絆の国



──シンオウ地方 ナギサシティ──

青い海と白い砂浜。そして燦々と降り注ぐ太陽の光。光を受けて機能するソーラーパネル。
小狼達が落ちたのは、シンオウ地方と呼ばれる国の、海と太陽に愛された街。ナギサシティ。
これだけを聞くと常夏の国というイメージを受けるかもしれないが、実際の気温はそう高くなく、夜になるとかなり冷え込む。シンとした空気を潮風が乱す、どちらかと言えば寒帯に入るであろう街だ。
この国に四季があるかは不明だが、あるとすればきっとジェイド国のように厳しい寒さが訪れる事を、小狼は予想していた。

「小狼君」

テラスに出て海を眺めていた小狼は、自分の名前を呼ぶ声に振り返った。サクラとモコナがこちらへと来ているところだった。
そのとき、ちょうど水面が盛り上がり、丸っこい生き物が水上に跳ねて、また海の中に戻っていった。

「小狼君。今のは?」
「タマンタです」
「タマンタ。可愛かったね」
「小狼。みんな準備できたよ。出かけよう!」
「ああ。今日こそ見つけないとな。おれ達の仲間になってくれるポケモンを」

ポケットモンスター、縮めてポケモン。
ポケモンとは、山や川や草原など様々な場所に生息する、高い戦闘能力を持つ不思議な生物の事をいう。先ほどの海に住んでいる生物、タマンタもポケモンの一種だ。
この世界の人間は、ポケモンと一緒に助け合い暮らし合っている。ポケモンを育てている人間をポケモントレーナーと呼び、彼らはポケモン同士を戦わせたり、ペットとして可愛がったりして、彼らとの絆を深めているらしい。
そんなトレーナーがポケモンを仲間するための道具をモンスターボールといい、それに入れてしまえばどんなに大きなポケモンでもポケットに入れて持ち運べることから、そんな名称がついたという。
と、これら一連の知識を、小狼達は本によって得る事が出来た。

生き物を小さなボールに閉じこめ、そして戦わせ傷つける行為に小狼達は最初こそ抵抗を覚えた。しかし、元々ポケモンは好戦的な生き物で、バトルを好むものが多い。草むらから飛び出し、人間を襲う事もあるくらいだ。
それにモンスターボールは、ポケモンの気持ちまで縛る事が出来ない。トレーナーの事が嫌ならポケモンは自由に逃げ出せるらしく、ボールに入っているポケモンはみなトレーナーを信頼し、好きで一緒にいるのだ。
そう考えられるようになって、小狼をはじめとする一行もこの世界の在り方を受け入れる事が出来た。それと同時に、なんとか自分のポケモンを捕まえようと奮闘した。
この世界を旅し、サクラの羽根を探すには、野生のポケモンや他のトレーナーとの衝突を避けては通れないだろうと思ったからだ。そこで、小狼達はフレンドリーショップと呼ばれるところでモンスターボールを購入し、日々草むらをかき分けてポケモンゲットに励んでいる。
しかし、やる気と結果は伴わず、未だゲットしたポケモンはゼロだった。

「あ!ファイさんあそこ!確かコイルってポケモン!」
「よーし。えーい」

ファイは、レンが指さす方向にいた、堅い鋼鉄の体を持つポケモン、コイルに向かってボールを投げた。しかし、ボールはコイルが発生させた静電気で軽く払われ、地に落ちた。コイルは草むらの中に逃げ隠れてしまった。

「あっちゃー。だめかぁ」
「そもそも、野生のポケモンを捕まえるには、ポケモン同士を戦わせて弱らせてから、捕まえるのが一般的らしいです」
「私達、一体もポケモンを持ってないもんね」
「むしろ、人間がポケモンと戦ったら駄目なのかよ」
「それは、ポケモン愛護法に引っかかるらしくて。それに、人間じゃポケモンにはかなわないらしいですし」
「犬さんや猫さんをいじめちゃいけないのと同じだよ。黒鋼ヤバン!」
「それならおまえが戦え!おまえも見た目ポケモンと変わらねぇだろ!」
「モコナを戦わせようとするなんて!黒鋼ヤバン!」
「あぁ!?」

