意志の証明



チマリは、ナギサシティのシンボルである灯台の麓に建っている孤児院へと、小狼達を連れてきた。ここは、親と離れた子供達や保護されたポケモンなどが暮らす養護施設で、この街の病院も兼ねているらしい。ここが自分の家だと言って、チマリは小狼達を招き入れた。

「チマリちゃんのピカチュウを助けてくださってありがとうございました。私はこの孤児院のお手伝いをしているレインと言います」

シャワーを借りて暖まった小狼の前に、湯気が立った温かそうな紅茶がコトリと置かれた。人数分の紅茶を用意した女性──レインは、その名のようにアイスブルーの流れるような髪と瞳を持つ、穏やかな、人を和ませる雰囲気を持っていた。
外見年齢的には、下手すればサクラ達と同じほどという印象を受けるが、だいぶん落ち着いている性格から察するにおそらく成人はしているであろうと思われる。孤児院に着いた早々、チマリが「レインちゃん!お風呂わかしてー!」と彼女に言っていたので、チマリは彼女を母親代わりのように慕っているのだろう。
小狼はいただきますと礼を言って、紅茶を一口含んだ。じんわりとした熱が喉を通って胃に収まっていくのが分かった。

「チマリちゃんもピカチュウも、よくあのテトラポットに遊びに行くの。気をつけてねっていつも言っているのだけれど」
「今日は風が強いですから、強風にさらされてしまったのかもしれません」
「本当にありがとう。あの、ナギサではあまり見かけないと思うのですが、最近越してこられたんですか?」
「うーん。越してきたと言えば、そうなるかなー」
「そうなんですね。ナギサシティは本当に素敵な街だから、みなさん気に入ってくださると思います」

両手をあわせて、にっこりとレインが笑った。嗚呼、本当にこの街のことが大好きなんだな。そう思わせるような笑顔だった。
「レインちゃーん!ピカチュウきれいになったー!」トタトタと足音を響かせて、チマリも客室に入ってきた。チマリにシャワーとブラッシングをしてもらい、ピカチュウはすっかり元気を取り戻したようだった。
そんな彼女を見て、小狼はちらりとファイに目配せする。ファイはうーんと悩んだ素振りを見せつつ、小さく頷いてみせた。

「チマリちゃん。きみにお願い事があるんだ」
「なにー?助けてもらったお礼、まだしてないから何でも言って!」
「あの……そのピカチュウをしばらく貸してほしいんだ」
「ダメ!!!」
「……だろうな」
「……でしょうね」

黒鋼とレンが同時に呟き、紅茶をすすった。

「チマリ、ピカチュウと一緒にお仕事してるの!だからずっと一緒にいなきゃダメなの!」
「そうだわ。チマリちゃん。ジムには戻らなくていいの?」
「……あぁー!忘れてた!チャレンジャーが来なくて暇だから、野生のポケモンと訓練してくるって言って、ジムを出たままだった!どーしよー!デンジに怒られるー!」

混乱状態のポケモンのように、ひとしきり絶叫したチマリはピカチュウをボールに戻し、また慌ただしく客室から出ていった。一瞬だけ、静けさに支配されたその空間には、微かに気まずい空気が漂っていた。

「自分のポケモンを持っていないの?」
「はい。でも、この世界でいろんなところを回るには、ポケモンの力が必要不可欠だと聞いて」
「オレ達、ポケモンがいない国から来たからー。でも、またすぐに別の国に移動しないといけないんだー」
「そうだったのですね」
「この国にいる間、どうしてもポケモンの力が必要なんです。やるべき事が、あるから」
「……」

レインは小狼の目をじっと見つめた後、考え込むように目を閉じた。

「私も少し前、やりたいことをやり通す為に、この街を飛び出したことがあるの。だから、シャオラン君みたいな強い意志を見せられると、力になりたくなっちゃう」
「レインさん……」
「何か事情があるみたいだし、急いでいろんな場所を回らなくちゃいけないなら、それなりに強いポケモンと一緒の方が心強いと思うの。だから、もしよかったら知り合いに頼んでみるわ。みなさんにポケモンを貸していただけるかどうか」
「ありがとうございます!」
「助かるよー」
「わー、仲間になってくれるポケモン……どんな子達なのかな!」
「ちょっと待っててくださいね。知り合いに連絡してみますから」

