06.まっさらな全力少年

「次頼むぞ!ピカチュウ!」
「ピカチュウ!」

 サトシ君の三体目はやっぱり、ピカチュウだった。サトシ君が普段から連れ歩いているという事実からも、彼にとって特別なポケモンだということがわかる。最終進化に至っていないとはいえ、一番警戒しなければいけない相手だ。

『サトシ選手、三体目はピカチュウです!電気タイプ同士のバトル、電気タイプに電気技は大きなダメージを与えられません!お互いどう戦うのか!?」
「ピカチュウ!エレキネット!」

 エレキネットで飛び回るロトムを拘束して素早さを下げる作戦かしら。解説の通り、でんきタイプ同士のバトルでは電気技は通りにくい。ただ、デンジ君のスピンロトムはでんき・ひこうタイプだから、タイプ相性の関係からピカチュウより電気技でダメージを受けやすいはず。
 デンジ君が目を見開いたと思った頃には、スピンロトムはすでに電気の網に拘束されていた。そして、次の瞬間。

「かかった!10万ボルト!」
「戻れ!ロトム!」

 サトシ君が技を指示したのと、デンジ君がスピンロトムをモンスターボールに戻したのは全くの同時だった。一秒でも判断がズレたら成立しなかった。それは、デンジ君がサトシ君の思考を読んだからこそできた交代だ。

「行け!エレキブル!」

 スピンロトムの代わりに呼び出されたエレキブルが、ピカチュウが放った10万ボルトを受けた。その一瞬の出来事で何が起きたのか、サトシ君とピカチュウもよく理解できていないはずだ。エレキネットで拘束してダメージを与えたスピンロトムを追撃したと思っていたのに、そこにいたのはエレキブルで、しかも電気技を浴びて戦意が高まっていたのだから。

『デンジ選手の三体目はエレキブル!登場と同時に特性電気エンジンが発動!ダメージを全く受けない!しかもこの電気エンジン、電気技を受けて素早さが上がる!』
「すごい、デンジさん。相手が電気技を出してくることを読んでる」
「ジムリーダーはポケモンを交換することができないけど、ポケモンワールドチャンピオンシップスではデンジ君もひとりのトレーナー。こういう戦法もとれるのね」
「炎のパンチ!」

 デンジ君は拳を突き出しながら技を言い放った。その指示出しの仕草がオーバ君と似ている、なんて言ったらデンジ君は「やめてくれ」と口を尖らせるかしら。でも、私のウォッシュロトムが使ったおにびも、デンジ君のエレキブルが使ったほのおのパンチも、オーバ君と一緒に特訓したときに覚えた技だ。その威力は四天王のお墨付きなのだ。

「ピカチュウ!!」
「ピカァッ!」
「速い……っ!」
「こんなにスピードアップするのか……!」
「アイアンテール!」
「こちらもアイアンテールだ!」
『デンジ選手のエレキブル、アイアンテールは二刀流だ!』
「何だ!?」
「リッキ!?リキリキリッキ?」
「私のシャワーズもデンジ君のエレキブルにアイアンテールを教わったわ。威力は……見ての通りよ」

 ピカチュウは小さい体を生かして二本のアイアンテールを避け、硬化させた自らの尻尾を叩きつけようとしている。でも、一本のアイアンテールを避けたところに、もう一本のアイアンテールを叩きつけられてしまって、ピカチュウの体はフィールドにめり込んだ。

『ピカチュウ攻めきれない!恐るべし、二刀流アイアンテール!』
「戻れ!ピカチュウ!」

 サトシ君はピカチュウを呼び戻した。他に動けるポケモンはルカリオだけれど、先の戦いでだいぶダメージが蓄積されているはずだ。一般的に防御が低いとされているルカリオが、どこまで耐えられるかしら。

「ルカリオ!頼むぞぉ!」
『サトシ選手、ピカチュウからルカリオに交代!』
「ルカリオ!波導弾!」
「炎のパンチ!」

 ルカリオが波導弾を放つ前に、素早さを増したエレキブルが距離を詰める。その巨体からは想像がつかないほど速い動きだ。
 波導の弾と炎の拳がぶつかり合い、爆発する。両者は一旦距離を取る。

「ワイルドボルト!」
「影分身!」

 ルカリオの分身がエレキブルの目を惑わす。電気を纏ったエレキブルの渾身の一撃は決まることなく、ルカリオの幻影に囲まれる。

『ワイルドボルト空振りーっ!』
「波導弾!」
「打ち返せ!」

 ペースを取られるばかりのデンジ君とエレキブルではなかった。エレキブルは片足を軸にして巨体を回転させ、尻尾を使って波導弾を弾き飛ばしていく。
 ルカリオの動きが止まり、分身が消えた。

