勝利の一瞬



ドククラゲから伸びる触手は八十本それぞれが意思を持っているかのようにバラバラに動き、小狼達に襲いかかった。ある触手はチェリムやミロカロスに巻き付き、締め上げた。また別の触手はウインディとバンギラスに絡み付き、動きを封じた。ラプラスと二匹のランターンにも手を伸ばした触手は、それを鞭のように振るい強烈な衝撃を彼らに与えた。
ひっきりなしに海水がばしゃばしゃと飛んでくる。服はすでにみなぐっしょり濡れてしまったが、そんなことを気にする余裕もなかった。
バンギラスに切り裂くを命じ、触手からの脱出を試みながら、黒鋼はデンジとレインに向かって声を張り上げた。

「おい!さっきの電気技を連発すりゃ楽勝なんじゃねぇのか!?」
「あのな、ここは海のど真ん中だぞ。水は電気を良く通す。むやみに電気技を連発すりゃ味方にもダメージを与えるし、海に住むポケモンまで傷つく」
「じゃあどうするってんだ!」
「なんとかして、思い切り電気技を使うことが出来たらいいのですけど……!みなさん!伏せてください!」

レインが声を張り上げた、次の瞬間。
ドククラゲは鋭い針を四方八方に飛ばしてきた。トレーナーは反射的に身を屈め、ポケモン達は自分の体や技を使ってそれらを払い落とす。
浅瀬に刺さった針を見て、小狼は目を見開いた。刺さった部分がじゅくじゅくと音を立てて、腐食していっているのだ。

「溶けてる……!」
「ただの針じゃないみたいだねー。毒針、かなー」
「ドククラゲはその名の通り、水タイプと毒タイプを併せ持つポケモンです。毒タイプの技を受けたら状態異常に陥ることも多いので、お気をつけて!」
「わわわ!またなんか来る!」

ドククラゲは触手を轟かせて、不快な音を作り出し、周囲に響かせた。例えるならばそれは、ナイフ同士を擦りあわせたときに発するような、高く鋭い音だ。
トレーナー達はとっさに耳を塞いだ。それでも不快音は隙間から入り込んできて、精神にダメージを与えていく。

「なにっ……この、音……!」
「『嫌な音』の攻撃です……今……攻撃されたら……」

レインの予感は的中した。嫌な音でポケモン達の防御力をガクリと下げたドククラゲは、ギガインパクトをチェリムへと叩き込んだ。チェリム、戦闘不能だ。
その流れに乗り、ドククラゲは海水を思い切り吸い込んで、勢いよく吐き出した。ハイドロポンプを受けたバンギラスも、戦闘不能だ。
さらにドククラゲは毒針を飛ばしてラプラスの動きを止め、その上で溶解液を放って攻撃した。ラプラス、戦闘不能。
「ああっ!チェリムっ!」「バンギラス!大丈夫か!?」「ラプラス!」それぞれのパートナーの名を呼び、微かに狼狽えるサクラと黒鋼とファイ。デンジは苛々と舌打ちをした。

「っ、動きを止めないと……レイン!」
「はい!」
「「ランターン!“電磁波”!」」

微電流がドククラゲの動きを奪う。ドククラゲは未だに戦意を失わず、触手を伸ばして攻撃しようともがいているが、麻痺状態は簡単には治らない。
しかし、サクラの羽根の効果だろうか。通常では考えられない速さで、ドククラゲの触手は本来の動きを取り戻して行っている。ドククラゲがまた動き出すのも時間の問題だ。
七人は一つの浅瀬に集合し、ドククラゲを警戒しつつ額を寄せ合った。先ほど戦闘不能にされたポケモン達のトレーナーは、彼らをモンスターボールに戻した。

