絶え間ない愛情を



「サンは何かと区切りのイメージがある」と、デンジ君は不意に口にした。それが数字の3だと脳が理解するのに少し時間がかかったけれど、それでも意味を分かりかねて首を傾げる。

「例えば、どんな仕事もまずは3年続けてみろって言うだろ。3年経てば仕事の楽しさが分かったり、ある程度スキルが身に付いている時期だから転職するにしてもそれを生かせる」
「なるほど」
「恋愛においてもそうだろ?付き合って3ヶ月頃に温度差が出てきて別れる別れないの節目になると言われていたり、結婚して3年で倦怠期が来ると言われていたり」
「そう……?」
「これは納得がいってない顔してるな」
「ええ……だって、私はいつだって、デンジ君が大好きだっていう気持ちが冷めたことがないし、寧ろ毎日好きを実感しているし、デンジ君からの気持ちも途絶えたことがないってちゃんと伝わっているから」

当たり前にさらりと、ストレートに生まれる言葉が裏付けだ。
私も、そしてデンジ君も、お互いを想う気持ちが冷めたことはない。むしろ毎年、毎月、毎日、毎分、毎秒、その想いは途切れることなく蓄積され続けているのかもしれない。
恋が愛に変わったわけではない。結婚したからといって、長く一緒にいるからといって、恋心が消えたわけではない。
私達の中で恋と愛は共存している。私はデンジ君を愛しているし、結婚した今でも、そしてこれからもずっと恋している。
デンジ君だって、きっとそう。言葉の代わりにそっと抱き締められ、嬉しそうにはにかんでくれる。これが恋する表情じゃなかったらなんと呼べばいいのかしら?そう思うくらい優しい表情に、私の頬にも熱が集まる。

「でも、そうね。三つ子の魂百まで、ということわざも、3歳頃までの幼少期の性質は年を取っても変わらない、って意味だものね。3が何かと節目なら、リッカが生まれてから3ヶ月経った今も、ひとつの区切りなのかもしれないわね。生活リズムが整ってお世話がしやすくなってきたし、表情が出てきたから何を訴えているのか分かるようになってきたし」
「オレ達も親になって3ヶ月。まだまだ胸を張って一人前とは言えないけど、ようやくそれらしくなってきた感じだよな」
「ふふっ。そうね」

数日前に、リッカは生後3ヶ月を迎えた。長かったような短かったような、不思議な気分だ。でも、決して楽しいことばかりじゃなく大変なことも多かった。それでも今こうして微笑んでいられるのは、デンジ君というパートナーがいてくれたからだと思う。

「さあ。準備が出来たわ」

生後3ヶ月目を数日過ぎた今日は百日のお祝いの日だ。その名の通り、生まれてから百日目前後に行うそれはお食い初めとも言われている。簡単に言うと、一生食べ物に困らず健やかに成長出来るよう、赤ちゃんに料理を食べさせる真似をするという儀式だ。
お赤飯に焼き魚、貝のお吸い物に煮物と香の物。最後に歯がための石を添える。祝い箸も忘れずに。

「相変わらずすごいな。料亭のメニューみたいだ」
「久しぶりにじっくり料理が出来て楽しかったわ」
「じゃあ、本日の主役を……ぶっ!」
「ふふっ」

ベビーラックに座っているリッカは袴のロンパースを着ている。「着ている」と言うよりは「着られている」と言った方がいいかもしれない。似合っていないわけではないけれど、サイズが少し大きめと言うこともあって何とも言えない可愛らしさだ。

「食べ物を口にちょっと当てたらいいのよね。デンジ君がする?」
「いや、長寿にあやかるためその場にいる同性の年長者がするといいらしいから、レインがいいんじゃないか?」
「そう?じゃあ、デンジ君が抱っこしてくれる?」
「ああ」

リッカが私の方を向くようにして、デンジ君が膝の上で抱いてくれる。まだ完全とは言えないけれど、首がしっかりしてぐらつかなくなってきたのでこんな抱き方も出来るようになり、抱くのもだいぶ楽になった。
お赤飯を祝い箸で挟み、リッカの口元に運ぶ。それが唇に触れたか触れないかの距離で、リッカが大口を開けた。
「ひゃっ!」と思わず声を上げて手を引っ込める。どうやらリッカはアクビをしただけのようだった。

「ははっ!本当に食いつくかと思った」
「ね。ちょうどアクビしたみたい……あっ!」
「なんだ?どうした?」
「デンジ君、見て!」

リッカの頬を両側から押すと自然と口が開く。
見間違えじゃなかった。確かに、あった。
下歯茎に見えるうっすらと白いもの。これは。

「デンジ君!これ、もしかして歯じゃないかしら……?」
「歯?もう歯が生えるのか?……マジだな」
「うわぁ……」
「どうした?複雑そうな顔して」
「ええ。授乳が少し怖いなって」

上手に飲んでくれたらいいのだけど、歯茎が当たってしまったり、寝ぼけて噛まれたりしたら……と考えるとゾッとしてしまう。それが顔に出ていたのか、デンジ君は可笑しそうに吹き出した。
笑い事じゃないんだから、と思いつつ私も笑いながら、再度祝い箸を近づける。不思議な感触を唇に感じて、目を丸くしている姿が愛しい。

「美味しいものをたくさん食べて健やかに成長出来ますように」

私がデンジ君に、デンジ君が私に、絶え間ない愛情を持っているように、私達はあなたにも惜しみ無く愛を与え続けましょう。この愛が、いつの日もあなたを助けますように。





2020.4.22


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