仮の仲間



「ただいまー!」

怒られるのが怖いからついてきて欲しいと言っていたとは思えないほど、チマリは堂々とナギサジムの扉を開いた。トレーナーやポケモンを試すジムというのはどのようなところだろうと、小狼は様々な想像を巡らせていたが、それらは全て打ち消される事になった。
ナギサジムの内部は、巨大な絡繰りが施された機械仕掛けの迷路になっていたのだ。チマリに導かれるままに一つの足場に乗り、彼女がスイッチを押すと、歯車が回転して足場は次の足場と連結した。そうやって次々と仕掛けを突破して先に進んでいくようだ。
恐らく、初めて訪れた者は絡繰りを解くのに四苦八苦するだろうが、ここで働いていると言っていたチマリは迷いなく次から次へと仕掛けを解いていった。

「すごいね!小狼君!」
「姫、あまり身を乗り出すと危ないですよ」
「すごい仕組みだねー」
「これも全部デンジが作ったんだよ!」
「デンジ君は機械いじりが大好きだから。街のソーラーシステムもデンジ君が考えたんですよ」
「へー。すっごい人なのね。こーんなこわーいオジサンだったりして!」
「いや、こいつらの呼び方を聞く限り、それなりに若いだろ」
「デンジー!ただいまー!」

チマリは巨大な扉を開いた。そこには今までのような絡繰りはなく、電気がびりびりと張り巡らされているバトルフィールドが広がっていた。
その最奥に、一人の男が座り込んでいる。太陽のように輝く金の髪と、海のように青い瞳を持つ、一見するとモデルと見間違うほど端正な顔つきの男だった。しかし、だるそうに地べたに腰を下ろし、あくびをかみ殺したような直後のような顔でいるものだから、端正な顔つきもあって少々近寄りがたい印象を受ける。
彼の周りでは、ツンツンした堅い体毛を持つポケモン、サンダースと、ひんやりとした冷たい体を持つポケモン、シャワーズが戯れていた。
「あれ?ジムリーダーはどこ?」「あの人です。彼がデンジ君」「えぇ!?若っ!というかただの不良じゃん……」「レンレン、しー」レンの失礼極まりない発言は、幸いなことにデンジまで聞こえなかったようだ。

「チマリ。遅かったな」
「ごめんなさーい」
「いや、ジムは暇だったから良い。何もなかったか?」
「うん!ピカチュウが海に落ちちゃったんだけど、シャオランお兄ちゃんが助けてくれたから大丈夫だったよ!」

チマリがそう言ったところで、デンジは初めて小狼達の存在に興味を示したかのように、視線を向けた。「チマリ、いつもの場所に待機してチャレンジャーを待ってるね!」と、チマリはバトルフィールドから出て行った。
今度はレインが、デンジへと駆け寄った。

「お疲れ様。デンジ君」
「レイン。連れてきたのはチャレンジャー……ではないみたいだな」
「ええ。あの、ヒョウタ君とナタネちゃんからポケモンが転送されてこなかった?」
「ああ。来たぞ」
「彼ら、シャオラン君達は……」

レインがデンジに一から説明している様子を、小狼達は少し離れた場所で聞いていた。
話が終わると、ふーんと興味なさげに頷いたデンジは、二つのモンスターボールをレインに手渡した。それを持って、レインは小狼達の方を振り返った。

「この子達がみなさんを助けてくれるポケモンです」
「ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」
「レインが信用している人なら大丈夫だって、この子のトレーナーさん達も言ってくれたから」

レインはモンスターボールの中からポケモン達を呼び出した。
片方から飛び出してきたのは、桜の花の蕾のようなポケモン、チェリムだった。もう片方から飛び出してきたのは、ごつごつした肌を持つ恐竜のようなポケモン、バンギラスだった。

「この子は草タイプのポケモン、チェリム。とても優しい性格の子です。旅道にじゃまな木があったりしたらそれを切り倒してくれるし、暗い洞窟を照らしてくれます。あと、今は蕾の状態だけど、花開くとすごく強くなるんですよ。こっちは岩、悪タイプのポケモン、バンギラス。とっても力持ちで好戦的な子だから、バトルでは活躍してくれると思います。とても力持ちだから、洞窟なんかに邪魔な岩があってもどかしたり砕いたりしてくれるし、険しい崖もトレーナーを背負って登ってくれますよ」

