04.三度目のスランプ

俺とデンジは物心につく前から一緒にいたらしい。同じ年にナギサシティに生まれ、家は近所で、母親同士も仲が良い。こうなれば、子供同士で過ごす時間が長くなるのは必然とも言える。俺達は物心つく前から幼なじみであり、切っても切り離せない腐れ縁だった。
とは言っても、俺は子供心ながらデンジを苦手だと感じたり、合わないと感じたりすることがちょくちょくあった。たくさんの友達と外を走り回ることが好きだった俺と、一人で機械をイジることが好きだったデンジ。
子供らしい子供だった俺と、子供らしくない子供だったデンジ。本当にちぐはぐなコンビだったんだ、俺達は。

「へーっ。初耳。オーバさんとデンジさんって仲が悪かったんですね」
「いや、そういうわけじゃねぇよ」
「なんだってんだよ?だって今、苦手だって」
「そうなんだけど、あー、なんて言えばいいかなぁ。例えば、ヒカリとジュン。おまえらもたまに、お互い合わないって思うことはないか?」
「あります。ジュンってば子供っぽくて」
「なんだってんだよー!ヒカリだっていつもガミガミと!おまえはおれの母親かっつーの!」
「なによ!」
「あははっ!ほらな?幼なじみでずっと一緒にいても、こうなるだろ」
「「あ」」
「むしろ、そうやって言い合いながらも認め合える関係ってのが一番良いのかもな。俺とデンジもそうだったんだよ。特に、ある存在が俺とデンジを強く結びつけてた」
「ある存在?」
「ポケモンだよ」

あの頃、考え方も性格も価値観も正反対な俺達が唯一互いに持っていたもの。それは、ポケモンに対する情熱だった。
幼い頃から、ポケモンと触れ合いたい。強くなりたい。そう思っていた俺達は、友であり、ライバルでもあった。パートナーとなるポケモン、ブビィとエレキッドに出会った日はほぼ一緒。それから、俺達はたくさんの仲間と出会い、数え切れないほどのバトルをした。
俺は四天王に、デンジはジムリーダーになりたいと思うまでそう時間はかからなかった。

「あれ?」
「なんだ?サトシ君」
「レインさんもオーバさんやデンジさんと幼なじみなんですよね?」
「え、ええ。私は……」

レインは言葉を探すような素振りを見せた。どこから話せばいいのか、迷っているように見える。
数秒の沈黙のあと、レインは言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。

「私は幼いときから二人と一緒にいた訳じゃないの。私がナギサに来たのは十年ちょっと前くらいだから……最初、デンジ君と知り合って、彼を通じてオーバ君とも知り合ったの。それから今まで、ずっと仲良くしてもらってるわ」
「ああ。レインが加わってから、俺達はずっと三人でいた。俺達、それぞれイーブイの進化系を持ってるんだ。俺はブースター、レインはシャワーズ、デンジはサンダース。同じ時期に三人で仲間にしたんだぜ。そのくらい、仲が良かったんだ。昔から。俺とデンジは何かと喧嘩することが多かったけどな」

ああ、そういえばこんなこともあったな。ナギサシティより西にある森に流れ者の密猟者がいるという噂を聞き、俺とデンジはそれぞれピカチュウとヒコザルを連れて、密猟者退治に向かったんだ。この頃の俺達はバトルの経験をそこそこ積んでいたし、デンジはジムバッジを数個集めていたほどの実力を持っていた。きっと勝てる。ポケモンを悪用するために捕らえる人間なんかに負けない。そう、思っていた。
だが、現実は甘くなかった。俺とデンジは初めてタッグを組み、何とか密猟者を追い返しはしたものの、俺達自身もボロボロにやられてしまった。
まだトレーナーじゃなかったレインはイーブイをぎゅっと抱えながら、戦う俺達を見てずっと泣いてたっけ。でも、密猟者を追い返して、ボロボロになりながらも俺達が笑いかけると、レインもようやく、泣きながらだけど笑ってくれたんだよな。
今じゃこうして思い出話に出来るくらい良い経験だったと思ってる。あの日を境に、俺達の絆はいっそう深まったんだからな。

「でも、そんなデンジさんが、どうしてあんなことを……」
「なにかあったんですか?」
「そこからは俺が話そう」

全員の視線がマスターへと向いた。マスターはサングラスを押さえながら、一つ一つ思い出すように話し出した。

「あれは、オーバが二十歳になったときだ。このとき、デンジは既にナギサジムのジムリーダーとなっていて、レインは灯台の麓にある孤児院でポケモンや子供たちの世話をしていた。そしてオーバは、さらなる強さを求めて武者修行の旅に出た」
「旅に?」
「ええ。オーバ君はずっと四天王になることが夢だったから。このとき、既にジムバッジは集めていたけれど。四天王になるためにさらなる実力を身につける修行の旅に出たのよね」
「ああ」
「旅に出て一年ほど経った時、オーバは四天王となったが、デンジはチャレンジャーとのジム戦にやる気をなくし、もともと好きだった機械いじりに没頭し始めた。街中にソーラーシステムを作り、街全体を電気でコントロールできるようにしたんだ」
「ほんと、吃驚したぜ。久しぶりに戻った故郷がなにやらハイテク化してたんだからな。おまけに、旅を終えた俺を労る言葉もなく「おまえも手伝え」って言ったんだぜ?デンジの奴」
「ふふっ。でも、オーバ君が戻ってきてくれて本当に良かった。デンジ君、それから少しずつやる気を取り戻したみたいだったから」
「ライバルが四天王になったと聞いて、自分にも火がついたんだろうな」
「ああ。このときは自然と回復したからまだ良かったんだけどよ……これがデンジの病み期。一回目」
「一回目……ってことは、まだあるんですか」

