05.熱情をぶつけて

ナギサジムを戦いの場としてデンジ君が提供してくれることになり、私達はポケモン達と共に移動した。久しぶりに訪れたナギサジムはとても静かで、誰もいなかった。
うっすらと埃が積もったジムの絡繰りを見て、チマリちゃんが言っていたことを思い出した。チマリちゃん、「しばらくの間は各自自主トレしてろってデンジに言われたんだよ!」って、怒ってたな。でも、「デンジ、最近表情がないの。笑わないし怒らないんだよ」って、心配もしてた。「チマリね、デンジみたいなジムリーダーになりたいんだよ。だから、もっとデンジにいろんなこと教わりたい」と、そう言っていたチマリちゃんの願いを叶えてあげたい。それは同時に、私の願いを叶えることにも繋がるから。
だから、この戦いで何かが変わればいいと思う。サトシ君とオーバ君、二人が全力でぶつかってデンジ君の中の炎を再び燃え上がらせることが出来たなら。もう一度、痺れるような眼差しでバトルをするデンジ君が見られるかもしれない。他力本願かもしれないけれど、今の私には祈ることしか出来ない。
目線だけを右に向けて隣に座るデンジ君の様子を伺う。隣と言っても、私と彼の間には人二人分くらいの距離があって、寂しい。デンジ君は相変わらず、ぼんやりとした眼差しでサトシ君とオーバ君が立つバトルフィールドを見下ろしていた。
今回のバトルのルールは三対三。オーバ君が高々とボールを振り上げ、赤い閃光が走った。さあ、始まる。

「いくぜぇーっ!」
「オーバさんはゴウカザルか!ブイゼル!君に決めた!」

オーバ君はゴウカザルを、サトシ君はブイゼルを繰り出した。私達より一列前に座っているヒカリちゃんとジュン君は、身を乗り出してバトルの行方を見守っている。

「相手は炎タイプ。ここはセオリー通り、水タイプのブイゼルね!」
「だな!タイプ別の効果で言えばブイゼルの効果は抜群。逆にゴウカザルの技は今一つだからなぁ」
「デンジ。おまえもオーバのバトルを見るのは久しぶりじゃないのか?」
「別に興味ないな」

デンジ君を挟んで座っているマスターの言葉に、デンジ君はその言葉通りの態度で返した。

「ブイゼル!いけっ!“水鉄砲”だ!」
「かわせ!」
「“冷凍パンチだ”!」
「受け止めろ!」
「“ソニックブーム”だ!」
「はじき返せ!」
「“アクアジェット”!」
「“フレアドライブ”!」

私達がいる冷え切ったこの空間とは対照的に、バトルフィールド上は早くも熱く燃え上がっている。
冷凍パンチを受けたゴウカザルの両手は凍ったものの、ソニックブームをはじき返したことで同時に氷を砕き自由を得た。そして、アクアジェットとフレアドライブが正面からぶつかり合い、その場に立っていたのはフレアドライブを放ったゴウカザルのほうだった。
ブイゼル、戦闘不能。

「ブイゼル!」
「うっそぉ。サトシの、あのブイゼルが一撃で!?」
「タイプ別の相性なんか関係ねーってか!?」
「確かに、タイプ上じゃブイゼルが有利だけれど、ポケモンの進化前と進化後の能力差、そしてバトルの経験が、オーバ君の方が勝っていたみたいね」
「さすがだな」
「こんなもんさ。威勢が良いのは最初だけ。オレは飽きるほど弱いチャレンジャーと戦ってきたんだ」
「デンジ君……でも、まだ始まったばかりよ。ほら……」

まだサトシ君は諦めていない。「ご苦労さま。休んでくれ。ゴウカザル!君に決めた!」と、ブイゼルをボールに戻した代わりにゴウカザルを繰り出した。オーバ君と同じポケモンだけれどサトシ君のゴウカザルはオーバ君のゴウカザルよりも一回り小さいみたい。体格差をカバー出来るバトルが出来るのか、見所ね。

「ゴウカザル!“火炎放射”だ!」
「はじき返せ!」
「“火炎車”だ!」
「振り払え!」
「“マッハパンチ”!」
「受け流せ!」
「連続で“マッハパンチ”だ!」

オーバ君はゴウカザルに的確なタイミングで指示を出し、サトシ君のゴウカザルの技をかわさせた。これが彼のバトルスタイルだ。
闇雲に技を出すのではなく、じっと息を潜め相手の出方を伺い、チャンスを待ち、強烈な一撃で捕らえる。熱血な彼からは想像がつかないかもしれないけれど、防御こそ最大の攻撃、とオーバ君はそう言っていた。
だから、これはその前兆だ。そろそろ、オーバ君の方が仕掛けてくるはず。

「本当のマッハパンチを見せてやろう!」
「え?」
「ゴー!!」

たった一度だった。たった一度のパンチを的確に急所に当て、オーバ君のゴウカザルはサトシ君のゴウカザルを倒した。体力、パワー、スピード、全てがサトシ君のゴウカザルを凌駕していた。

