XX.きみだけの強さを見つけて

今日はレインがうちに来て、夕食を作って待っていてくれる日だから、いつもより上機嫌でジムの仕事に打ち込めた。チマリのバトルの相手をしてやったり、塾帰りの二人には効果的な技の出し方を教えたりした。
それを見たショーマが、今夜は龍星群でも降るかもしれないとぼやいていたから、レントラーの電磁砲をお見舞いしてやったが、それ以外は挑戦者も少なく比較的平和に過ごせた一日だった。
定時ピッタリにジムを閉めたオレは道草せずに家へと向かった。だが、家の前まで帰ってきたところで違和感に気付いた。いつもなら、レインが料理を作ってくれていると分かる香ばしい香りが外まで漂っているのだが、今日はそれがなかったのだ。
少し早く帰りすぎたのかもしれないと思いつつ、いずれにせよ大方作り終わっているはずだろうから、オレは皿を出したりテーブルを拭いたりして手伝いをしていれば良いかと思い、扉を開き家へと入った。

「ただい……」

ま、と言いかけたオレは目が点になった。キッチンにはレインがいて、トントントンと一定のリズムで包丁を動かし、現在進行形で夕食を作ってくれている。作ってくれているのだが、何故かレインの横にはキャベツの千切りの山がこんもり山積みになっている。一心不乱にキャベツを千切りにするレインの後姿からは何とも言えないオーラが滲み出ていた。オレが帰ったことにすら気づいていないようだ。
気付かれないように、小さく溜息をつく。レインがこういう状態になっていることは初めてではないので、対処法と言うか、大方の原因は分かっている。

「レイン」
「!」

少し大きめの声で名前を呼ぶと、レインは肩をビクッと震わせて、振り向いた。心底驚いた顔を見て察するに、やっぱり気付いていなかったらしい。

「デンジ君」
「ただいま」
「お帰りなさい……あ」
「今日はまた気合入ってんなぁ」
「あ……やだ、私ったらいつの間にこんなにたくさん……ごめんなさい。あの、夕食、まだなの」
「ああ。それより、ちょっと外に行こう」
「え?」
「散歩しよう」

疑問符を飛ばして見せるレインの手を引いて、玄関に向かう。エプロンを外した代わりにケープを着せて、マフラーも巻いてやった。手袋は、とも思ったが、どうせ手を繋ぐから温かいしいらないかという結論に至り、そのまま外に出る。
特に何か実のある話をするわけでもない。オレの今日一日を報告しながら歩く途中で、缶コーヒーと温かいミルクティーを自販機で買った。
海の近くまで歩いてくると、灯台の光が見えるテトラポットの上に腰を下ろした。缶を開けてやってから、レインにミルクティーを渡す。オレも自分用に買った缶コーヒーを開けて、一口含んだ。少し冷えた体の中を、温かいコーヒーが通って胃へと落ちていくのが分かった。
着こませたとはいえ、おそらくレインも寒さは感じているだろうと思い、肩を抱いてオレの方にぐっと引き寄せた。いつもは、外でこういうことをすると慌てながら照れてしまうレインだが、今日はオレの肩に頭を乗せて大人しくしていた。

レインは辛い事や落ち込む事があっても、顔に出すことはほとんどないが、代わりにそれらは料理によく現れる。いつだったか、シャワーズと喧嘩してしまいシャワーズがボールから出てこなくなった日は砂糖と塩を間違えた辛い肉じゃがが出てきたし、オレが造りかけていた機械を落として壊してしまった時は料理中に指を切っていたことがあった。
今回も、きっとそう。何かあったのだろうと思う。だからと言って、無理に聞き出そうとはしないで、こういう風にレインが自然と話しだせるような雰囲気を作る。レインもきっと、オレが何かを察して心配しているのだということを、感じ取っているだろうから。

「昨日、ね」

空に一等星が瞬き始めたころ、レインは少しずつ口を開いた。

「マキシさんがプロレスの試合だったから、ジムリーダーの代理をしたの」
「ああ。そういえば、この前も言っていたよな。初めて代理を任されたって」
「ええ。最近、そういう機会が増えてきて。責任のあることを任されるのは緊張するけど、勉強になるし、嬉しい事でもあるの。でも」
「でも?」
「……昨日、ジム戦で初めて負けちゃった」

ぎゅう、と缶を持つレインの手に力が込められたのが分かった。

「ジムリーダー代理を任されて、初めて負けちゃって、チャレンジャーにバッジを渡したの」
「そっか。それで、へこんでいるのか?」
「……ええ」
「なんだ。へこむ必要なんて全然ないだろ」
「え?」

どうして?というような目でレインがオレを見えがてくる。だって、そうだろ。

「まあ、オレが言うのもあれだけどさ、ジムリーダーって各地方でも八人しかいない実力者なんだ。バトルの腕だけじゃなくて、ポケモンに関しての知識とか、洞察力とか、センス、指導力とか、そういうのを全部あわせもっていないとジムリーダーにはなれない。まず、代理だとしてもジムリーダーの仕事をしているって言うことはすごいことなんだぜ?」
「……ええ」
「そんなレインを破った挑戦者が現れた。そのトレーナーはどんなやつだった?どんなバトルをした?」
「私が負けたトレーナーは……どんな境地でも、決して諦めようとはしなかったわ。最後までポケモンを信じて、ポケモンもトレーナーを信じていた。バトルの最中、彼らの絆がどんどん強くなっていくのを感じられた……そんな、バトルだった」
「そのバトル、レインは楽しくなかったのか?」
「……ううん。すごく楽しかった。最後の一体までお互い全力を出し合えて……デンジ君、ごめんなさい。私、負けたって言うことに囚われて、バトルの間に感じていたことを忘れていたわ。自分のすべてを出し切って、それでも負けたあの瞬間、私はこんなトレーナーに出会えて嬉しいって思った」
「ああ。ジムリーダーとは越えられるための存在、いわば踏み台だ。でも、その壁は厚く高くないといけない。その壁を乗り越えられるトレーナーが現れたのなら、ジムリーダーは誇るべきなんだよ。オレは、強いチャレンジャーが現れて、そういうやつらと熱く痺れるようなバトルが出来て、その末に負けた時、ジムリーダーをやっていて一番良かったと思うんだ」
「ええ」
「でも、レインが持った感情も決して悪いものじゃない。負けて悔しいと思うのは当然だ。だったら、もっと強くなるしかない。レインだけの仲間たちと一緒に、な」
「そうね……ありがとう、デンジ君。デンジ君は私が欲しい言葉をいつもくれるね」
「そうか?思っていることを言っているだけなんだけどな」
「うん。だから、私の心にすっと入ってくるんだと思う……ありがとう」

にこりと、小さな花が咲いたようにレインが笑うから、オレも笑い返して頭を撫でてやった。
お互い、缶の中は空になった。今日はもうこんな時間だし、顔なじみのいるマスターがいるバーに行って軽い夕食を食べた後、酒を飲みながらゆっくり語り合うのもいいかもしれない。
明日は休日だ。一日ゆっくり休んだら、また頑張れば良い。レインの隣にはいつだって、レインだけの仲間たちがいるのだから。

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