06.甦る想い

「「サトシ!」」
「……っ。ピカチュウ!大丈夫か!?」
「ピカチュ」
「……良かった」
「見ろ。まるであの時のお前と同じじゃねぇか」

マスターが言う、あの時。そう、あの時もこうだった。
密猟者とのバトルが繰り広げられる中で、オーバ君とヒコザルは倒され、残ったのはデンジ君とピカチュウだけになってしまったあの時。ピカチュウはボルテッカーを繰り出したけれど、密猟者のヘルガーが放った火炎放射に飲まれ、吹き飛ばされてしまった。ピカチュウが飛ばされた先には木があった。
あの時、デンジ君はピカチュウを衝撃から守るために木とピカチュウの間に入り込み、自らクッションになった。そう、今のサトシ君と同じように。
あの時、デンジ君は体中を走る衝撃に歯を食いしばりながらも、自分よりピカチュウのことを心配していた。ピカチュウがそれに応え、まだ戦える意志をデンジ君に伝えると、彼はそれを受け取り立ち上がった。
デンジ君もピカチュウも、ボロボロになりながらも決して諦めなかった。そしてついに、渾身の十万ボルトで密猟者のヘルガーを退けたのだった。

「お前らは最高に痺れるコンビだった。あの熱いバトルを見たからこそ、俺は密猟の世界から足を洗うことが出来たんだ」

そう言って、マスター……かつてデンジ君と戦った密猟者だったその人は、サングラスをとって笑った。彼の足下では、あの時のヘルガーが主人へと身を寄せている。

「デンジ。お前にはまだジムリーダーとしてやり残したことがあるんじゃねぇのか?」
「……」
「……デンジ君。私ね、どんなデンジ君も大好きよ。でも、一番好きなのはバトルをしている時のデンジ君なの。目を輝かせて楽しそうにバトルをするデンジ君は、昔から私の憧れだったの」
「……レイン」

デンジ君はマスターと私を交互に見た後、視線をバトルフィールドへと向けた。そこではまだ、サトシ君とピカチュウが諦めることなくオーバ君とゴウカザルに立ち向かっている。

「ピカチュウ!“ボルテッカー”!」
「“マッハパンチ”!」
「ピカチュウ!」
「……」

デンジ君はきっと、昔を思い出しているんだ。

「頑張ってくれ!ピカチュウ!」

目の前のサトシ君と、昔の自分を重ね合わせているんだ。

「よぉし!もう一度“ボルテッカー”だ!」

ポケモンが好きで、ただ純粋にバトルが好きだったあの頃を。

「いっけー!!!」

そしてきっと、彼は気付くのでしょう。心が弱いトレーナーばかりじゃない。昔の彼と同じように、ポケモンが大好きで、熱く燃えるような痺れる戦いを望むトレーナーが、今もいることを。

「“雷パンチ”!」

電気技がぶつかり合い、爆発した。ゴウカザルとピカチュウを中心に黒い煙が中りに立ちこめる。焦げ臭い臭いが鼻を刺激する。

「くっ!」
「んっ!ピカチュウ!」

倒れていたのはピカチュウだった。この勝負、オーバ君の勝ち、ね。

「しっかりしろ!ピカチュウ!よく頑張ったなぁ。えらいぞ」

サトシ君は悔しがるのでもなく嘆くのでもなく、真っ先にピカチュウへと駆け寄っていった。そんな彼を見て、デンジ君は席を立ちヒカリちゃんとジュン君に続いてバトルフィールドへと降りていく。私とマスターも慌ててその後を追った。

「「サトシ!」」
「ヒカリ。ジュン」
「良いバトルだったぜ!」
「四天王相手にすごかったわ!」
「ああ。おれ達ももっともっと強くならなくちゃな」
「ああ!サトシ君ならなれるさ!いつかポケモンリーグで戦おうぜ!」
「はい!」
「……」
「デンジ?」

デンジ君は無言で、つかつかとオーバ君の目の前まで歩いていった。そして、少しの間オーバ君をじっと見ていたと思ったら、次の瞬間、脈絡もなくオーバ君のアフロを引っ張り出したのだ。

「いてててて!」
「え!?で、デンジさん!?」
「……」

あまりに突然の出来事にサトシ君は戸惑っていたけれど、デンジ君は何事もなかったかのように無言でオーバ君のアフロから手を放した。

「オーバさん!大丈夫ですか!?」
「っててー……ああ。もう大丈夫だな」
「え?」

次に私とマスターの前に来たデンジ君の背中を、サトシ君が不思議そうに見つめている気がする。でも、今の私にはデンジ君のことばかりしか見えなかった。デンジ君が笑ってる。嗚呼、彼の笑顔なんて、いつぶりに見たんだろう。

「マスター。レイン」
「ん」
「デンジ、君?」
「心配かけたな」
「え……?」
「きみ。サトシだったな」
「はい!」
「いつでもジムに挑戦しに来ると良い。全力で受けて立ってやるよ」
「ほんとですか!?」
「ああ」
「サトシ!」
「よかったなぁ!」
「よぉーし!燃えてきたぜ!早速みんなを回復させてこなきゃな!」
「そうよ!デンジさんの気が変わらないうちに!」
「ポケモンセンターに急げーっ!」

ヒカリちゃんとジュン君が、サトシ君を連れて走っていく。その後ろ姿を、デンジ君は嬉しそうに笑いながら見ている。
嗚呼、本当に元に戻ったんだ。また、バトルフィールドに立つデンジ君の姿が見られるんだわ。良かった。本当に良かった。だめ。泣いたらだめ。でも、喉の奥から熱い感情がこみ上げてきて、止まらない……

「……ぅ、ひっく」
「レイン!?」
「あーあ。泣かせたなぁデンジ」
「うっ……レイン、今まで本当に悪かった。泣くなよ……」
「っ、ううん、嬉しくて……おかえりなさい。デンジ君」

今の私は本当にひどい顔をしていると思う。嬉しいのに涙が止まらない。ううん、嬉しいからこそ涙が止まらないんだ。でも、心配はかけたくないから私が精一杯に笑いかけると、デンジ君は海のように穏やかに笑って、私のことを涙ごと抱きしめてくれた。

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