「ごめんね。チェリム……」
「オレ達のポケモンはもう戦えないよねぇ」
「今、あいつが動けないうちに羽根を奪うか?」
「いや、いつ動き出すか分からない状態で近付くのは危険だろ」
「残っているのは私のミロカロスと、小狼君のウインディと、デンジ君とレインちゃんのランターン……」
「デンジさん。レインさん。勝算はあるんでしょうか」

小狼の問いに、デンジとレインは考え込んだ。
戦闘開始前にデンジのランターンが放った電気技以上のダメージを与える、すなわちランターン二匹分の電流を流し込めばドククラゲを倒すことが出来るだろう。しかし、それだけ膨大な電流を流せば、海に住むポケモン達だってただでは済まない。
レインは困ったように眉を下げた。

「デンジ君……」
「ドククラゲの周りだけに電気を流す方法……残っているポケモン……」

悩むデンジを見て、小狼も考えた。
電気技が使える二匹のランターンと、攻撃技だけでなく味方を援護する技を多く持つミロカロス、そして素早さならトップのウインディ。
そのとき、小狼はあることを閃いた。
キャモメ達の群に襲われたとき、レンは味方を守ろうとミロカロスに光の壁を命じていた。
その技は文字通り、光の壁を作り出して敵から受ける特殊攻撃の威力を軽減させる技である。
それを使えば、もしくは、と。

「あの、デンジさん」
「なんだ?」
「こういうのは……」

小狼は作戦をデンジに話した。それを聞いた彼は、期待半分と不安半分といった様子で、唸った。
しかしその時、とうとうドククラゲの麻痺状態が解けてしまった。怒り狂った鳴き声を上げ、ドククラゲは鋭い目で小狼達を睨みつける。素早さがそう高くないランターン達やミロカロスは、不意を突かれ反応出来なかった。
しかし、小狼のウインディは違った。

「ウインディ!“神速”だ!」
「ガルッ!」

浅瀬を蹴ったウインディは、風よりも速くドククラゲの懐に飛び込み、その体全体を使ってドククラゲにダメージを与えた。
ドククラゲに隙が出来た、今がチャンスだ。一か八か、小狼が考えた作戦に賭けるしかない。

「ミロカロス!ドククラゲの周りを“光の壁”で包んで閉じこめるのよ!」
「ウインディは飛び退く!」
「ランターン達はその壁の中へ!」

レンの命に従い、ミロカロスは立方体になるよう巨大な光の壁を作り出し、ドククラゲを閉じこめた。
光の立方体が完成する直前、中から飛び退いたウインディの代わりに、デンジとレインのランターンが立方体の中に入る。
そして、二体は提灯のようなライトに体中の電気をためて充電するのだ。光の壁を壊そうと躍起になっているドククラゲへ、渾身の一撃を放つ。

「「“十万ボルト”!」」

デンジとレインの声が重なったとき、光の立方体の中で電撃が炸裂した。光の壁により、立方体外の海域には電撃による影響がない。電撃を放ったランターン達は電気技を無効にする特性を持つため、ダメージを受けていない。ダメージを受けているのは、ドククラゲだけだ。

「シャオラン君!今のうちに!」
「はい!」

小狼はウインディの背に飛び乗った。ウインディが浅瀬を蹴り、高くジャンプする。すでに電撃は収まり、光の壁は消え、ドククラゲは目を回して伸びている。割れた赤い水晶体から、サクラの羽根が宙にふよふよと漂い流れ出す。
それを、小狼は右手で、掴んだ。

「デンジ君!見て」
「ああ。ドククラゲが」

サクラの羽根を失った巨大ドククラゲの体は見る見る内に縮み、本来の標準サイズに戻った。荒れていた海も静けさを取り戻し、何事もなかったかのように水面を揺らす。
終わった。皆がそっと息を吐き出した。
「ごめんなさい。痛かったでしょう」と、レインが波導でドククラゲを回復させる傍ら、ウインディに乗った小狼はそっとサクラに羽根を差し出し、本来の持ち主へと返したのだった。


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