げんなりするような口調でヒカリが言った。残念ながら、あるんだなこれが。

「今から一年くらい前か。レインがトレーナーとして旅に出た時、デンジに四天王にならないかって言う話があってな。あんまり詳しく言えねぇけどあいつ、いろいろ悩んでた時期でさ。四天王になるって八割くらい決めてたらしいんだ。ジムリーダーのままでいても強い奴とは戦えない。それなら、故郷のナギサを離れることになっても四天王に、ってな」
「えっ?でも、デンジさん……」
「ああ。あいつはジムリーダーのままだ。デンジを引き留めた奴がいてな」
「引き留めた?」
「レインだよ」
「レインさんが?」

全員の視線が自身に集まると、レインは戸惑うように笑った。

「私、身勝手だったの。自分は勝手に旅に出て、でもナギサに帰って来てデンジ君が四天王になる、遠くに言っちゃうって知ったとき、すごくイヤだったの。だから、強くなった私を見て考え直して欲しくて、私は彼と全力で戦ったの」
「ってことは、デンジさんに勝ったんですか!?」
「ううん。負けちゃった」
「え?」
「私は水タイプのトレーナー。デンジ君は電気タイプのトレーナー。タイプ相性はもちろん、トレーナーとしての実力差。あのとき、私は彼に勝てなかった。でも、私とバトルをしたデンジ君はまた輝きを取り戻してくれたの」
「それが、二回目なんですか?」
「ええ」
「えっと、じゃあ今は」
「三回目、ってことか!」

俺とレインとマスターは首を揃えて頷くしかなかった。つくづく思う。デンジは本当に成長しないというかなんというか。
しかし、今回が今までと違うことは明らかだった。ジムバッジを無償配布するほど自暴自棄になっているなんて、何かがあったのか、それとも今までの小さな痼りの積み重ねなのか。理由は何にせよ、放ってはおけない。

「今回はどんな理由があってデンジがああなったのか俺には分からない。けれど、俺はそんなデンジを何とかしたい。それで、熱いサトシ君を……」
「だが、無駄だった」

俺達は弾かれるように顔を上げて喫茶店の入り口を見た。いつからいたのだろうか。そこにデンジが立っていたのだ。どこから話を聞かれていたのかは分からないが、説明する手間が省けた。
俺はカウンターから立ち上がり、デンジの目の前に立った。デンジは俺より背が高いはずだが、今日のデンジはなんだか小さく見えた。嗚呼、本当になんて目をしてるんだ、こいつ。

「デンジ!俺やレインの気持ちはわかってんだろ!?いい加減目ぇ覚ませよ!」
「ふん。昔からおまえの説教は聞き飽きてるんだよ。四天王さん」
「なんだと……!」

嫌みったらしく嘲笑するデンジに、珍しく本気で頭にキてしまった。気付けばデンジの胸ぐらを掴み、反対の拳を振り上げていた。それでも、デンジは相変わらず、諦めたような目をして笑っている。

「殴りたいんなら、殴れよ」
「止めて!オーバ君!」
「っ……!」

レインの悲痛な声に我に返った俺は、ドアに叩きつけるようにデンジを振り払った。
なあ、本当にどうしたんだよ。今までいくら病んでるときがあっても、最後は立ち直ってたじゃねぇか。でも、今はその兆しさえ見えない。おまえはそんな弱い奴に成り下がっちまったのか?

「今のお前にはそんな価値もねぇ……」
「……ふん」
「どうしちまったんだよ!?痺れるようなバトルをしてたデンジはどこ行っちまったんだよ!?」
「……うるせぇな。どうしようがオレの勝手だろう。おまえらには関係ない」
「なんだと……!」

視界の隅でヒカリとジュンが息を飲んでいるのが見える。サトシ君は呆然と立ち尽くしているし、レインは、手を口元に当てて震えている。
なあ、デンジ。おまえは俺だけじゃなくレインまで関係ないって言うのか?誰よりもおまえを心配して、誰よりもおまえを想っているレインまで、突き放すのかよ。なあ、デンジ。

「オーバ」
「……マスター」
「せっかくだ。サトシ君とバトルしてやれよ」
「えっ?」
「サトシ君と?なんで俺が」
「オーバさん!是非お願いします!」
「いいじゃん!戦えよサトシ!四天王とバトル出来るチャンスなんてそうないぜ!」
「あたしも見たい!ねっ?レインさん」
「え、ええ……」
「デンジ。おまえにも付き合ってもらうぞ。オーバはおまえの代わりにバトルするんだ。観戦くらいいいだろ」
「……デンジ君。行きましょう」
「……ふん。勝手にしろよ」
「よし。決まりだ」

マスターが何を考えているのか分からない。でも、マスターのことだ。何か考えがあるに違いない。俺とサトシ君が戦うことで、デンジの中で何かが変わる可能性が少しでもあるのなら、俺はやるさ。それがサトシ君を利用する形になるかもしれないけれど、それでも、俺はもう一度、輝きを取り戻したデンジを見たいんだ。

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