05.輝き痺れさせるスター

 早く、早く。急かす心を抑えながら、ナギサジムの通路を足早に歩く。ポケモンワールドチャンピオンシップス仕様に用意された通路を通れば、ナギサジム名物のカラクリをクリアしなくともバトルフィールドがある最奥へと行ける。自慢の仕掛けが見せられない、とデンジ君は少しだけ拗ねていたけれど。
 私の隣で足音を響かせているコウキ君の表情を気にかけるように見上げる。私の視線に気付いたコウキ君はにこっと笑ってくれた。

「コウキ君。バトルしたばかりだけど、疲れてない?」
「はい! 大丈夫です! むしろ、ぼくも一緒に来て良かったんですか?」
「ええ! デンジ君のバトルはきっとコウキ君にとってもいい刺激になるわ! それに、相手のサトシ君もすごい子なのよ」
「そうなんですね! 楽しみだなぁ。でも、バトルを見たらぼくたちもまた戦いたくなるかもしれませんね」
「ふふっ、そうね。さっきの勝負、まさか引き分けになるなんてね」

 午前中にノモセシティで開催された、私とコウキ君のバトルは手の内の読み合いの末に、最後の一体となったミロカロスとガブリアスが同時に戦闘不能という形で終わった。つまりは引き分けだ。ワールドポケモンチャンピオンシップスの順位はふたりとも変わっていない。勝敗がつかなかったのは少し残念であるけれど、今の私たちが全力を出した結果なのだから気持ち的には晴れ晴れしている。
 またいつか、必ずバトルして決着をつけよう。そう約束して握手を交わし、私たちの戦いは終わったのだ。
 そして、午後から開催されるデンジ君とサトシ君のバトルを見るために、コウキ君のフーディンからテレポートで飛ばしてもらい、ナギサシティに帰ってきて今に至る。

「レインさん、あと一分で始まります!」
「着いたわ! なんとか間に合いそうかしら」

 バトルフィールドの観客席に繋がっている扉を押し開くと、人の熱気と興奮した声が流れ込んできた。まだバトル開始前でこの盛り上がりなのだから、いざバトルが始まったらどうなるのだろうと胸が弾む。

「わぁ、すごい!」
「満員ね」
「さすがシンオウ最強のジムリーダーのバトルですね! 席は空いてるかな……?」
「あそこはどうかしら?」

 辛うじてあとふたりくらい座れるスペースを見つけた。あとから連れが来る、とかではないといいのだけれど。

「あの、お隣ご一緒してもいいかしら?」
「あ、はい! どーぞ!」
「ありがとう」

 サルノリを連れた男の子は二つ返事で快諾して、さらには席を少し詰めてくれた。コウキ君よりも少し年下かしら。もしかしたら、サトシ君と同じくらいの歳の子かもしれない。
 そんなことを考えながら席についたと同時に、実況を担当する男の人の声が会場に響いた。

『ポケモンワールドチャンピオンシップス! 太陽の街、ナギサシティに相応しい熱いバトルの始まりです!』
「サルノリ、応援頑張ろうな!」
「ルッキー!」
「きみはどっちを応援するの?」
「オレ? オレはサトシのほう! サトシはオレの友達なんだ!」
「あら、そうだったのね。えっと……」
「オレはゴウ!」
「ぼくはコウキ。マサゴタウンから来たんだ。どちらの応援、というのは決めてないけど、いいバトルが見られたらいいなと思ってる」
「私はレインよ。よろしくね」
「レインさんはどっちを応援するんですか?」
「私はもちろんデンジ君よ」
『本日はハイパークラス! マッチングされたトレーナーはこのふたりだー!』

 バトルフィールドの両端、対面の床が上昇して、デンジ君とサトシ君が現れた。

『現在27位! シンオウ最強のジムリーダー、デンジ選手!』

 デンジ君が紹介された途端に、会場が爆発するのではと思うほどの歓声に包まれた。コウキ君も言っていたけれど、さすがはデンジ君だ。『輝き痺れさせるスター』の通り名にあるように、スターと称されるほどのカリスマ性と整った顔立ち、そしてポケモンバトルの強さが、デンジ君が戦うこのバトルへの期待を示している。

