XX.シンオウの腐れ縁

 ナギサジムの外の草原で、二つの力がぶつかり合っている。一方はナギサシティを照らす太陽のように、熱く激しい真っ赤な炎。そしてもう一方は、海を照らすシルベの灯台の光のように、眩しく輝く鋭い雷。

「エレキブル、ほのおのパンチ!」

 デンジ君は電撃による攻撃を止めて右の拳を突き出しながら、エレキブルに次の技の指示を出した。エレキブルは右の拳に炎を宿して、正面からゴウカザルに向かっていく。

「この俺相手にほのおのパンチとは、いい度胸じゃねぇか! なら、こっちも! ゴウカザル、かみなりパンチだ!」

 負けじと突き出されたオーバ君の右手に倣い、ゴウカザルは右手に雷を溜める。高い素早さを生かした駿足でエレキブルの目の前に迫り、そして――二体は同時に右の拳を叩き込んだ。
 エレキブルの炎と、ゴウカザルの雷。二つの力は完全に互角だった。二体は同時に吹き飛ばされて、足に力を込めて踏みとどまる。ヒートアップしたデンジ君とオーバ君の指示にも熱が入っていく。

「ふふふ。やってるね?」
「エイルさん」

 木の裏から顔を出したエイルさんは、私の隣に腰を下ろした。木漏れ日の中にエイルさんの甘い匂いがふわりと香って、少しだけドキドキする。同性の私でもこうなのだから、恋人のオーバ君はきっともっと彼女に夢中なんだろうな。

「オーバ君がガラル地方から帰ってきてから、ずっとデンジ君に特訓の相手をお願いしていますから」
「マスターズエイトからは落ちちゃったけど、それが余計にオーバくんのハートに火を点けたみたいだね?」
「ええ。デンジ君もダンデさんとオーバ君の戦いを見て痺れちゃったみたい」
「ふふふ。……そういうところ、ほんっとうに好きだな」
「……ええ。私も」

 デンジ君とオーバ君は、お互いが着火材であり、電線でもある。お互いの存在が刺激になって火を点け、感電して、強くためにさらに熱く激しく自分とポケモンたちを磨き、高みを目指すのだ。
 そのとき、私のスマホロトムから『ピピピピッ!』と通知音が聞こえてきた。メッセージが来たときの音とは違う設定の音だ。
 急いでスマホロトムを取り出すと、ポップアップをタップしてテレビ視聴のアプリを開く。今期のマスターズエイトに選らばれた八人によるマスターズトーナメントのライブ中継が始まる通知だった。
 隣からスマホロトムを覗き込んできたエイルさんが「あっ!」と声を上げる。

「シンオウ地方チャンピオン、シロナさんのバトルが始まるよ? 相手はイッシュ地方チャンピオンのアイリスちゃんだね」
「本当だわ。デンジ君! オーバ君! 一回戦第三試合目が始まるわ!」

 バトルをしている二人にも聞こえるように声を張り上げると、エレキブルとゴウカザルの動きが静止した。白熱したバトル中に水を差すのはよくないとわかっていたけれど、シロナさんのバトルはリアルタイムで見たいから時間が来たら教えてくれと二人から言われていたのだ。
 スマホロトムを取り出したオーバ君がデンジ君の元に駆け寄り、画面を操作しながらスマホロトムをデンジ君に渡した。デンジ君は真剣な眼差しで画面に視線を落とし、オーバ君は首にかけたタオルで汗を拭いつつ、デンジ君の隣からシロナさんの試合を観戦している。
 ときおり二人が何か話しているようだけれど、きっと「今の攻めかたは上手い」とか「相手の弱点を読んだ技編成はさすが」とか、バトルを評価しながら見ているのだと思う。ただのエンターテイメントとしてバトルを見るのではなく、一人のトレーナーとして、学べるところは学び強くなるための材料として見ているところが二人らしい。

「ねぇ。わたしはオーバくんの恋人だし、レインちゃんはデンジくんの奥さんだけど、あの二人の間には入れないね?」
「ええ。だって、二人は私が幼馴染みになる前からずっと一緒にいる……“腐れ縁”ですから」

 親友。ライバル。兄弟。幼馴染み。ジムリーダーと四天王。
 世間的に見ると、デンジ君とオーバ君の関係性を形容する言葉はきっとたくさんある。どれもが正しくて、どれもが少し物足りない。
 私とエイルさんでも踏み込めない二人の関係性は――“腐れ縁”。きっとそれが一番、二人の形に馴染む唯一無二の関係性なのだ。



2022.07.15

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