07.おかえりなさい

照明が落とされたバトルフィールドの中心に立つデンジ君の背中を、私はただじっと見つめている。サトシ君も、ヒカリちゃんもジュン君も、オーバ君も帰ったこの場所には今、私達二人しかいない。沈黙が続いているけれど、そこに気まずさは存在しない。これは、デンジ君が自分の気持ちを整理するために必要な時間なのだ。
ジムバッチをかけた戦いは、激戦の末サトシ君の勝利に終わった。ビーコンバッジを手に入れたサトシ君はとびきりの笑顔を見せて、激戦を勝ち抜いた仲間と共にポケモンリーグを目指して再び旅立った。
デンジ君の敗因は何だったのか。しばらくバトルから離れていて腕が鈍っていたとか、久しぶりのバトルでポケモン達が本調子を出せなかったとか、そんなことじゃない。
ただ、サトシ君の想いが強かった。彼はポケモンを信じて最後まで諦めずに戦い、彼のポケモン達もサトシ君を信じて戦った。その結果、彼らは勝利を掴んだ。

「レイン」

デンジ君の声が静かに私の名前を呼ぶと、水面に広がる波紋のように、シンとしたバトルフィールドに彼の声と私の名前がじんわりと広まった。私が必要とされるときが来たらしい。私はデンジ君の隣まで歩み寄り、彼の横顔を見上げた。

「なぁに?」
「前に呼び出したときのことを覚えているか?」

記憶を辿り、デンジ君が言わんとしていることを考えると、一つの記憶が見えてきた。デンジ君が鬱ぎ込む前に、呼び出された一番新しい記憶と言えば、あのときだと思う。

「ポケモンを無理矢理戦わせるチャレンジャーと戦ったっていう、あの後のこと?」
「ああ。今回、オレがこんな風になったのはあれが切欠だったと思う。弱いチャレンジャーとのバトルに嫌気がさしたとかじゃなくて、ポケモンのことをただの物のように扱うトレーナーがこんなところまで来たということに、戦う意味が分からなくなったんだ」

言われてみれば、あの時から兆しは見え始めていた。あの時からデンジ君は不安定だった。怒りに飲まれてしまいそうになる心を鎮めるように、私のことをずっと抱きしめていた。
デンジ君はある意味とても純粋なのだ。だからこそ、戦えなくなったポケモンを尚も戦わせようとするトレーナーに怒りと絶望を覚え、心を閉ざした。

「でも、気付いたよ。そんなトレーナーばかりじゃないってな。そんなトレーナーがまた現れることがあったら、目を覚まさせるのもジムリーダーの仕事だ」
「ええ」
「もしかしたら、また鬱ぎ込むこともあるかもしれねぇけど」
「大丈夫。そんなときはオーバ君や、私だって傍にいるわ。デンジ君が落ち込むことがあったら何度だって背中を押すから。私もオーバ君も、輝いているデンジ君が大好きだから」
「……ありがとな、レイン」

デンジ君の腕が私の肩を優しく抱いた。私も彼の背中まで腕を回してぎゅっと抱きついた。
こうやって、私達は歩いていくんだ。躓いたら支えて合って、疲れたら背中を押し合って、同じ歩幅で、同じ速度で歩いていく。それがきっと、誰かと一緒に生きるということだから。





END

20110817

PREV INDEX NEXT


- ナノ -