃったけど、ヒョウタさんはシングルとダブルのどっちにいるんだろう?」
「両方挑戦してみよう。オレたちは二人いるんだし、それぞれで連戦したらどちらかがヒョウタさんに会えると思う」
「そっか! さすがライト、頭がいいね」
「せっかくだし、どっちが先にヒョウタさんに会えるか……バトルタワーを攻略できるか競争しよう」
「望むところ!」
「じゃ、オレはシングル」
「え? あ、ずるいー!」

 ライトはシングルバトルの受付に行き、さっさと中に入っていってしまった。シングルバトルとダブルバトルなら、シングルの方が早く決着を付けられる。つまり、速く勝ち上がることができるって決まってる。
 仕方ない。ここはライトのお姉ちゃんとして譲ってあげる。

「いいわ。私たちは私たちのチームで確実に勝つんだから」

 ダブルバトルの受付を済ませた私は、奥にある一階の部屋に入った。同時に、部屋の反対側からは私の対戦相手となるトレーナーが入ってくる。お互い、手に取ったモンスターボールは二つ。

「こおり使いとしてどこまで通用するか……ロコン、ラプラス! 行きましょう!」

 私がまだ物心つく前に、エイルさんとオーバさんの結婚式に出席したときにアローラで友達になったロコン。そして、ママのラプラスが持っていたタマゴから孵った色違いのラプラス。私の最初の一手は、貴方たちに決めた!


 * * *


 バトルタワーに挑戦中は、必然的にポケモンのレベルが五十に統一される上に、挑戦中にバトルをやめることができない。しかし、七戦を一セットとして考え、七戦目、十四戦目、二十一戦目、二十八戦目、三十五戦目、四十二戦目を勝ち抜くといったん休憩と回復、パーティの変更を許され、そして四十九連勝してようやくバトルタワー制覇となる。
 グレイシア、ユキカブリ、ロコン、ユキハミ、ラプラス、フロストロトム。私はポケモンを六体フルで戦わせて、そして、とうとう四十九連勝することができた。四十九戦目の相手が繰り出した最後の一体を倒した瞬間の、安心感と達成感は忘れられない。私はポケモンたちとここに来た当初の目的を忘れて喜び、一階まで下りた。
 ロビーではすでにライトが座って、私のことを待っていた。

「どうだった? 姉さん」
「ふふふ……四十九連戦突破したよ!」
「オレも。でも、タワータイクーンのクロツグさんには会えたけど、ヒョウタさんには会えずじまい。勝負はオレの負けか」
「え? 私もヒョウタさんには会えなかったから、てっきりダブルスのほうにいると思ってた」
「え?」

 どういうことだろう。シングルバトルにも、ダブルバトルにも、ヒョウタさんはいなかった。だとしたら、ヒョウタさんは一体どこにいるのだろう。 

「デンジさんたちにどういうことか聞いてみよう」

 ライトがソファーから立ち上がった瞬間、ロビーの中心から大きな歓声が聞こえてきた。ライトと顔を見合わせた後、なにが起きているのか確かめるためにそこへ向かう。
 バトルタワーにいる人たちの視線が、バトルの様子を映し出すモニターに集中している。そして、そこに映っているのは……。

「見て、ライト!」
「ヒョウタさんとトウガンさんが戦ってる!? 相手は……デンジさんとレインさん!?」

 どうして、デンジさんとレインさんがヒョウタさんたちと戦っているのだろう。そんな疑問が浮かんだのはほんの一瞬だけで、私はすぐに繰り広げられているバトルに釘付けになってしまった。

「二人とも、強い……!」

 ヒョウタさんはラムパルド。そして、トウガンさんはトリデプスを繰り出している。対して、デンジさんはエレキブル。レインさんは色違いのランターンだ。相性が良くないはがねタイプ相手に、エレキブルはけたぐりやかわらわりといったかくとうタイプの技をメインに立ち回っている。そしてレインさんは、いわタイプに効果抜群を与えるみずタイプの技を、ランターンに対して容赦なく指示している。
 そして、デンジさんとレインさんはときおりでんきタイプの技の支持を二匹に与えている。それは攻撃するためではなく、パートナーにバフ効果を与えるためだ。ランターンの電撃を受けたエレキブルは電気エンジンが発動してスピードが増し、エレキブルの電撃を浴びたランターンは蓄電効果で体力が回復する。
 ヒョウタさんたち親子の息はぴったりだったけれど、デンジさんとレインさんはその上を行き、激戦の末に勝利を掴み、涼しい顔をして一階へと戻ってきた。もちろん、背後にはヒョウタさんを連れて、だ。

「ほら、連れてきたぞ」
「ほらって、どういうことですか!?」
「リッカちゃんとライト君が挑戦したのはノーマルクラス。特別なトレーナーが待ち受けているのは、マスタークラスというもう一段階上のバトルなの。マスタークラスに挑戦するには、ノーマルクラスで四十九連勝しないといけないのよ」
「どうりで、オレも姉さんもヒョウタさんに会えないと思った。でも、次からはオレも姉さんもマスタークラスに挑戦できるってことか」
「初めてのバトルタワーで四十九連取したのか? すごいじゃないか、」

 デンジさんは両方の手で私とライトの頭を撫でてくれた。いつもクールな表情が綻び、珍しく満面の笑顔だ。なんだか、パパに褒められているようで少しくすぐったい。
 でも、改めて認識したことがある。この世界のデンジさんとレインさんも、パパとママと同じように強い。二人はとっくにマスタークラスの挑戦資格を持っていたし、同じジムリーダーであるヒョウタさんと同じようにデンジさんもまたマスタークラス挑戦者を待ち受けることがあるのだろうから。

「突然デンジ君とレインちゃんが挑みに来ていたから何事かと思っていたけど、そういうことだったんだね。僕はヒョウタ。君たちが僕に会いたがっているっていう子たちかな?」

 今まで話を聞いていただけのヒョウタさんが私たちの前に進み出て、視線を合わせて自己紹介をしてくれた。目の前にいるヒョウタさんは、すでに知り合いのヒョウタさんとは違う人なんだから、私たちも初めましてのつもりで挨拶しないと。

「はい。私はリッカで、こっちがライトです」
「初めまして、ヒョウタさん」
「初めまして。それにしても、二人ともデンジ君たちにそっくりだね! 親戚の子?」
「まあ、そんなところだ」

 親戚。デンジさんもレインさんも、私たちとの関係を聞かれたらこう答えている。苦し紛れだけれど、それは周りが納得してくれる一番の言い訳だった。そう考えると、二人が正直に私たちのことを話した、オーバさんの存在の大きさが改めてわかった。

「話はだいたい聞いているよ。金剛玉と白玉を探しているんだよね」
「はい。私たち、どうしてもそれを手に入れて、伝説のポケモンに会いたいんです」
「うーん。僕は時間と空間の伝説のポケモンについては詳しくないから何とも言えないけれど、金剛玉と白玉がある場所を知っているから案内することはできるよ」
「本当ですか!? それで充分です! ありがとございます!」
「それで、金剛玉と白玉はどこにあるんですか?」

 ライトが問いかけると、ヒョウタさんはまるで少年のように目を輝かせた。

「地下大洞窟だよ!」

 地下大洞窟? シンオウ地方の地下に広がっているのは通路ではなくて?
 ヒョウタさんは首を傾げる私たちの手に、どこからか取り出したツルハシとハンマーを押し付けた。そして「明日クロガネシティの僕のところにおいで」と言って、再びバトルタワーの中へと戻っていったのだった。



2022.10.08