息づくように愛を紡いで



寒さが和らぎ暖かい太陽の日差しが、太陽の街に降り注ぐ。薄手の上着で過ごせるようになってきた今日は3月14日。いわゆるホワイトデーだ。
甘く香ばしい香りが部屋の中を満たしている。オーブンから出てきたトレーの中身を覗き込んだリッカの目はキラキラと輝いていた。丸や星や四角やハート。様々な形のクッキーがケーキクーラーの上に並べられていく。

「クッキー!やけた!」
「ああ。冷めたら食べていいぞ」
「かわいいねー」
「パパが頑張って作ったからな」
「はやくはやくー!」
「わかってる。飲み物を用意するから、ママと一緒にもう少し待ってな」

「レインはそこに座って待ってろ」と言われていたので、大人しくダイニングチェアに腰かけて様子を見ていた私の隣にリッカも腰を下ろした。待ちきれないのかミミロルのようにピョンピョンと小刻みに跳んでいる。いつもなら「お行儀悪いわよ」と言ってしまうけれど、今日ばかりは仕方がないと苦笑で済ませた。
お皿に盛り付けられたクッキーと、コーヒーがテーブルに並ぶ。デンジ君はブラックコーヒー派だけれど、私のにはミルクを多めにいれてくれていた。何年もいっしょにいるから、当たり前と言えばそうだけれど、自分の好みを知っていてくれるのは嬉しい。

「リッカもパパとママといっしょがいい!」
「子供がコーヒーなんて飲んで腹壊したらどうするんだ。リッカはリンゴジュースな」
「はぁい」
「デンジ君、何から何までありがとう」
「ありがとー、パパ!」
「今日はホワイトデーだからな。バレンタインのお返しだ」
「いただきまーす!」

ハートのクッキーを掴み、口に運ぶ。サクッと良い音がした。満面の笑みを浮かべたまま、リッカは首を傾げた。

「うん、おいしい?」
「え、なんで疑問系なんだよ」

星形のクッキーを摘まみ、同じように口へと運ぶ。一口目は「美味しいじゃないか」と言わんばかりの表情で口をモグモグさせていたデンジ君だけれど、二口目を口に放ったところでその細い金の眉の間にシワが刻まれた。

「……しょっぱい。でも最初は甘かった」
「あら。もしかして、塩を入れたあと良く混ざってなかった、とか?」
「だいじょうぶだよパパ!おいしいよ!」
「……子供に気を遣わせてしまった」
「ふふっ」
「ありがとなーリッカ。しょっぱいところがあったらベーッてするんだぞ」
「わかったー!」

「見た目は完璧なのに」とため息を吐くデンジ君は、機械いじりが好きというその趣味からもわかる通り手先が器用だ。だから、野菜を均等に切ったり、お皿に綺麗に盛り付けたりと、そういったことは並みの男性以上には出来る。
ただ、調味料の分量や煮込み時間などは割りと適当だったりする。結果、デンジ君が自称するに『見た目は完璧だけど味が微妙』な料理が完成するのだ。
そういうところは男の人だなぁと思って、私としては可愛らしく感じて好きなんだけどな。と思いながらリッカがクッキーをパクパク食べる様子を眺めていると、目の前にハートのクッキーが差し出された。

「レインは、ほら」
「え?」
「あーん」

食べ物を差し出されて「あーん」ということは、つまりは、そういうこと。そういうこと、なのであって。
首元から頭のてっぺんへと、熱が上がっていく。

「あ、あの、えっと」
「今朝、利き手を火傷してたろ。包帯巻いてるし食べにくいだろうからな」
「パパ、やけどなおしをつかおうとしてたねー。ポケモンのどうぐはにんげんにはきかないのよ」
「……蒸し返さなくて良いんだぞ、リッカ」

私の手を掴んで流水で冷やしながら、咄嗟にやけど直しに手が伸びてしまうほど、デンジ君が慌てている姿を見るのは久しぶりだった。オーバ君のポケモンへの対策として、やけど直しは我が家に常備してあるのだ。
それだけ心配してくれたということだから、とても有り難いことではあるのだけど。あのときは私も思わず笑ってしまった。

「そういうわけだ」
「あ、ありがとう……」

まるで、人間に餌付けさせられるポケモンみたい。そんなことを思いながら口を開けると、そこへ香ばしい香りが入ってきた。サクッとした食感のあとに広がるほどよい甘さ。
うん。美味しい。とても美味しい。デンジ君が作ってくれたというだけで、美味しさが何割も増しているのかもしれない。
きっと、今の私はゆるみきった表情をしているに違いない。そのままモグモグと口を動かしていると、嬉しそうにニコニコしているリッカと目があった。

「パパとママ、きょうもラブラブ!」
「!」
「そうか?普通だぞ?」
「そうなのー?いってらっしゃいのちゅーをするのも、いっしょにおふろにはいるのも、ねんねのときギューするのも?」
「ああ。パパはママが大好きだし、ママはパパが大好きだから、普通のことだ」
「そうなんだー」
「……っっっ!」

耐えきれずに顔を両手で覆い隠した。これ以上は頭がパンクしてしまう。
どちらかというと今までは、愛情を言葉にのせるのは私の方が多かったし、それでデンジ君が照れてしまうことの方が多かった。でも、結婚して、リッカが産まれて、と時が流れるに従って、だんだん逆転してきたように感じる。

「今さら照れることでもないだろ。なんならオレ達、幼馴染み時代からこんなことしてたろ」
「そ、そうだけど、リッカの前なのと、その、デンジ君がそういうこと言うから余計……」
「悪かったな。結婚して、リッカが産まれて、レインへの愛がさらに溢れ出して止まらないってことだ」
「!は、半分は私の反応を見て面白がって言っているでしょう……!」
「もちろん、照れてるレインを見るのは楽しいけど言ってることは100%本気だぞ?」
「!」

ニヤリ、と意地悪っぽく笑うオプションつき……かっこいい。もう、キャパオーバー、だ。頭から湯気が出てしまう。そのくらい、顔が、熱い。きっと私は、何年経ってもデンジ君には敵わないんだろうな。
パタパタと両手で顔を扇いでいると、またしてもクッキーが口元に差し出された。今度はデンジ君ではなく、リッカだ。

「リッカもママがだいすきだからあーんしてあげるね」
「リッカ…‥ふふ。ありがとう」
「パパにもあーんしてあげるね。でもあとからね?じゅんばんこよ?おりこうにまっててね?」
「ぷっ!‥‥わかった。ありがとな、リッカ」

口達者な可愛らしいこの子も、きっと愛情たっぷりな大人になるに違いない。それが、私たちの姿を見て育った結果となるのは、嬉しくもあり恥ずかしくもあるけれど。
でも、誰かに「好き」と躊躇わずに愛情を伝えられることは、きっととても素敵なことだから。





2020.3.14


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