01.輝きをもう一度

風の中に潮の香りが混じってきた。海が近い。あたしが目指している太陽の街までもうすぐ、ということだ。
潮風で髪がべとついちゃうのは少し苦手だけれど、あたしはあの街が好きだ。シンオウ地方最後のバッジを手に入れた思い出深い街でもあるし、あたしの大切なお友達がいる街でもあるから。

「デンジさんと戦ってバッジを手に入れて、もう一年経つんだよね。早いなぁ」
「トゲトゲッ」
「最初に挑んだときは負けちゃったけど、二回目は勝てたもんね!でも、勝負所で戦う本気デンジさんにはまだ勝てないんだよね。もうちょっとなんだけどなぁ。あたし達のパーティ、電気が苦手な子が多いもんね。エンペルトとフワライドとトゲキッス」
「トゲー……」
「ああ!ごめんごめん!責めてるわけじゃないのよ?誰にでも得意不得意はあるもの。それを補ってこそパーティ、それを攻略するのがトレーナーでしょ?みんなで力を合わせて、いつか絶対に本気デンジさんに勝とうね!」
「トゲトゲッ!」
「うんうん!あ、ナギサが見えてきた!レインさん、元気かなぁ?ふふっ。突然顔を出したら驚くかな?」

太陽が照らすシンオウ地方最東の街、ナギサシティ。空から見下ろすと、太陽光を受けたソーラーパネルがガラスみたいに光っている。民家の屋根、ビルの上、歩道にすらソーラーパネルが設置されているナギサシティは他の地方でも有名だけれど、あたしは今のこの街に違和感を感じた。数ヶ月前に来たときよりソーラーパネルが増えている気がする。

「ナギサシティ、ちょっと来ないうちに何か変わった?」
「トゲー?」
「気のせいかな……?あ!いたっ!レインさん!」

海から吹く風の音に負けないように声を張り上げて名前を呼んだ。浜辺で手持ちの子達を自由に遊ばせているレインさんはきょろきょろと左右を見回した後、浜辺に落ちたトゲキッスの影に気付いて頭上を見上げた。私を見つけたレインさんはとびきりの笑顔で手を振ってくれた。
勢いよくトゲキッスから飛び降りると、しばらく空を飛んでいたからか、それとも久しぶりに砂浜を踏んだからか、足下がふわふわと不思議な感じがした。

「ヒカリちゃん。久しぶりね」
「はい!お久しぶりです!遊びに来ちゃいました!」
「あら?身長、少し伸びたんじゃない?目線が……」
「分かります?成長期ですから!でも、ジュンには差をどんどん開かれていって悔しくて」
「仕方ないわ。男の子だもの。デンジ君も子供の頃は私とそんなに身長変わらなかったし」
「そういえば、今日は一人なんですか?デンジさんは仕事ですか?」

あたしがそう言ったとき、レインさんの表情が強ばったような気がした。それは気のせいじゃないみたいだ。レインさんの表情は明らかに暗くなって、伏し目気味になってしまった。あたし、何か地雷踏んだ……?

「レインさん、あ、あの、デンジさんと喧嘩でもしたんですか……?」
「……喧嘩なら本当に良かったのだけれど」
「え?」
「……長くなりそうだから座りましょうか」

レインさんは防波堤を指さして言った。せっかくだから、あたしも手持ちの子達を放して自由にさせてからレインさんの話を聞くことにした。
ブラブラと揺らす足の下の方では海面がキラキラ光ってとても綺麗だけれど、大好きな海を目の前にしてもレインさんの表情は晴れなかった。

「本当にどうしたんですか?レインさん」
「ええ。あのね……デンジ君が……」
「デンジさんが?」
「……ジムのお仕事を放棄してるの」
「……」

レインさんには悪いけれど、どうリアクションしていいか分からなかった。だって、いつもと変わらないじゃない。デンジさんはサボリが通常運営だということは周知の事実だ。

「あの、レインさん?それっていつもどうりなんじゃ……?」
「違うの」
「違うって……どういうことですか?」
「……デンジ君、また最近、強い挑戦者が来ないってぼやいてて、でも私、あまり気にしてなくて、そうしたら、あんなことに……」
「え!?ちょっ、レインさん泣かないでください……!あんなことって……?」
「っ、デンジ君、ジムの前にビーコンバッジを置いて、誰にでも取れるようにしてるの」
「……ええええ!?」
「それに、私やオーバ君とも会わないようにして引きこもっちゃって、機械をいじってばかりいるみたいで……私、何も分かってあげられなかった」

どおりで、以前来たときよりも街がハイテクになっているわけだ。
それにしても、信じられない。ジムバッジを無条件で提供するなんて、いくらデンジさんでもあり得ない。あり得ないと思いたいけど、レインさんが泣いてる。本当なんだ。
デンジさんは今まで何回かそういう状況に陥ったことがあるらしいけど、今回は何かが違う気がする。レインさんにまで会わないようにしているなんて、よっぽとのことだと思う。

「私やオーバ君じゃダメなの。今までに戦ったことのある私達じゃ。もっと、デンジ君の心を揺さぶらせてくれるような挑戦者がいないと、デンジ君はこのまま……っ」
「やだ。レインさん、泣かないでください」

だとしたら、あたしでもダメだ。ジュンも、コウキも、ダメだ。一度デンジさんと戦ったことのあるトレーナーじゃ、デンジさんの心は動かせない。もっと、デンジさんの心を熱く揺さぶらせるようなトレーナーじゃないと。
ああもう、デンジさんって本当にダメな大人じゃないか。中二病が抜けきっていない思春期の子供みたいだ。
でも、あたし達は本当のデンジさんを知っている。バトルする相手の心をビリビリに痺れさせるくらい、本気のデンジさんは激情を与えてくれる。あの彼が今、輝きをなくしてしまったのだとしたら、一発ガツンとぶん殴るような衝撃を与えて目を覚まさせてやる。

「泣かないでください。レインさん。あたしが何とかします」
「ヒカリ、ちゃん?」
「めちゃくちゃ熱いポケモンバカ、一人知ってるんです。そいつなら、きっと」

デンジさんの心を痺れ燃え上がらせてくれる。そう信じてる。

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