02.まっさらな少年

「一緒にデンジのとこ行こうぜ」

と、電話でレインを呼び出したのが三十分ほど前のこと。今、俺達は肩を並べて立体歩道の上を歩いている。
レインの表情は晴れない。ここのところずっとだ。デンジがあんな状態になってしまってから、ずっと。レインは少なからず自分を責めているように見える。一番あいつの側にいておきながら、あいつの変化に気付けなかったという自責の念に駆られているんだ。
俺はレインの頭をわしゃわしゃと無造作に撫でた。勢いでレインは前につんのめる形になってしまったが、もちろん実際に倒れてしまわないように加減している。レインは髪を押さえながら、戸惑うように俺を見上げてきた。

「お、オーバ君?」
「あー、もう!レインまでそんなに辛気くさい顔すんなって!」
「でも……私がもっとデンジ君の話を聞いていれば……デンジ君の変化に気付いていれば……」
「あいつがこんな風になるのは何度目だ?毎回気にしてたらレインの方が参るだろ?つか、成長しないデンジが悪いんだよ」
「でも……」
「確かに、今回は今までと少し違うかもしれない。ここまで落ちてるデンジは初めてだよ。でも、絶対にレインのせいじゃないんだ。デンジを心配するのは良いけど、それだけはちゃんと分かってろよ」
「……ありがとう、オーバ君」

少しだけレインが笑ってくれた。俺の言葉は多少なりとも届いたようだ。
それでも、今のレインの頭の中はデンジのことでいっぱいなんだろう。心配で心配で、あいつのことを考えない時間などないくらい思い煩っているのだろう。
全く、こんなに他人を想ってくれる人間なんてそういないぞ。デンジが元に戻ったら叱りつけてやらないとな。おまえをこんなに想ってくれる人間を泣かすな、って。

「あら……?」
「なんだ?どうした?」
「何か聞こえてこない?人の悲鳴みたいな……ジムの方から」
「悲鳴?」

良く耳を澄ませてみれば、潮風に混じって叫び声のようなものが聞こえる気がする。不安そうなレインと目を合わせて頷いてみせると、俺達はどちらからともなく足早になった。
事はナギサジムの目の前で起こっていた。なんと、ピカチュウを連れた一人の少年がロボットアームに捕まっていたのだ。『貴方ヲ侵入者トミナシ排除サセテイタダキマス』と言うロボットアームに対し、「バトルするまで諦めないぞ!!デンジさん!デンジさん!放せーっ!このーっ!」ともがく少年。ジムの前にはヒカリとジュンも一緒にいる。知り合いなのだろうとは思うが、あまりの出来事に二人とも口を開けて呆然と立ち尽くしている。
隣をちらりと見てみれば、レインも二人と同じような顔をしていた。とりあえず、俺が何とかするしかないようだ。

「ったく。ゴウカザル!“マッハパンチ”!」

ゴウカザルを呼び出してロボットアームを壊させ、少年の救出には成功した。その一連の動作の間に、俺は今し方起こった出来事を考察した。
ジムの入り口に積んであるビーコンバッジの山、閉ざされたジムの扉を無理矢理開けようとした痕跡、戦うまで諦めないと叫んでいた少年……恐らく、このロボットアームはデンジが挑戦者を追い返すために作ったセキュリティーシステムなのだろう。
全く、なんつーものを作ってるんだあいつは。才能の無駄遣いとはまさにこのことである。俺がゴウカザルをボールに戻せば、少年達の視線は俺達に向いた。

「ゴウカザル!?」
「よう!」
「「あーっ!」」
「ヒカリ、ジュン、知り合いなのか?」
「知り合いも何も、サトシ知らないの?」

ヒカリは呆れたように溜息をついたが、俺は決して忘れちゃいない。初めて会ったとき、おまえも俺のこと分からなかっただろ。自ら四天王だと名乗っても、俺がトレーナーズカードを見せるまで疑っていただろう。主にアフロを見ながら。全く、髪型で決めつけないで欲しいものだ。ホウエンにはモヒカンの四天王だっているのに。
ということはいったん置いて、俺はピカチュウを連れた少年──サトシ君に向き直った。

「俺は四天王のオーバ。よろしくな!」
「えっ、四天王?」
「ああ。で、こっちが」
「私はレインっていうの。ジムリーダー見習いをしているのだけど」
「ジムリーダー!?」
「あ、ジムっていってもナギサジムじゃないの。ノモセジムで勉強しているの」
「なんだぁ……あ!俺、サトシって言います!こっちは相棒のピカチュウ!マサラタウンから来ました!」
「ピッカー!」
「マサラタウンか。またずいぶん遠いところから来たんだな」
「オーバさん、レインさん。あたしもサトシとは最近知り合ったんですけど、結構すごいんですよ!カントー、ジョウト、ホウエン、そしてシンオウのナギサジム以外のバッジを全部ゲットしてるんです!」
「マジで!?」
「すごい……!大変だったでしょう?」
「大変って言うか、おれはただポケモンが大好きで、旅をするのが楽しくて、もっと強くなりたくて、がむしゃらに突っ走ってきたらここまで来れたようなもので」
「だよなー!サトシのポケモン馬鹿と無鉄砲さはずば抜けてるもんな!」
「ジュンー!おまえが言うなよな!」
「あははっ!ほんとよ!」
「な、なんだってんだよーっ!?どういう意味だよっ!?」

マサラタウンから来た少年、サトシ君、か。
どう言ったらいいのか分からないが、彼は本当の意味で『普通』のトレーナーのように思えた。これでも四天王、トレーナーの実力やバトルセンスを見る目は養われているはずだと自負している。
サトシ君は俺が今まで戦ってきたトレーナーと何ら変わりない。戦って、負けて、勝って、また負けて、勝って。それを繰り返して成長していく一般的なタイプだと思う。それなのに、何故こんなに心惹かれるものを感じるのだろうか。
ポケモンが好きで、バトルが好きで、旅が好きな普通の少年が、四つの地方のバッジを制覇しようとしているなんて。どうしてここまで来れたのだろう。知りたい、と思った。それと同時に、もしかしたら彼ならデンジを再び立ち上がらせることが出来るのではないかと思った。
レインも俺と同じ事を考えていたらしく、俺を見つめて小さく頷いてきた。よし。賭けてみるか。サトシ君に。

「君、なかなか熱い少年だな。ついてきな。デンジに会わせてやる」
「「「ええっ?」」」
「デンジ君はね、私達の幼なじみなの。だから、なんとなく分かるんだけど……この様子だと、デンジ君はジムの中にいないと思うわ」
「えっ?じゃあ、どこに?」
「ジムにはいない。ここに来る途中、浜辺も見てきたがそこにもいなかった。となると、あそこだな」

しるべの灯台。何か沈んだことが起こる度に、デンジがいつも訪れていた場所。

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