「雷パンチ!」

 エレキブルはタイプ一致の技でルカリオを攻めた。でも、さすがはかくとうタイプのポケモンだ。ルカリオはエレキブルのパンチを腕で庇ったようだけれど、その両手には電流が纏わりついている。ルカリオは麻痺状態になってしまったみたいだ。

「しまった!」
『おっと、ルカリオが痺れている!雷パンチの効果だ!』
「戻れ!エレキブル!」
「えっ?」
「この流れは……」
「ええ。次は」
「行け!ロトム!」

 デンジ君が交代で出したのは、スピンロトム。次の展開を予想したサトシ君の表情が、強張る。

「祟り目だ!」
『デンジ選手、ポケモンを巧みに交代させてルカリオを追い込んでいるーっ!』
「ああっ!?」

 状態異常になっている体に、容赦なく祟り目を叩き込む。ルカリオの絶叫が会場中に響いている。耳の奥底に残るような、まるで断末魔だ。

『祟り目決まったーっ!ルカリオ、まだ満足に動けない!』
「くっ、ルカリオ!一か八かだ!起死回生!」
「グルァーッ!」
「エアスラッシュ!」

 ルカリオはレントラーとの戦いでも大ダメージを受けている。そこに、祟り目まで決まった。今だってエアスラッシュを浴びている。
 それなのに、まだサトシ君のルカリオは立っている。その心身の強さと、トレーナーであるサトシ君の横顔に、私の中の眠っていた記憶が一瞬だけ浮かび上がろうとした。
 サトシ君と彼のルカリオの波導は『あの人たち』と似ている、と。 
 しかし、何かがフィールドに叩き付けられた音に、現実に引き戻された。気がつけば、戦闘不能になっていたのはスピンロトムの方だった。

『動いたー!起死回生がヒット!体力が少ないほど相手に与えるダメージが大きくなる起死回生!会心の一撃だ!』
『ロトムスピンフォルム、戦闘不能』
「デンジさんの方も一体倒された!」
「サトシ君のルカリオ、すごいわね。さすが波導ポケモンだわ。精神力が並外れてる」
「おおっ!サトシも応援増えてきた!」
「リッキー!」
「もっともっと盛り上げてくれよ!サトシ!」

 シンオウ地方最強のジムリーダーと謳われるデンジ君相手に、無名のトレーナーがここまで食いついてくるなんて、きっと誰も予想できなかったことだ。だからこそ、デンジ君のポケモンを一体倒した衝撃は大きく、それを証明するようにサトシ君への期待は声援となって現れている。
 サトシ君のルカリオは腕を大きく振った。それを見たデンジ君が口角を釣り上げている様子が見える。
 デンジ君は波導ポケモンの精神力の強さを知っている。私のリオルをいつも傍で見ていてくれるのだから当然だ。だから、ダメージを受けているルカリオ相手でも最後まで油断するようなことはしないはずだ。

「ルカリオで最後までやり切るつもりか?」
「ッリー!」
「でも、ライジングボルトと祟り目、それからエアスラッシュを受けてルカリオはだいぶダメージが溜まっているはず」
「次の一撃が勝負ですね」

 デンジ君としては、ほぼ無傷のエレキブルはこのまま温存しておきたいはず。だとしたら、次に出すのは。

「行けっ!レントラー!」
『デンジ選手、再びレントラーを投入!』

 やっぱり、レントラーだ。レントラーの方も、ゲンガーとの戦いで残る体力は多くはない。一撃で仕留められるように場を整えるはずだ。
 そして、ここまでバトルを交わしてきたサトシくんなら、デンジ君の戦法はもう頭の中に入っているはず。きっと、レントラーの攻撃が決まる前に、攻撃をしかけてくる。

「エレキフィールド!」
『きたー!やはりフィールドを制圧!』
「波導弾!」
「ライジングボルト!」

 電気が流れたフィールドを、ルカリオが駆ける。手のひらにパワーを溜めて、レントラーだけを見据えて。
 レントラーも、自身の最大電力を地面に溜め、それを逆流する滝のように立ち昇らせる。
 ふたつの技がぶつかりあった時、目が眩むほどの閃光と、耳を劈く爆音がフィールドを支配した。サトシ君とデンジ君が「ルカリオ!」「レントラー!」と、同時に叫んでいる声が辛うじて聞き取れたほどだ。
 砂塵が晴れる。フィールドに倒れていたのは……ルカリオとレントラーの両方だった。

『レントラー、ルカリオ、戦闘不能!』
『なんとダブルノックアウト!これで勝負はエレキブルとピカチュウの対決を残すのみ!』
「相打ちか」
「リキー」
「なんだかぼくたちの戦いを思い出しますね」
「ふふっ、そうね」