チェリムはじーっと五人のことを見上げていたが、ふとサクラの腕に飛び込んだ。バンギラスは、ずっしりした巨体を動かして黒鋼の隣まで移動すると、大きく鳴いた。

「いいなぁ。サクラちゃんと黒様が気に入られたみたいー」
「見る目があるじゃねぇか。なあ?バンギラス」
「それ、自分で言っちゃう?」
「よろしくね、チェリム」
「仲良くしてあげてくださいね。これが彼らのモンスターボールです。それから……」

サクラと黒鋼は、受け取ったモンスターボールの中にそれぞれ、チェリムとバンギラスを戻した。
次に、レインは自分のモンスターボールを五つ取り出して、なにやらじっと考察している。「この子達はたぶん他の人の言うことを聞いてくれないから、この子とこの子なら……」そう言って、二つのモンスターボールを選び、ファイとレンに差し出した。

「こちらには、水タイプのミロカロスっていうポケモンが入っています。こっちには、水氷タイプのラプラス。ミロカロスは素直で優しい性格をしているし、ラプラスは元気で明るい性格をしているから、懐いてくれやすいと思います。どちらもとても大きな体をしているから、みなさんを乗せて海を渡ったり、大きな滝を上ったり、深い海の底に潜ったりということも出来るので、頼もしい仲間になってくれると思います」
「わー。ありがとうー。レンレン、どっちの子がいいー?」
「えっと、じゃあ私はこっち!」
「オレはこっちー」

レンはミロカロスの、ファイはラプラスの入ったモンスターボールを受け取った。
最後に、レインは小狼に一つのモンスターボールを差し出した。その中には、豊かな毛並みを持つ犬のような姿をしたポケモン、ウィンディが入っている。モンスターボールを受け取ると、それはじんわりと熱を帯びていた。

「炎タイプのポケモン、ウィンディ。誰のポケモンというわけでもなく、孤児院の番犬をしてくれているポケモンなの。最近ガーディから進化したんだけど、忠誠心が高くて人懐っこいし、大きな体にみんなを乗せてシンオウ中を駆け回ってくれるから、移動にもバトルにもきっと役立ってくれるわ」
「ありがとうございます」
「レイン」

デンジがレインのことをちょいちょいと手招いている。レインは一度デンジに向けて微笑むと、小狼達に向き直った。

「シャオラン君達がやるべき事をやり通せるように、心から祈っているわ。ポケモン達を返してくれる時は、また孤児院に来てくれたらいいから」
「「はい」」
「ありがとう!レインちゃん」
「またねー」

バトルフィールドを出る直前、小狼はもう一度そこを振り返った。レインが、デンジとサンダースとシャワーズの元に駆け寄っているところだった。デンジは先ほどの無愛想な表情ではなく、ほんのりと穏やかな笑みを浮かべていた。その光景をファイとレンも見ていたらしく「なるほどねー」「あの二人、恋人同士なんだ」と言っていた。
来た時の絡繰りを逆から解いていくと、途中でチマリが待機しているエリアにたどり着いた。

「もう帰るの?」
「ああ。レインさんからポケモンを貸してもらったんだ」
「よかったね!あ!そうだ!チマリ、まだお礼してなかったよね!」
「?」
「ピカチュウを助けてくれたお礼に、チマリがポケモンバトルの練習相手になってあげる」

チマリは笑った。とても不敵に、笑んだ。まだ十年と生きていないだろうと思われるのに、彼女は相手を気圧す笑い方を知っていた。
ぞくり。圧倒される以上に、武者震いが起きた。

「お願いしても良いかな」
「いいよ!チマリはピカチュウ一匹で行くから!みんなは一匹ずつ、五匹で挑んで良いよ!」
「余裕だなこいつ」
「だから、強いんだって。チマリちゃん」
「が、がんばります!」
「オレもー。じゃあ、最初は小狼君。お願いー」
「はい!頼むよ、ウィンディ!」

ウィンディとピカチュウが対峙した直後、炎と雷がぶつかり合った。初めてのポケモンバトル、しかも他人のポケモンということもあり、はじめこそ息を合わせるまでに時間がかかった。
しかし、ウィンディを倒されてチェリム、ラプラス、ミロカロスと徐々にピカチュウの体力を削っていき、相性の問題も幸いして最後のバンギラスでようやくピカチュウ一匹を撃破することに成功し、初勝利を掴むことが出来たのだった。


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