やるべきこと



ナギサシティの最北にある浜辺からポケモンに乗り、海を渡る。ラプラスの方にはファイと小狼とサクラが、ミロカロスの方にはレンと黒鋼が乗っている。
もちろん、海にも野生のポケモンは生息している訳で、時折遭遇してはバトルする事となる。
その事に関して、若干の問題があった。海上で戦えるポケモンは限られている。体が大きいウインディやバンギラスは、周りに浅瀬でもないとモンスターボールから呼び出せないのだ。
戦えるのは海を泳いでいるラプラスとミロカロスだが、海に住む水ポケモン相手に、彼らの水や氷技は通用しにくい。
よって、唯一活躍しているのがサクラのチェリムだ。チェリムは体が小さいので、ラプラスの背に召喚する事が出来、そこから攻撃技を放つことが出来る。

「チェリム!“マジカルリーフ”!」

チェリムの放った虹色の葉が、勢いよく宙を裂いて飛んでいき、タコのようなポケモン、オクタンを攻撃した。苦手な草タイプの攻撃を受けたオクタンは、炭を吐いて海中へと戻っていった。

「よかった。有り難う!チェリム」
「やったねー。サクラちゃん、大活躍ー」
「海に住むポケモンは水タイプが多いし、水タイプは草タイプの攻撃に弱いですから」
「精霊術みたいに相性があるのね。あと、水は電気にも弱いんだっけ?」
「はい。ピカチュウやサンダースのような」
「電気タイプのポケモンはいないから、サクラちゃんとチェリムが頼りね」
「頑張る!ね?」

チェリムは現在、大きな花弁を開いてサクラ達に笑顔を見せていた。
チェリムは特殊なポケモンで、日光の元で花を開き、それ以外の場所では蕾の状態となるのだ。いつもは蕾の中に隠れている愛らしい表情が、花開いている今ではよくわかった。

「モコナ。羽根の気配は感じるか?」
「うん。でも、海の中を移動しているみたいなの」
「移動している……?」
「波に揺られてるってことかな?」
「それか、ポケモンが持っているとかー?」

そのとき、周囲に暗い影ができた。ここは海上。太陽と小狼達の間に、基本的には障害がないはずだ。
一斉に顔を上げて空を仰いだ。そこには、空を飛び交う大量の鳥ポケモン達がいた。カゴメに似たポケモン、キャモメと、ペリカンに似たポケモン、ペリッパーだ。
鳴き声を上げながら慌ただしく飛んでいる群の中の、一羽が小狼達を発見した。群全体の意識がそちらに向く。
次の瞬間、キャモメ達は小狼達に向かって急降下を始めた。

「うっそぉ!?あんなにたくさん飛んできた!?」
「しかも、ご丁寧に殺気付きときた」
「ち、チェリム、“マジカルリーフ”!」

先ほどのように、サクラはチェリムに草タイプの技を命じたが、ペリッパーが大きな翼を羽ばたかせると葉は勢いを失い海上にはらはらと落ちた。
ペリッパーは水、飛行タイプのポケモンだ。草タイプは水タイプに強いが、飛行タイプには弱い特徴を持つ。

「だったら、ラプラス。“冷凍ビーム”」
「ミロカロスは“光の壁”でみんなを守って!」

光の壁が張り巡らされたことにより、万が一襲撃を受けてもある程度はダメージを軽減することが出来るだろう。
しかし、ラプラスの冷凍ビームも、水タイプを併せ持つペリッパーには大したダメージにはならない。大群を相手にいつまで粘れるか、厳しいところでもあった。
小狼のベルトでは、ウインディの入ったモンスターボールがかたかたと揺れている。助けたい。でも、自分はこの戦いに出ていけない。そんな葛藤がボール越しに伝わってきた。
その時、青い空を雷撃が走った。もっとも苦手な電気ポケモンが身近にいることを察したキャモメ達は、一目散に空へと逃げ帰っていった。
雷撃を放ったのは、アンコウに似たポケモン、ランターンで、それに乗っているのはデンジだった。その隣には紫色の体をしたランターンも並んで泳ぎ、それに乗っているのはレインだった。
小狼は後ろ手にモコナを隠し、サクラに手渡してバッグの中に隠してもらった。

