XX.夢の残り火は消えない

 ナギサシティの片隅にある喫茶店には、席の数以上のお客さんが押し寄せている。お客さんたちの目当てはモニターに映し出されているポケモンバトルだ。その内容はポケモンワールドチャンピオンシップスマスタークラスのバトルであり、マッチングされたトレーナーはガラル地方のチャンピオンであり現在第一位のダンデさん。そして……。

「いけ! オーバさんっ!」
「ゴウカザル! そこだーっ!」

 シンオウ地方四天王の一人であり、太陽の街ナギサシティ出身のほのお使い――オーバ君だ。マスタークラスの第七位に名を連ねているオーバ君のバトルを応援するために、ナギサシティのみんなはマスターの喫茶店に集まって、モニターに向けて声援を送っているのだ。
 もちろん、私とデンジ君、そしてオーバ君の恋人であるエイルさんは最前列でバトルを見ている。

「やはり相手は無敵のチャンピオン。手強いな」
「……オーバ君……頑張って……!」
「「……」」

 私とマスターが手に汗を握って祈るように応援している隣で、デンジ君とエイルさんは無言を貫いてモニターを見つめている。
 オーバ君のゴウカザルと、ダンデさんのリザードンが同時にフレアドライブを繰り出す。自らも燃え上がるような熱い炎に包まれた体同士がぶつかり合い、相手を焼き尽くそうと押し合っている。
 両者一歩も譲らない中で、先手を打ったのはオーバ君だった。オーバ君はゴウカザルに、リザードンの背後に回り込んでマッハパンチを打つように指示した。素早い動きを得意とするゴウカザルは、オーバ君の指示通りリザードンの背後に回り込み、拳に力を込めた。
 でも、ダンデさんはそれを読んでいた。ダンデさんはマッハパンチを翻してかえんほうしゃを放ったリザードンに対して、止めとなる一撃――ドラゴンクローを命じた。ドラゴンクローはゴウカザルの虚を衝き、急所に当たった。ゴウカザルはバトルフィールドに叩き付けられ、そのまま起き上がることはなかったのだ。

『ゴウカザル、戦闘不能。リザードンの勝利。よって、勝者ダンデ選手!』

 割れんばかりの歓声がモニターから伝わってくる。それは全て、ダンデさんの勝利を称えるものだ。興奮が収まらないシュートスタジアムとは対象的に、喫茶店の中は静まり返った。
 悔しさに呻く声や、ため息が聞こえてくる中を、パチパチと乾いた音が響き始めた。エイルさんだった。エイルさんは微かな笑みを浮かべながら、オーバ君とゴウカザルに対して拍手を贈っているのだ。
 拍手の音が一つ増える。デンジ君だ。私も続いて両手を叩く。マスターもそれに続く。拍手は店内いっぱいに広がって、まるで嵐のように大きなものになった。

『さすがだぜ、チャンピオン!』
『また熱いバトルをしよう!』

 オーバ君とダンデさんが力強く握手を交わしたとき、誰かが呟いた。

「オーバさんはすごいな。自分の力で四天王になっただけじゃなくて、ポケモンワールドチャンピオンシップスのマスターズエイトにまで登りつめるなんて」
「ああ。天才ってああいう人のことを言うんだろうな」

 バトルの中継が終わったのと同時に、モニターの前に集まっていたお客さんはそれぞれの席に戻っていったり、喫茶店を出ていったりしている。誰も彼もが、先程まで繰り広げられていたバトルについて熱く語り合っているようだった。
 モニターの前に残されたのは私たち三人と、カウンターの向こう側にいるマスターだけだ。

「ああ。天才だよ、オーバは」

 マスターが零すように呟いた。

「そうだな。あいつは昔から『努力し続けること』の天才だ」

 デンジ君がモニターを見つめたまま、そう言った。

「確かにオーバはポケモンバトルのセンスを持ってる。でも、ただ持っているだけじゃ意味がない。それをどう磨き上げるか。研鑽を継続し続けるか。才能よりもそっちのほうが重要だ。あいつは昔からポケモンバトルに対して真剣で、何があっても諦めなかった。負けても塞ぎ込まず、勝っても傲らず、淡々と上を目指し続けてきた」
「なんだ、デンジ。今日は素直にオーバを褒めるんだな」
「はは、あれだけのバトルを見させられたんだから仕方ないさ」
「ふふ……そうね。努力し続けることって、簡単そうに見えて難しいことだものね」
「ああ。人間はどうしてもサボったり、手を抜いたりすることもあるからな。だから、オーバは『努力し続けること』の天才なんだ。燃え尽きることがあっても、残り火が消えることはない。それはエイルが一番良く知ってるんじゃないか?」
「うん。でもね、だからって負けて悔しくないわけじゃないんだよ?」
「わかってる。そこは恋人の出番だろ?」

 デンジ君がそう返すと、エイルさんは悪戯っぽく笑って立ち上がり、モンスターボールを取り出した。マスターが不思議そうに首を傾げる。

「どこかに行くのか?」
「うん。ちょっとオーバ君のところに行ってくる」
「え!? それって、ガラル地方に?」
「うん。ちょうど昨日シンオウ地方での公演が終わってしばらくお休みだし、それに……なんだか今、すごくオーバ君に会いたくなったんだ」

 エイルさんはとても綺麗な笑顔を残して、喫茶店を出ていった。モンスターボールから呼び出したリザードンに乗って、それへと飛んでいく姿が窓越しに見えた。
 そうだ、エイルさんはひこう使い。彼女はいつだって、どこにだって、自由に飛んでいけるのだ。彼女はその背中に真っ白な翼を持っているのだから。

「オレたちも負けていられないな」
「ええ。オーバ君に追いつけるように、頑張らなくちゃ」

 四天王になるという夢を叶えた今も、オーバ君はずっと燃え続けている。そんな彼に着火されて、私とデンジ君もまた、強く、激しく、燃え上がるのだ。



2022.03.14

PREV INDEX NEXT


- ナノ -