早くも本来の目的を離脱して喧嘩を始めてしまった黒鋼とモコナの事は、みなスルーだ。その間に飛び出してきた、黒と黄色の体をしたポケモン、エレブーに向けてサクラがボールを投げてみたが、雷を落とされてボールは壊されてしまった。

「ダメでした……」
「いい加減、ポケモンを捕まえなくちゃねぇ」
「サクラちゃんの羽根の気配は、この世界からするわ。まだ、どこにあるかはっきりとは分からないけれど」
「この際、トレーナーの方にお願いしてポケモンを貸していただくとか」
「でもねぇ」

ファイはちらりと横目で遠くの草むらを見た。
そこには、黄色いネズミのようなポケモン、ピカチュウを四匹連れた、これまたピカチュウの着ぐるみを着ている少女がいた。
少女は一匹のピカチュウに指示を出し、野生のポケモンを退けている。勝負に勝利したピカチュウが得意げに少女のところに戻ると、少女はよしよしとピカチュウを撫で回した。ピカチュウは嬉しそうに鳴いた。

「あんなに小さい子もトレーナーなんですね」
「ん。トレーナーとポケモンって、オレ達が思っている以上に強い絆で結ばれているみたいだねー」
「精霊術師と精霊のような?」
「そう。そんな大切なポケモンを、見ず知らずのオレ達に貸してくれるかなー」
「……」

小狼は眉間にしわを刻みつけた。答えはノーだ。

「他に良い方法があればいいのですが……」
「あー!ピカチュウ!」

甲高い少女の悲鳴が聞こえてきた。少女は草むらから出てテトラポットの上を歩いて移動していたのだが、彼女を取り囲んでいるピカチュウは三匹しかいない。
少女はテトラポットから身を乗り出して、そこに広がっているであろう海を覗き込んでいる。恐らく、一匹のピカチュウが海に転落してしまったのだろう、と小狼は推察した。「ピカァ!ピカー!」と言う鳴き声も聞こえてくる。

「大変!ちょっと黒鋼さん!遊んでる場合じゃないですよ!」
「あぁ!?」
「あの女の子のピカチュウが海に落ちちゃったみたいでー」
「小狼君!」

小狼がすぐさま駆けだした。テトラポットに飛び乗り、その勢いのまま空中に飛び出し、海に身を沈めた。
海中に生きるポケモン達がスイスイと泳いでいる中、ピカチュウが苦しそうにもがいている。突然やって着た異住者に敵意をむき出しにしている海のポケモンは、今にもピカチュウに襲いかかろうとしていた。
小狼は急いで両腕を使いピカチュウをすくい上げると、すぐさま海面へと上昇した。

「っ、はぁ」
「ピカチュウ!」
「小狼君!」

重い衣類に足を引きずりながら、浜辺に上がってきた小狼は少女にピカチュウを渡した。ピカチュウは寒さに震え、恐怖に縮こまっていたが、少女の姿を見ると元気に鳴いて彼女へと飛びついた。

「ピッカー!」
「ピカチュウ!よかったぁ。お兄ちゃん!チマリのピカチュウを助けてくれてありがとう!」
「無事でよかった……っくしゅ!」

大きなくしゃみを一つ。潮風にさらされ、小狼は全身に鳥肌が立つ感覚を覚えた。サクラが自分の上着を差し出そうとしたが、濡れるからと小狼は遠慮した。

「小狼君。風邪引いちゃう」
「ポケモンゲットは中断して、とりあえず家に戻ろうかー」
「シャワーを浴びてあたたかくしないと」
「ねぇねぇ!チマリに着いてきて!」

少女──チマリはピカチュウをモンスターボールに戻しながら言った。

「ピカチュウを助けてくれたお礼もしたいし、チマリと一緒に来て!お風呂も貸してあげる!」
「お言葉に甘えちゃいなよー、小狼君」
「お願いしていいかな」
「うん!こっち!」

チマリに手を引かれる小狼の後を、サクラ達もついて行く。その足取りは、小狼達が借りている海辺の家とは逆の方向、ソーラーパネルで繋がれた先にある切り立った崖の上に向かっていた。


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