海の怪奇



草むらをかき分けて野生のポケモンを探す。暇があればバトルの練習をすることは、小狼の日課だった。
ジムリーダーやそれに見合う地位にいるトレーナーから借りた四匹とは違い、小狼が借りたウインディは戦闘経験がほとんどないポケモンだったので、それなりに実戦を経験させる必要があったのだ。
しかし、逆に良い機会だと小狼は思った。ウインディの種族能力や使える技を勉強し、ウインディの事を知りながら一緒に強くなっていく。そう決めた。
がさり。草むらが揺れた。

「ウインディ!」

モンスターボールからウインディを呼び出して、相手となるレアコイルに向かわせる。

「“火炎車”!!」

ウインディが炎をまとった巨体を突進させれば、相性も手伝ってレアコイルは一撃で戦闘不能となった。鋼タイプのレアコイルは炎技に弱い。これも勉強して得た知識だった。
レアコイルを退けたウインディは誇らしげに胸を張って、小狼の元に戻ってきた。

「よくやったな。ウインディ」
「ワンッ!」
「今日はそろそろ戻ろうか。ファイさんが朝食を用意してくれてる」

朝の砂浜に響く静かな波の音を聞きながら、小狼とウインディは並んで歩いた。寄せては引いていく波の音。ウインディは波間に浜辺の匂いをくんくんと嗅いでは、また打ち寄せてくる波にビクリとしながら波を避ける。
炎タイプのポケモンだからだろうか。水辺は苦手らしいが、好奇心には勝てないらしい。鼻の先を海水で濡らしてくしゃみをするウインディを見て、小狼は声を上げて笑った。

「ガウッ!」
「どうしたんだ?」
「ワンッ!」

ウインディは浜辺の先を見て大きく吼えた。
小狼が視線を辿ると、そこにはデンジが立っていた。上着のポケットに両手を突っ込み、海を目前にして立っている。水平線の向こう側を見るような、どこか険しい眼差しをしていた。

「デンジさん……?」
「ワンッ!ワンッ!」
「あ!ウインディ!」

ウインディは勢いよく走り出した。俊足が自慢のポケモンだ。あっという間にデンジの傍まで近づいた。
そして、その勢いのままデンジに飛びついた。
ウインディの高さは二メートル近くあり、その巨体から繰り出される突進の威力はご察しの通りである。砂浜と後頭部をこんにちはしてしまったデンジは、声にならない叫びを上げながらウインディを退かそうともがいた。

「ってー!こら!ウインディ!」
「大丈夫ですか!?デンジさん!」
「ああ……まったく。ガーディだった頃との体格差を考えて欲しいものだな」

デンジから軽く叱咤されたウインディだったが、一度だけシュンと耳を垂れた後は、またぶんぶんとしっぽを振ってデンジにすり寄っていった。
その光景に、小狼は少しだけ羨望を覚えた。

「……ウインディと仲が良いんですね」
「まあな。こいつが孤児院に来たガーディだった時から知ってるからな。おまえ、この前レインが連れてきた」
「小狼です」
「シャオラン。やるべき事があるんだってな」
「はい。そのために、こうしてウインディを貸していただきました」
「ちゃんと鍛えられてるよ、このウインディ。きみのことを信頼もしている。こいつ、人懐っこいとはいえ、番犬なだけあって気に入らないやつにはすぐに噛みつくからな」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「きみ達のやるべき事に興味はないが、レインが力を貸したがっているのは本当だ。あいつを裏切るようなまねはするなよ」
「はい。もちろんです」
「……良い目をする。きみがジムのチャレンジャーだったら、熱く痺れるようなバトルが出来ただろうに」
「……」

意外だ、と小狼は思った。
初めて会ったとき、小狼はデンジのことをあまり良いように感じていなかった。ジムリーダーという立場にいながらバトルへの情熱を感じられなかったし、実力や功績はあっても、どこか空虚感が彼につきまとっているような気がしてならなかった。
しかし、本当は違ったのだ。デンジは、心の底ではポケモンを心から愛していて、熱く激しい痺れるようなバトルを望んでいる人間なのだと、先ほどの言葉から読みとれた。

「……デンジさんは何をしていたんですか?」
「海を見ていた」

デンジは顔だけを海へと向けた。細い眉の間には、微かに皺が刻まれた。

「最近、海の様子がおかしいんだ」
「海の様子が?」
「ああ。荒れることが多くなってきたし、海に住むポケモンが凶暴化してきたように思える」
「……そういえば、チマリちゃんのピカチュウが海に落ちたとき、驚いたからというのもあるでしょうけど、海のポケモン達が殺気立っていました」
「そうか……きみも海に出ることがあれば気をつけた方がいい」

そう言い残すと、デンジは小狼達に背を向けて、ジムのある方へと帰って行った。
デンジが言ったことを頭の中で反復させながら、小狼が思うことは一つだった。もしかしたら、サクラの羽根が絡んでいることなのではないか……と。
それを、さらに現実化させるような出来事が、家に帰った小狼を待っていた。

「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、小狼君」
「おかえり!小狼!」
「今日はなんだか遅かったわね」
「すみません。海でデンジさんとお会いして、少し話していて」
「デンジ君と会ったんだー。何を話したのー?」
「それが……」

そのとき、小狼の視界に黒鋼が読んでいる新聞の裏面の記事が見えた。そこには、『ナギサ湾に謎の巨大ポケモン現る!?』という見出しの隣に、怪しい影が海中に漂う写真が載せられていた。

「謎の巨大ポケモンが海に現る……」
「ああ。この記事か」
「さっき、デンジさんが言っていたんです。最近海が荒れて、ポケモン達が凶暴化してきたって」
「それって、この記事と何か関係があるのかな?」
「この巨大ポケモンの影響?」
「もしくは、サクラちゃんの羽根が何か絡んでいるか……だね」
「そうなの!サクラの羽根の気配、少しずつ感じるようになったの!」
「モコちゃん」
「サクラの羽根、ここから北の方にあるよ!」
「ここから北って言うとー」
「海、です。デンジさんが言っていた」
「それなら、これからは海を探索してみた方がいいかもしれないわね。私とファイさんが借りているミロカロスとラプラスもいるし」
「はい」

謎の巨大ポケモンが現れた理由。ポケモン達が凶暴化した理由。全て、サクラの羽根の力が関連しているとも考えられる。この謎の先に、サクラの羽根があることを願った。


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