280日と365日



 窓から差し込む陽だまりが室内を満たす空間に、同じように静けさが満ちる。私とデンジ君の注目は一点に、ソファーに手を掛けてつかまり立ちしたリッカに注がれている。
 リッカは右へ左へと行ったり来たりしたあと、私とデンジ君の視線に気付くと満面の笑みを浮かべて手を離した。思わず口を手で覆う。立った。リッカが自分の力で立ったのだ。

「おおお!立った!」
「すごいわ!リッカ!」
「あきゃぁ!」

 身を乗り出したリッカはすぐにバランスを崩して私の胸に飛び込んできた。本人も誇らしげに笑っている。この「できた」という気持ちの積み重ねが自信と次への挑戦心に繋がって、リッカの世界を広げていくのだ。

「つかまり立ちも伝い歩きも、もう完璧ね」
「ああ。歩き出すのも時間の問題だな」
「あっ!あっ!あ〜!」
「わー!待て待て!そっちは危険地帯だ!」
「んあーーぃっっ!!」

 キッチンへとハイハイして行くリッカを回収したデンジ君がベビーゲートを閉めると、リッカは不足そうに声を上げて足をバタバタさせた。最近は喜怒哀楽の感情表現がわかりやすく、自分の意見を一丁前に主張するものだから、大変なときもあるけれど成長を感じられて嬉しい気もする。

「先月くらいからだっけ?ハイハイをやっとやり始めたと思ったら、速いんだもんな。驚いた」
「ふふっ。自分で好きなところに好きな時に行けるようになって、楽しそうね」
「最近は仕草も子供らしくなってきたし、ここ数ヶ月で一気に成長したよな」

 リッカの成長は本当に著しい。寝転んでいるだけだったのが寝返りできるようになって、ケムッソみたいにうねうね前進するようになって、コリンクのように両手足を使って進めるようになって、お座りができるようになって、そしてつかまり立ちと伝い歩きができるようになった。
 成長に伴って遊び方もだいぶ変わってきた。最初はオモチャを目で追いかけるだけだったのが、手を伸ばして掴むようになって、口に入れるようになった。絵本だって最初は無反応だったけれど、最近は好きなページになると手を叩いて反応してくれる。
 そうそう、体を使う遊びが好きになったリッカにとってデンジ君はもちろんだけど、ポケモンたちはいい遊び相手だ。エレキブルの高い高いや肩車も大好きだし、レントラーに跨るのも好きだし、横になっているライチュウによじ登るのも好きだし、サンダースとハイハイ追いかけっこをするのも好き。体力を使わせないとなかなかお昼寝してくれないほどだ。
 体を使うぶん、食事もしっかりと食べてくれるようになってきた。最近は大人のご飯からの取り分けができるから離乳食作りも本当に楽だ。リッカのお気に入りはパンや豆腐ハンバーグフルーツなどで、お皿の上に乗せていると一目散に手を伸ばす。逆に、苦手なものはしかたなしに食べているみたいで顔をクシャクシャにして口をモグモグさせるから面白い。最近は手を使って食べるのがマイブームみたいで、まずは掌で握りつぶして触感を楽しんだあと、口に運ぶ。食後の片付けが大変だけれど、食べたい意欲と探求心の表れは微笑ましい。
 そんなリッカは、来月赤ちゃんを卒業してしまう。嬉しいようで寂しいようで、複雑な気持ちだ。

「来月のお誕生日は美味しいものをたくさん作るわね」
「プレゼントもあるからなー。たくさんお祝いしような、リッカ」
「んまーっ!」

 大好きな、大好きなリッカ。とても可愛い私たちの赤ちゃん。そのときは、たくさんたくさん「おめでとう」を伝えるからね。



2021.01.05


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