01.強く、眩しく、輝く

 その光は船だけでなく、私たちにとっても標だった。挫けそうなときがあっても、道に迷ってしまったときでも、柔らかく優しい光はいつだって私たちを照らしてくれていた。その光に見守られ、導かれ、私たちは強さを求め、磨き続けてきたのだ。


* * *


 ノモセシティの端に建っているノモセジム。その最奥、大きなプールがバトルフィールドとなっているこの場所で、ひとつの戦いがもうすぐ終わろうとしている。ううん。終わろうとしているんじゃなくて、終わらせるんだ。私たちの『勝利』という形で。

「シャワーズ! 攻撃を避けてアイアンテール!」

 ヌオーのたたきつける攻撃をジャンプで避けたシャワーズは、尻尾を硬い鋼へと変質させた。その勢いのまま空中で一回転すると、鋼の尻尾をヌオーへと振り下ろした。ヌオーは足場ごとプールの底へと沈み、浮かんできたときには目を回していた。
 審判の役割を担っているドローンロトムが、バトル終了の合図を鳴らす。

『ヌオー、戦闘不能! シャワーズの勝利! よって、勝者ノモセジムのレイン!』
「やったぁ! 勝ったわ、シャワーズ!」
「シャワーッ!」

 プールに浮かんだ足場をステップを踏むように飛び渡り、私のところに戻ってきたシャワーズはその勢いのまま抱きついてきた。抱きとめきれずに尻餅をついて、ワンピースが濡れてしまったけれど、そんなことちっとも気にならない。
 だって、私たちはスーパークラス最後の戦いに勝利したのだから。

「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「まさかシャワーズがみずタイプ以外の技を覚えているなんて思いませんでした。しかも、はがね技なのにこんなに強力なんて!」
「ふふ。貴方のヌオーと同じよ。私のシャワーズも特性が貯水で、みずタイプの攻撃が効かないもの。だったら、そんな相手が現れたときのための技を覚えさせて、精度を上げておかなきゃ」
「さすが、ノモセジムのサブリーダー! ぜひ、また戦ってください!」
「ええ。こちらこそ、ぜひ」

 対戦相手のエリートトレーナーの男性が、バトルフィールドから出ていこうとしたその直前、思い出したように私の方を振り返った。

「あ、ハイパークラスへの昇格、おめでとうございます!」
「! ええ、ありがとう!」

 そして今度こそ、エリートトレーナーはノモセジムから出ていった。

「見事だったなぁ! レイン! シャワーズ!」
「マキシさん」
「シャワッ!」

 観客席から私たちの戦いを見守っていてくださったマキシさんは、手を叩きながらバトルフィールドに降りてきた。「スマホロトムを見てみろ」と促されたので、言われたとおりに取り出す。そこに表示されていた『0104』という数字は一瞬で『0080』という数字に変わった。

「おおお! ポケモンワールドチャンピオンシップスもいよいよハイパークラスかぁ! 最初はノーマルクラスのスタートだったのに、よくここまで昇り詰めたな!」
「ありがとうございます! マキシさん!」
「マキシマム仮面!」
「ま、マキシマム仮面さん……」

 これがゴールじゃない。むしろ、今からがさらに激しいバトルが始まるスタート地点だ。それでも、みずタイプ使いの師として尊敬しているマキシさんからの賛辞はとても嬉しかった。

 バトル後、私たちはまたジムの仕事へと戻った。
 ノモセジムのサブリーダーとして務めさせてもらっている私は普段、ジムリーダーのマキシさんのサポートに徹底している。マキシさんはジムリーダーだけではなくてプロレスラーとしても名を馳せているから、試合や稽古に忙しいのだ。マキシさんが不在の時は、代理として私がジム戦をすることもあるけれど、ほとんどの業務は書類の整理や湿原の見回り、ジムトレーナーのみなさんとの手合わせで終わる。
 ジムの戸締まりを済ませた私たちは、それぞれの家路についた。私の家はナギサシティにある。ノモセシティからその足で帰ると日付が変わってしまうから、いつもスワンナの背中に乗って空を飛んで帰っている。
 夕焼け色に染まった空の中を飛んで帰る時間が、私は大好きだった。

(ねぇねぇ)
「なぁに? スワンナ」
(ポケモンワールドチャンピオンシップスもそろそろ上位に食い込んできたんじゃない?)
「ええ、今日の公式戦で無事勝てたからハイパークラスになることができたわ」
(ハイパークラス!? うっわ〜! いよいよって感じだね! 今度オレのこともバトルに出してよね)
「ふふ。わかったわ」