「あっちゃー。また一撃で……」
「これが四天王の実力ってことかよ」
「ご苦労さま。よく頑張ったな」

サトシ君がゴウカザルをボールに戻したとき、デンジ君がその場に立ち上がった。前にいるヒカリちゃんとジュン君も気配でそれを察知し、上半身を後ろに向けた。

「「え?」」
「デンジ君」
「待てよ」
「もういいだろ」
「最後まで見ていけ、デンジ」
「時間の無駄だ」
「そうか。おまえにはもう感じられないか」
「……」
「サトシ君から湧き出る、あの熱い気を」
「……ねえ、デンジ君。もう少しだけ見ましょう。ね?」
「……」

渋々と言った様子で、デンジ君は再び腰を下ろした。最後のバトルはすでに始まっていた。
サトシ君が最後の手持ちとして繰り出したのはピカチュウだった。ボールから出して連れ歩いている時点で、サトシ君にとって特別なポケモンなんだと思ってはいたけれど、どうやら同時に切り札でもあるらしい。その切り札で、オーバ君にどこまで食らいつけるか。デンジ君に何かを感じさせることが出来るのか……頑張って、サトシ君。

「ピカチュウ!“電光石火”だ!」

電光石火。その技を見ただけで、ピカチュウがサトシ君の他の手持ちと比べて格段にレベルが違うことが分かった。オーバ君もそれを感じ取ったのか、嬉しそうに笑っている。

「おお。よく鍛えられているな。“フレアドライブ”!」
「“ボルテッカー”で迎え撃て!」

ブイゼルが一撃で戦闘不能になったフレアドライブを、ピカチュウはボルテッカーで迎え撃ち、相殺した。バトルフィールドの中心で大きな爆発が起き、二体とも煙の中から飛び出して間合いを取った。

「すごい……!」
「捨て身のボルテッカーで、あのフレアドライブをしのぐなんて、やっぱサトシのピカチュウは違うな!」
「どうだ?何か感じたか?」
「……」

マスターの問いに、デンジ君は何も答えなかった。本当に二人の戦いに飽きてきたようで、眠そうにその光景を瞳に映している。

「久しぶりに本気が出せそうだな、相棒。“マッハパンチ”!」
「“アイアンテール”!」
「「あっ!」」
「ピカチュウ!」

ヒカリちゃん達が息を飲んだ。アイアンテールをゴウカザルがはじき返し、ピカチュウは壁へと激突してしまったのだ。小さな体がぬいぐるみのように叩きつけられ、地に落ちる。でも、ピカチュウは何とか立ち上がった。

「いいぞ!頑張れ!」
「……」
「……デンジ君?」

気のせい、かしら。デンジ君の目つきが、変わってきたような気がする。
そう思っていると、バトルフィールドからけたたましい音が聞こえてきたので、私は慌てて視線を戻した。ピカチュウがゴウカザルにより高く蹴り上げられているところだった。

「“インファイト”!」
「負けるなピカチュウ!“十万ボルト”だ!」
「吹っ飛ばされながらも十万ボルトか!ならばこっちは“フレアドライブ”だ!」
「かわすんだ!」

素早さが高いピカチュウも、ゴウカザルのスピードには敵わなかった。逃げ遅れたピカチュウはフレアドライブを正面から食らい、倒れた。しかし、「ピカチュウ!大丈夫か!?」サトシ君の叫びに答えるように、ピカチュウはゆっくりと立ち上がった。
やっぱり、サトシ君のピカチュウは他と違う。オーバ君のゴウカザルのフレアドライブを二回も受けて立ち上がれるなんて、相当鍛えられているのか、元々の能力が高いのか。きっと、両方だ。

「おまえとオーバが初めて手を組んだ時もこうだったな。なぁ、レイン?」
「そう言えば……そうでしたね」
「……」

雨が降りしきる森の中。密猟者と対峙したデンジ君とオーバ君は押されていた。それでも、諦めなかった。火炎放射で吹き飛ばされたピカチュウに「大丈夫か!?」と声をかけ、あのときのデンジ君も今のサトシ君と同じように、相手に立ち向かっていったんだ。

「“電光石火”だ!」
「“インファイト”!」
「負けるなピカチュウ!“十万ボルト”だ!」
「“フレアドライブ”!」

フレアドライブはピカチュウの十万ボルトの効果を打ち消した。炎をまとったゴウカザルの加速は止まらず、そのままピカチュウを吹き飛ばした。三度目のフレアドライブによるダメージ。さすがのサトシ君のピカチュウも、ここまで……

「ピカチュウー!!!」

私達は目を疑った。デンジ君でさえ目を見開いた。サトシ君は自分自身がクッションになり、吹き飛ばされたピカチュウを壁への衝突から守ったのだ。そしてこれが、デンジ君の心を動かす最大の出来事になったのだ。

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