『対するはハイパークラスのニューカマー!現在99位、サトシ選手!』

 サトシ君の紹介の後には疎らな拍手が聞こえた。ハイパークラスに昇格したばかりの無名の子供トレーナーが、シンオウ最強のジムリーダーに勝てるわけがない。観客席からはそんな雰囲気が伝わってくる。
 でも、私はそうは思わない。

「こりゃアウェー過ぎる……!」
「ここはデンジ君のジムだもの。でも、サトシ君なら気圧されるところかワクワクしちゃうんじゃないかしら」

 サトシ君は観客の反応に怯むことなく、ただデンジ君を見つめている。熱い想いが宿ったあの瞳は、以前会ったときと全く変わっていない。彼はまっさらで、真っ直ぐな少年なのだ。
 それに、サトシ君が戦いの中でどんどん進化していく姿を私は見たことがある。私はデンジ君が勝つと信じているけれど、それでも、サトシ君は強敵を打ち破る力を秘めている。この勝負がどうなるのか、何が起きるのか、きっと最後の瞬間までわからない。

『では、両者同時にポケモンを出してください。3・2・1・GO!』

 ドローンロトムが勝負の開始を告げる。ふたりとも迷うことなく、ひとつ目のモンスターボールに手をかけた。

「ルカリオ!」
「レントラー!」
「キミに決めた!」
「行けっ!」

 デンジ君の初手はレントラー。対するサトシ君はルカリオだ。ポケモン自身のタイプ相性だけを見ると、どちらが特別有利とかはない。覚えている技、選んでくる技次第、といったところかしら。
 そのとき、ゴウ君のスマホロトムがレントラーの説明を始めた。ポケモン図鑑が実装されているみたいだ。

「ゴウもポケモン図鑑を集めているんだね」
「ああ! コウキも?」
「うん。完成のためにシンオウ中を旅したこともあったよ」
「そっか! オレは全てのポケモンをゲットしてミュウに辿り着くのが夢なんだ!」
「ふたりとも、始まるわよ」
『バトルスタート!』

 戦いの火蓋が切られた。先手を取ったのは。

「エレキフィールド!」

 やっぱり、デンジ君の方だった。でんきタイプのポケモンたちは一般的に素早さが高い。ましてやそれがデンジ君のポケモンなのだから、長所が鍛え上げられているのは当然だ。

『エレキフィールドを展開! これはでんき技の威力を高める効果を持ってるぞ!』
「デンジ君、さっそく自分の領域に持ち込んだわね」
「デンジさんのレントラー、エレキフィールドを覚えているんだ」
「こっちだって負けてないぞ!」
「ルカリオ! はどうだん!」

 拳を突き出して技を指示するサトシ君の動きに合わせて、ルカリオの手のひらからはどうだんが撃ち出された。 

「ライジングボルト!」

 デンジ君が突き出した手を高く上げる。レントラーが咆哮すると、エレキフィールドの効果をのせた電撃が天高くに立ち昇り、はどうだんを打ち消す。その電撃はルカリオにも直撃し、普段の倍のダメージを与える。
 普通のポケモンなら戦闘不能になってもおかしくない威力の攻撃を受けてなお、サトシ君のルカリオは立っている。相当鍛えられているみたいだ。

『エレキフィールドとライジングボルトのコンボが決まったーっ!』
「なんてパワーだ……!」
「ルリーッ」
「ライジングボルトはエレキフィールド下で威力が倍になる技。最近デンジ君たちが特訓していたコンボよ」

 ライジングボルトはポケモンが自力では覚えられない技。つまり、人に教えてもらうことでしか覚えることができないのだ。ライジングボルトを扱えるというだけで、そのポケモンとトレーナーの絆をはかることができる。デンジ君のレントラーを倒すには、これ以上の絆をもって挑まないと不可能だ。
 サトシ君はルカリオを一旦ボールに戻した。険しい表情でデンジ君のレントラーを見つめている。何か突破口を思案しているみたいだ。

「次はゲンガー! 君に決めた!」
『サトシ選手、二体目はゲンガーだ!』

 なるほど、ゲンガーね。見ての通り、ゲンガーは体を宙に浮かせることができるポケモンだ。エレキフィールドの効果は受けない。つまり、ライジングボルトが直撃しても効果は通常通りなのだ。
 しかも、サトシ君のゲンガーはだいぶイタズラ好きみたい。あっちへこっちへと飛び回ってレントラーの気を引き、挑発しているようにも見える。生真面目な性格のデンジ君のレントラーは、歯をむき出しにして低く唸っている。