 残るポケモンは一体ずつ。手の内の読み合いはもう終わりだ。ここから先は単純に、強いほうが勝者になる。

「頼むぞ!ピカチュウ!」
「行けっ!エレキブル!」
『共に電気タイプ!電気技の効果は薄い!しかもエレキブルの特性電気エンジンにはピカチュウの苦戦必至!』
「アイアンテール!」
「ワイルドボルト!」

 電気エンジンの効果は継続している。しかも、この場はエレキフィールドで支配されている。威力が何割にも増したワイルドボルトを受けたピカチュウは、簡単に吹き飛ばされてしまった。

「なんだあのパワー……!」
「リキリキ」
『エレキブル、ワイルドボルトの反動ダメージなど物ともしない!』

 そのとき、フィールドに流れていた電気が消えた。

『エレキフィールドの効果が切れた!』
「けど、この体格差じゃあ……どうする?サトシ……!」
「このまま頑張って、デンジ君……!」
「エレキブル!アイアンテールだ!」
「アイアンテールで迎え撃て!」

 硬化した尻尾を刀に見立て、空中で振り下ろし合う。金属が擦れるような高い音が響くたびに、どちらが攻撃を受けたのかと心臓が跳ねる。
 アイアンテールの攻防戦はこれで二度目だ。一度目はその刃に破れたピカチュウも、二度目の今回は刃の軌道を見極めて攻撃を躱し、そのまま空中で一回転してアイアンテールをエレキブルの脳天に振り下ろした。

『ピカチュウ会心の一撃!エレキブルの巨体が揺らぐ!』
「デンジ君……!」
「え?」
「すごく……楽しそう」

 相打つほどギリギリの駆け引きと強力な技のぶつかり合いのバトルを、サトシ君はもちろん、デンジ君だって心の底から楽しんでいるに違いない。だって、ほら、彼の目の輝きは子供の頃、初めてバッジを手にして帰ってきたときから変わっていない。
 相手が強ければ強いほど、デンジ君たちは熱く燃え上がり、強く光り輝く。それは私が幼い頃から憧れ続けていた、デンジ君の強さだった。

「ピカピ!ピカピカ!」
「ああ!」

 ピカチュウの声に答えるようにサトシ君が頷くと、かぶっていた帽子を高く放り投げた。サトシ君の肩を借りてジャンプしたピカチュウがそれをかぶると、サトシ君は高らかに宣言する。

「やっぱり電気技で行きたいよな!」
「電気技?」
「きた!サトシとピカチュウのサトピカZ!」

 腕をクロスさせ、ピカチュウの小さな拳と尻尾とリズミカルに合わせる。サトシ君のその腕にアローラ地方のZリングが装着されていたことに気付く。

「10万ボルトよりでっかい100万ボルト……いや、もっともっとでっかい俺たちの超全力!」

 Zリングにはめられているクリスタルのエネルギーがピカチュウへと注がれる。離れているここにまで伝わってくるほどの強いパワーが、今、放たれようとしている。

「ピカチュウ!1000万ボルト!!!!」

 その煌めきは、私が今まで見たことのない光だった。

「1000万ボルト……」

 七色の電撃がエレキブルに降り注ぐ。それを、デンジ君とエレキブルは逃げも隠れもせずに正面から迎え撃つ。
 エレキブルの電気エンジンが電撃を吸い尽くすのか、ピカチュウの……ううん、サトシ君とピカチュウの1000万ボルトがでんきエンジンを破るのか。
 ここにいる全員が、きっと答えはわかっていた。でも、私は最後まで信じずにはいられなかった。この勝負に勝つのはデンジ君たちだ、と。

「ピッカー!!!!!!」

 視界が真っ白になる。まるで世界に光が満ちたみたいに。音が無くなる。まるで時が止まったように。
 フィールドに着地したピカチュウは肩で息をしている。その目の前で、エレキブルが巨大を横たえている。
 張り詰めていた緊張感が解けた。このバトルは今、終わりを迎えたのだ。

『エレキブル、戦闘不能。ピカチュウの勝利。よって勝者、サトシ選手』

 割れんばかりの大歓声が会場に響き渡る。若い無名のトレーナーが、シンオウ地方最強のジムリーダーを破ったという事実を、誰もが祝福している。デンジ君を応援していた私でさえも、手を叩いてサトシ君の勝利を祝ってしまうほど良い勝負だった。
 かつて、10万ボルトを切欠にでんきポケモンを極める決意をしたデンジ君を、10万ボルト以上の電気技で倒すなんて。運命の導きにも似た何かを感じずにはいられない。
 デンジ君も、ほら。エレキブルに労りの言葉をかけ、肩を貸しつつも、その表情はナギサシティの空のように晴れやかで透き通っているのだから。



2021.09.20

PREV INDEX NEXT


- ナノ -