 ポケモンワールドチャンピオンシップス。略して『PWC』は、ポケモンを所持している全世界のトレーナーが参加することができる大会だ。住んでいる地方、階級、役職といった垣根を超えて世界中から参加を募り、世界最強のポケモントレーナーを決めるために開催される。この大会はいわゆるレーティング形式で、バトルを受けて勝つことで上の順位を目指していく。
 大会参加者は順位に応じてクラスが決定される。1000位以下はノーマルクラス。999位から100位はスーパークラス。99位から9位はハイパークラス。そして、8位以上のトレーナーはマスタークラスに分類される。シーズンが終了したそのとき、このマスタークラスにいる世界8人のトレーナー、通称『マスターズエイト』のメンバーでトーナメント戦が行われて、世界最強のポケモントレーナーが決まるという仕組みだ。
 一般トレーナーであろうと、ジムリーダーであろうと、四天王やチャンピオンであろうと、まずはノーマルクラスというランクから始まる。同じランクのトレーナー同士でバトルを行い、上のランクを目指していく。そして、最終的にはマスタークラスまで昇り詰め、絶対王者のダンデさんに挑むことが、ポケモンワールドチャンピオンシップスに参加するほとんどのトレーナーたちの夢であり、目標なのだ。

「スワンナの言う通り、いよいよね。今まで以上に気を引き締めなきゃ。世界中のトレーナーの100人以内まで来たんだもの。ハイパークラスに相応しい全力のバトルをしましょう……あ」

 ふわりと香るのは潮の匂い。私が大好きな匂いだ。この香りが風にのって運ばれてきたということは、ナギサシティはもうすぐだ。私がそわそわし始めた気配を感じ取ったのか、スワンナは飛行スピードを上げて真っ直ぐに東を目指す。

 ナギサシティ。太陽と海に愛された、私の大好きな街。そして、私の大好きな人がいる街。

「デンジ君!」

 浜辺にデンジ君の姿を見つけると、思わず身を乗り出してしまった。怖くはなかった。だって、デンジ君は絶対に受け止めてくれると思ったから。

「レイン、おかえり」
「ただいま」
「今日はずいふん大胆だな? なにか良いことでもあったのか?」
「ええ! これ、見て」

 私はスマホロトムの画面をデンジ君に見せた。そこにはポケモンワールドチャンピオンシップスにエントリーしたときに撮影された私の写真と、先ほど更新されたばかりの順位が映っている。

「80位! レイン、おまえハイパークラスにランクアップしたのか!」
「そうなの。今日ノモセジムで仕事をしていたら、同じスーパークラスのトレーナーが公式戦を申し込みに来てくれたのよ。もちろん、無事に勝てたわ」
「そうか。おめでとう!」
「きゃっ」

 スワンナから降りたばかりだというのに、私の体はまたしてもふわりと浮かんだ。デンジ君が私を抱き上げてくれたのだ。落ちそう、という心配はないけれど、恥ずかしくて顔に熱が集まっていっているのが自分でも分かる。夕焼けで誤魔化せていたらいいけれど、きっと、デンジ君は私が恥ずかしがっていることなんてお見通しなんだろうな。

「あ、ありがとう、デンジ君。あの、もう降ろしてくれていいから……」
「なんだよ。さっきは自分から抱きついてきたのに、もういいのか」
「さ、さっきは早くデンジ君に知らせたくて、それで……っ」
「ははは。わかってる」

 デンジ君はゆっくりと、私を砂浜に降ろしてくれた。すると、おもむろにスマホロトムを出して、私に画面を見せてくれた。

「実は、オレも今日ハイパークラスにランク入りしたんだ」
「わぁっ! 本当だわ! しかも79位!」
「ああ。並んだな」
「おめでとう、デンジ君」
「サンキュ」

 同じ日にハイパークラスに昇格するなんて、すごく嬉しい偶然だ。今夜は腕によりをかけてご飯を作ろう。デンジ君が好きなメニューをたくさん作って、少し前にシロナさんにもらったワインを開けても良いかもしれない。

「ふふ、嬉しいな。デンジ君と同じ日にハイパークラスに昇格できたなんて」
「ああ。でも、ハイパークラスはそれだけ人数も少ない。そろそろ、お互いバトルすることを考えておかないとな」
「ええ。だって、私たちはポケモントレーナーだものね」

 友人、恋人、家族、夫婦。そんな人間関係は、バトルフィールドに立てば関係なくなる。もし、ポケモンワールドチャンピオンシップスでデンジ君と当たることがあれば、今の私たちの全力を出して戦うつもりだった。

「まぁ、バトル以外だと、オレたちもどこにでもいるただの夫婦だけどな」

 デンジ君の左手が、私の左手をすくい上げるように取った、ふたりの薬指には、波のように軽くウェーブしたデザインの指輪が静かに輝いている。

「帰るか。オレたちの家に」
「ええ。どんなバトルだったか、聞かせてね」
「ああ。レインもな」
「もちろん」

 そのとき、暗くなりかけていた海を柔らかな光が照らした。シルベの灯台が点灯したのだ。今日も灯台の光は柔らかく、優しく、でもしっかりと暗い海を照らす。その光に見守られながら、私たちは家路についた。



2021.08.20

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