03.沈んだ太陽

展望台を目指して上昇していくエレベーターの中で、いくつかの心配事を考える。
まず、デンジは本当にここにいるのだろうかということ。何度目か知れないやる気なし症候群に陥ったとき、デンジは本当にうまく身を隠して自分の殻の中に籠もる。ジムの中にある改造部屋や、深夜のナギサの浜辺、灯台にあるらしい隠し部屋などで、ポケモンも吃驚の『殻を籠もる』を繰り出すのだ。簡単に言えばただの引き籠もりである。
あとは、デンジがここにいたとして、素直に俺達の話に耳を傾けてくれるだろうかということ。あいつは図体だけあんなにデカくなったが、中身は子供のままだ。中二病が抜けきれない思春期の少年のようなものだ。レインが旅に出てから少しくらい変わったかと思えば、レインが帰ってきたら旅に出る前以上に依存するようになりやがった。我が儘というかなんというか、そんなあいつが人の忠告を素直に聞くはずもないんだ。それでも、何もしないままではいられない。
もうすぐ灯台の最上階である展望台に着く。ここまで上がると、下にいる人が豆粒のように小さく見える。上から見下ろすソーラーパネルは太陽の光を反射して、眩しい。

「改めて見てみると、ほんとにすっげー街だよなナギサシティって!」
「ほんとよね!」
「……綺麗な街でしょう?太陽に愛された海の街、ナギサシティ。太陽の恩恵を受けるソーラーシステムで、この街の電気は管理されているの」
「へーっ」
「そしてそれらを一から作り上げたのがデンジさ」
「えっ?デンジさんが?」

そう、デンジが。思えば、街全体を改造してる時、あいつすっげぇ楽しそうに指揮とってたよなぁ。俺も手伝いに駆り出されてさ、材料や工具を運んだりしたもんだ。レインは俺達や作業員に差し入れを持ってきてくれたっけ。確か俺達が二十一歳くらい頃、俺は四天王になったばかりだったかな。
そんなことを考えていると、エレベーターがチーンと音を立て、扉を開けた。展望台の窓越しに広がるのは青い空と海、そしてナギサの街並み。サトシ君達三人は歓声を上げながらガラスに額を寄せた。

「「「わーっ!」」」
「ライライ!」
「「「ん?」」」

バチバチという静電気の効果音付きで現れたのはデンジのライチュウだ。どうやらビンゴ、らしい。

「ライチュウだ!」
「ようっ!」
「オーバさん!」

俺に飛びついてきたライチュウを見て、攻撃するとでも思ったのだろうか。サトシ君は目を見開いて叫んだ後、俺に抱き抱えられて和むライチュウを見て口がポカンと開いたまま閉じないようだ。

「……え?」
「ははははっ!元気そうだなぁ!ライチュウ!」
「久しぶり、ね」
「チュウ」
「ずっと引きこもって戦ってないんだろ?こんなに静電気ためて。大変だなぁおまえも」
「ライラーイ」
「おまえの相棒はいるか?」
「ライライ!」

ライチュウは俺達がいる方とは逆に体を捻り、指さした。ああ、いやがった。全く、痩せたというか窶れたというか。ほんと、目が死んでんなぁこいつ。

「よう!デンジ」
「デンジ君……」
「オーバ……レイン。ヒカリにジュン、か。ずいぶんと今日は客が多いな」
「あのっ!」
「ん?」

ライチュウは俺の腕から飛び降りて、デンジの足元にとてとてと歩いていった。デンジはというと、今サトシ君の存在に気付いたようだった。しかし、彼に大して興味はない模様。彼の肩にいるピカチュウには一瞬だけ目をやったようだが、すぐに斜め下を見るように目を伏せてしまった。

「ジム戦のチャレンジャーだ」
「俺、サトシと言います!ジム戦をお願いします!」
「バッジならジムにあっただろ。勝手に持って行ってくれ」
「俺はちゃんとバトルで勝ってバッジをゲットしたいんです!お願いします!俺とバトルしてください!」
「ピカピカ!」
「同じことを言わせるなよ」