「レントラー! バークアウト!」

 怒号をそのまま攻撃のパワーに変えて、レントラーはバークアウトを繰り出した。でも、ゲンガーはそれをあっさりと躱すと口を三日月のようにして笑った。

『バークアウトを躱した!』
「サイコキネシス!」

 ゲンガーは身軽な動きでレントラーの背後を取り、サイコキネシスを繰り出した。レントラーの体は浮き上がり、高いところからバトルフィールドに叩きつけられた。

「ナイトヘッド!」

 さらに、ゲンガーのナイトヘッドが決まった。目から出た光線はレントラーに直撃し、その体を吹き飛ばせた。宙で一回転したあとになんとか着地をしてみせたレントラーだけど、だいぶ体力が削られたはず。

「よし! 行けるぞ!」
「ッキー!
『なんてトリッキーなんだゲンガー! レントラーが動けない!』
「ふふ。サトシ君のゲンガーはイタズラ好きなのかしら」

 姿を消しては、予想外のところに現れて。かと思えば、レントラーの目の前に現れてあっかんべーと舌を出して見せる。ここから見ても、レントラーの頭に血が上っているのがわかる。

「戻れ! レントラー!」

 ポケモン同士の性格的な相性で不利を悟ったのか。デンジ君は素直にレントラーをボールに戻した。でも、その表情からは劣勢を感じさせない。むしろ、どう攻めてやろうかとワクワクしながら次の手を考えているようだった。
 デンジ君はサトシ君に何か話しかけたかと思うと、別のモンスターボールを手にとって声を張り上げた。

「ならば、こいつとどう戦う!」

 デンジ君が繰り出したのは、オレンジ色の体をした丸っこいフォルムの、あのポケモンだった。

「デンジ君の二番手は……!」
「ロッットー!」
『デンジ選手、二体目はスピンフォルムのロトム、通称スピンロトムだ!』

 デンジ君のロトムは、私と結婚する前に森の洋館でゲットしていたポケモンだ。あのときは、いろんな家電に入り込んで私たちにイタズラを仕掛けていたっけ。サトシ君のゲンガーの相手としては、この上ない相手かもしれない。

「エアスラッシュ!」
「ナイトヘッドだ!」

 スピンロトムは、扇風機にロトムが入り込んでいる状態だ。羽の部分に力をためて、空気の流れを放つ。ナイトヘッドの光線とぶつかり合い、両者一歩も譲らないまま、相手の様子を伺っている。

『どちらも空中を自由自在に動き回る! 面白い勝負になったー!』
「ゲンガー! れいとうパンチ!」
「スピンロトムの弱点をついてくる技を冷静に選んでるわね、サトシ君」
「そうですね」

 ゲンガーが冷気を溜めた拳を振り上げた、その隙に。

「でんじは!」

 スピンロトムは身を翻して攻撃を避けて、でんじはを飛ばした。体中が麻痺したゲンガーは思うように動けないはず。

『でんじは、ゲンガーに命中! れいとうパンチ届かず!』
「っ、麻痺状態にされた」
「となると、次はあの技かしら」
「あの技……もしかして、さっきのレインさんと一緒の」
「やれ! たたりめ!」

 相手を状態異常に陥れ、そこにたたりめを叩き込むことで、ダメージの増大を狙うコンボ。ロトムを育てている同士として、私もデンジ君と一緒に特訓したから、その威力は充分知っている。

『たたりめヒット! これは相手が状態異常の時に威力が高まる技! デンジ選手、次々とコンボを繰り出してサトシ選手を圧倒!』

 ゲンガーは苦しみ抜いた末に、意識を失って倒れてしまった。今まで大したダメージを受けていなかったゲンガーが一撃で倒れるほどの威力を見せつけられて、サトシ君は今後警戒してくるはず。

『ゲンガー、戦闘不能』
『レントラー相手に善戦を見せたゲンガー、あえなくダウン!』
「デンジ君が先に一体削ったわね」

 会場が声援で満たされた。きっと、誰もがデンジ君の勝利を確信している。でも、まだわからない。ゲンガーをモンスターボールに戻したサトシ君の瞳の炎は、まだ消えていないのだ。



2021.09.20

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