「デンジさんにレインさん!」
「しゃ、シャオラン君達、大丈夫?」
「はい」
「助けてくれてありがとうー。一斉に襲われてびっくりしたよー」
「ふだんは、そう攻撃的じゃないポケモンなんだけどな。キャモメとペリッパーは。やはり、ナギサの海で何か異変が起きているらしい」
「二人は何してるの?」
「み、みなさんみたいに、海上でポケモンに、襲われる人が増えてきたから、デンジ君は、ジムリーダーとして、ナギサの海をパトロールしているんです。デンジ君は、水タイプに強い、電気ポケモンのエキスパートだから」
「ねえ、レインちゃん。さっきからすっごく震えてるけど、大丈夫なの?」
「は、はい。私、海は大好きなんですけど、実は泳げなくて、少し怖くて……」
「ついてこなくて大丈夫だと言ったのに、変に頑固なところがあるからな。レインは」
「だ、だって、波導があったほうが、謎を突き止めやすい、かなって」
「『波導』?」

聞き慣れない単語に小狼は疑問符を浮かべた。視線を向けてレインに説明を求めたが、当の彼女はランターンにしがみつくのに精一杯で、説明しようと口を開くも、はわはわと頼りない言葉だけが宙を漂うばかりだった。
気遣うような視線をレインに向けつつ、デンジが代わりに呟いた。

「簡単に言うと、レインには波導という力でポケモンの言葉やオーラがわかるんだ。海が荒れ始めたときから、ナギサの海に特殊なポケモンの気配を感知したらしい。今日はその気配を追って、そのポケモンの正体を突き止めるつもりだ」
「海が荒れ始めた原因に、そのポケモンが絡んでいるのかもしれないんですね」
「ああ」

小狼たちとデンジたちが目指すものは同じだった。
突如、この広い海に出現した謎のポケモン。それは自然に生まれたものなのか、サクラの羽根の力が影響しているのか、不明だ。
「白饅頭やおまえのへにゃちょこレーダーより頼りになるな」「なにそれ!ミロカロス、黒鋼さんのこと振り落として!」「やめろ!」ミロカロスの上ではそんなやりとりが行われているが、黒鋼の言うことも一理ある。
デンジ達は波導とやらを読むことによって、迷わずにどこかへ向かっているようだった。それに対し、モコナが言う羽根の気配は「何となく北」である。
もし、レインの波導という力が感知しているのが謎のポケモンで、それにサクラの羽根が関連あるのなら、彼女たちについて行けば羽根までたどり着けるかもしれない。漠然と海を行ったり来たりしているよりも、そちらの方が意義のある行動だ。

「デンジさん。もしよかったら、おれ達も同行していいですか?」
「断る」
「え?」
「足手まといになるからな。確かに、レインがきみに貸したウインディは成長していたが、海上では戦えないだろう?」

無表情を崩さずにデンジは言い放った。黒鋼だけはその言葉にむっとした表情をしたが、誰も言い返さなかった。「あぅ……」「厳しーなー」レンとファイが苦い顔をして笑った。
強いポケモン達の手を借りていても、彼らの力を自分たちが引き出せていないと、みな痛感していたのだ。

「行くぞ」
「ま、待って。デンジ君」
「レイン」
「シャオラン君。貴方のやるべき事はこの先にあるの?」

レインは小狼に優しく語りかけた。彼女はあのときと同じ目をしていた。孤児院で、小狼の意思を確認したときと、同じ瞳を。
小狼は力強く頷いた。その後ろで、サクラも首を何度も縦に振った。レインは穏やかに微笑んだ。

「デンジ君。シャオラン君達も一緒じゃだめ?」
「レイン」
「私がやるべき事を探しに旅に出たとき、デンジ君はいつも味方にいてくれて、私を助けてくれていたわ。だから、私もシャオラン君達の力になりたいの」
「……」
「お願い……」
「……レインの頼みじゃあな……」
「デンジ君!ありがとう!」
「有り難うございます!デンジさん!」
「どうせ、ダメだっていくら言っても、ついてくるんだろうからな」

仕方ないというように、デンジは溜息をついた。一見、デンジが主導権を握っているように見えたが、彼はどうやら恋人に甘いらしい。

「レイン。もうすぐか?」
「ええ。ナギサシティとポケモンリーグのちょうど真ん中あたりの海域に波導を感じるから、もうすぐ」
「だそうだ」
「はい!行きましょう」

さらに北を目指し、四匹のポケモンはトレーナーを乗せて海を行く。
その冷たい海域では、淀んだ海水が渦潮を作り、毒々しい濁りを海に広めていた。


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