あーあ、そんなに威嚇するような声、出すなよ。レイン、ビクついてるじゃねーか。いつもは騒がしいヒカリとジュンでさえ、大人しくことの成り行きを見守っている。
みんながデンジの様子に気圧される中、サトシ君だけは怯まなかった。相変わらず目を見て話そうとしないデンジに、必死に食らいついた。

「なんでダメなんですか!?」
「もう、バトルには興味がないんだ」
「そんな……」
「デンジ。サトシ君はなかなか熱い奴だぜ。この子とのバトルならおまえも」

俺の言葉を遮るようにデンジは立ち上がり、俺達に背を向けた。ああ、もう、こうなったら何言っても聞かないだろうなぁ。

「デンジ君っ」

縋りつくようにレインが名前を呼ぶ。そうだ、レインの言葉なら。

「……もう帰ってくれ」
「っ」
「デンジ……」

ああ。レインの言葉が届かないとは、今回は今までの症状よりもかなりの重症らしい。
後ろ髪を引かれるように時折こちらをチラチラと振り向くライチュウを連れて、扉の向こうに消えていくデンジに俺達は何の言葉もかけられなかった。





「俺のおごりだ!遠慮なく飲んでくれ!」
「よっしゃあっ!」
「ありがとうございまーす!」

場所を変えて、俺達は喫茶店に来ている。ソーラーパネルなど近代的な建物が多いこの街には珍しいクラシカルな洋風の内装をした、そこそこ有名な喫茶店だ。俺も昼間に来るのは久しぶりだ。どちらかというと、酒が出る、いわゆるバーとして開店する夜に来店することの方が多い。
子供三人を四人掛けのテーブル席に座らせ、俺とレインはカウンター席に座った。俺達のいつもの定位置だ。いつもはデンジもいたんだけど、な。レインもここに二人しか座っていない現実に違和感を感じているんだろう。相変わらず、表情が暗い。

「ほら、レインも」
「え?私は……」
「いいから。マスター。レインにミルクティーを。ミルク多めで。だろ?」
「……ありがとう」

レインに飲み物を出してくれた、サングラスをかけた男がこの店のマスターである。どちらかというと厳つい体つきをしており、初対面で彼を喫茶店のオーナーと見抜ける人物は少ないだろう。まだ、バーのマスターと言われた方が納得がいく。
しかし話してみれば分かるが、マスターは厳つい外見に反して意外と親しみやすい性格で、良いおっちゃんと言う感じだ。今だってマスターは、頼んだ覚えのないサンドイッチを盛りつけた大皿をテーブル席に持ってきてくれた。

「食べな。こいつは俺からのサービスだ」
「おおっ!美味そう!」
「サンキュー、マスター」
「「いっただきまーす!」」

ヒカリとジュンはすぐサンドイッチにかぶりついたが、サトシ君はテーブルの木目を険しい顔でジッと見つめたまま動かない。ピカチュウも同じような表情をしている。
サトシ君、灯台を出てから喋ってないよなぁ。気にしてるんだろうな、デンジのこと。

「……ん?サトシ食べないの?」
「サトシ?」
「オーバさん。レインさん。俺、納得出来ません。デンジさんが最強のジムリーダーだって聞いて、俺すっげぇ燃えてたのに!あんなやる気のない感じでバトルを断るなんて……」
「デンジがこんな状態になるのは、実は初めてじゃないんだ」
「「「え?」」」
「三回目、だな。俺が知っている限りだと」
「さ、三回も……」
「どこから話せばいいかな。まずは、俺達の馴れ初めから話すか」
「そう、ね」
「馴れ初めって、デンジさんとオーバさんってそんなに長い付き合いなんですか?性格とか今まで見てきた限り正反対なのに」
「ははっ、そうだな。初めて会ったばかりの頃は俺、デンジのこと苦手だったからな」

俺達ほど正反対なコンビはいなかっただろう。大人数で外を走り回るのが大好きだった俺と、部屋にこもって機械をイジることが好きだったデンジ。
そんな正反対な俺達が唯一共通することといえば、ポケモンバトルが大好きだということだけだった。

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