絆を繋いで



ナギサの海は平穏を取り戻した。蒼穹の色をそのまま映した方のような青色の海は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
ナギサシティは太陽と共に生きる、太陽に愛された街だ。そう言われる所以を、確かに、見た気がした。
この街を象徴するものの一つである灯台の麓で、小狼はレインに五つのモンスターボールを返した。

「ありがとうございました。ポケモン達を貸してくださって」
「ううん。シャオラン君達の役に立てたのなら、良かったわ」
「シャオラン」
「デンジさん?」
「悪かったな」
「え?」

小狼はぱちぱちと目を数回瞬かせて、デンジを見上げた。

「きみが案を考えてくれたから、ドククラゲを倒すことが出来た。足手まといなんて言って悪かったな」
「いえ!おれじゃなくてポケモン達が頑張ってくれたから!」
「いや、本当に君は大したもんだ。戦闘経験のないウインディをあれほどまでに育て上げた。真剣に、自分のポケモンをゲットして育ててみたらどうだ?」
「それは出来ないんです」
「オレ達、すぐに次の国に出発しないといけなくってー」
「そこはポケモンがいない国なの」
「「ポケモンがいない国?」」

デンジとレインの声が重なったとき、彼女の手の中のモンスターボールの一つが弾けた。
飛び出してきたのはウインディだった。ウインディは鼻にかかる悲しげな声色で鳴いて、小狼に身をすり寄せた。

「クーン……」
「ウインディ」
「……クーン」
「さよならしたくないんですって」
「え?」
「ウインディ、小狼君と一緒にもっと色んなことをしたかったって」

困ったように微笑みながら、レインはウインディを撫でた。ウインディはクンクンと切なげに鳴きながら、小狼の頬をぺろりと舐めた。
ポケモンとトレーナー。たった数日間だけの関係だった。しかし、このウインディというポケモンは、トレーナーである自分と共にただ戦ってくれただけではなく、全信頼を置いてくれていたのだ。
ウインディの言葉が分からずとも、小狼は感じていた。お別れしたくない、もっと一緒にいたい、いかないで。
そう言ったウインディの想いを感じ取れたから、小狼は熱くなっていく喉と目頭を抑えるのに必死だった。そっとウインディに抱きついて、炎のようにじんわりと熱い毛並みを撫でる。

「ウインディ。おれにはやるべき事があるんだ。だから、ずっとここにはいられない」
「キューン……」
「でも、いつかまた絶対に会いに来る。必ず。約束するよ」
「……ワン」
「それまでに、お互いもっと強くなろう。強くなって、また再会したときに、今日みたいに一緒に戦おう。ウインディ」
「ワンッ!」

約束を一つ交わして、互いに一歩離れた。
約束とは形のないもの、叶えられるか分からない不確かなものだ。しかし、小狼とウインディは疑うことなく信じられた。
きっといつかまた会える、と。
この数日間はとても短かったかもしれないけれど、二人の間に生まれた絆は本物だから。

「レインさんにデンジさん。本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「ポケモン達と一緒に過ごせて楽しかったよー」
「またねっ!」
「ああ」
「またいつでもナギサに来てくださいね。お待ちしています」

その場を立ち去る小狼達の背中を、デンジとレイン、そしてウインディはずっと見ていた。
見えなくなるまで、ずっとずっと、追いかけていた。
そして、遠くで小さな光が輝いたとき、レインはまたドククラゲと戦うときに感じた「力に酔う」感覚を覚えた。

「っ……」
「レイン?どうした?」
「ううん……大丈夫」
「それならいいが……」
「……不思議な人たちだったね。シャオラン君達」
「そうか?」
「ええ……」

彼らの中に、普通の人間とは異なる波導を持つ者が数名いた。否、異なる波導を持つ者達ばかりだった。
そのことをレインはデンジに伝えなかった。伝える必要がないと思ったから。彼らがどんな存在であれ、ポケモン達と心を通い合わせた彼らが彼らであることに変わりはないのだから。
レインは傍らに座っているウインディを見上げた。ウインディは未だに小狼達が消えた方向を見つめていた。

「ウインディ」
「ワン?」
「私の手持ちになって、バトルの練習をしてみる?」
「!」
「次にシャオラン君と会うときまでに、もっと強くなりたいでしょう?」
「ワン!ワンッ!」
「ふふっ。じゃあ、よろしくね」
「ウインディを育てるのか」
「ええ。水タイプ以外の子も育ててみないと、ね。デンジ君も電気タイプ以外の子をサブで持っているし」
「ああ……専門以外のタイプを知ることも良いことだとは思うが炎タイプか……レイン」
「?」
「電気タイプも育てろよ」
「え?育ててみたいけど、電気タイプはランターンがいるわよ?」
「そうなんだが、なんかオーバに負けた気がしてならん。よし。レインに似合う電気タイプのポケモンを選んでやるよ」
「いいの?」
「ああ。とりあえずジムに行くぞ」
「ワンッ!」

ウインディが高らかに吠えたとき、遠くに見える小さな光が爆発して、ひときわ強い光を放ち、風になって宙に溶けた。
人知れずにこの世界を去った小狼達は、それぞれがポケモン達と築いた消えない絆を胸に抱いて、新たな世界への扉を叩いた。


──END──
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