「えっと、ヒョウタ君とナタネちゃんに……」指折り何かを数えながら、レインは客室を出ていった。

「よかったねー。小狼君」
「はい」
「わたし達もポケモントレーナーに……」
「なんだか少しわくわくしちゃうね!」
「しかし、他人が従えてるポケモンだろ?素直に俺達の言うことを聞いてくれりゃあいいんだがな」
「ねぇねぇ、お話終わった?」
「ごめんなさい、モコちゃん。もう少しバッグに隠れて……」
「あれー?」

もぎゅっ。饅頭が潰れたような音がバッグの中から聞こえた。サクラがモコナを押し込んでしまった音だ。突然チマリが戻ってきたための、とっさの行動ではあったが、バッグの中で妙な形に変形してしまったであろうモコナに、一同合掌した。

「レインちゃんはー?」
「出て行ったよ。すぐに戻ってくると思うけど」
「えー。一緒にデンジのとこ行ってもらおうと思ったのにー!」
「さっきも出てきたけど、デンジって誰のこと?」
「えーっとー、チマリのじょーしさん?」
「上司?」
「チマリちゃん、働いてるの?まだ小さいのに、偉いね」
「うん!えっとね!チマリはナギサジムのジムトレーナーだよ!ポケモントレーナーがジムにチャレンジしに来たら、バトルして腕試しをするの!」

その辺りの知識についても、小狼はすでに頭の中に入れていた。
シンオウ地方には各地に八つのポケモンジムがあり、そこはジムリーダーと呼ばれる凄腕のトレーナーがトップをおさめている。ポケモントレーナーの中にはジムリーダーを倒すことを目的としている者も多く、彼らを倒せばその証であるジムバッジをゲットできる仕組みなのだ。
そして、八つのバッジをゲットした者は、ポケモンリーグというジムリーダーよりさらに強い四天王がいる場所に挑戦できる。四天王を倒した先にいるリーグチャンピオンを倒し、トレーナーの頂点に立つことがポケモントレーナー達の夢であり憧れなのだ。
チマリは、そのジムリーダーの下で、チャレンジャーがジムリーダーへと挑むに値するかを試す立ち位置にいるらしい。

「じゃあ、チマリちゃんってすごく強いんだねー」
「えへへ!それでね、チマリがいるナギサジムのジムリーダーがデンジ!シンオウ地方で最強のジムリーダーなんだよ!」
「ほう。さぞ強いんだろうなぁ」
「うん!強いよ!強さだけはチマリも尊敬する!」
「「「……だけ?」」」

小狼とサクラとレンが同時に首を傾げた直後、レインが客室に戻ってきた。

「とりあえず、二匹貸していただけることになりました。ジムリーダーのポケモンだから、強さはお墨付きです」
「えっ。いいんですか?ジムリーダーはポケモンと一緒に仕事をするんじゃ……」
「公式戦では使わない子達を貸してくれるらしいから、大丈夫」
「ありがとうございます!」
「二匹で大丈夫かな?私達が二組に分かれれば問題ないかな?」
「いえ、やっぱり、何かあったときのために、一人一匹はポケモンが傍にいた方がいいと思うんです。だから、後は私がお貸しします。一応、これでもジムリーダー見習いですから、それなりにポケモン達を鍛えているつもりです」
「わあ!ありがとう!助かる!」
「困ったときはお互い様ですから」
「ねー!レインちゃんー!チマリ、一人で戻るの怖いから一緒にジムに来てー!」
「ふふっ。分かったわ。ヒョウタ君とナタネちゃん、ナギサジムにポケモンを転送してくれるらしいから、ちょうど良いし。みなさんも一緒に来てもらえますか?」
「「はい!」」

小狼とサクラが元気よく返事を返すと、またレインはにっこりと微笑んだ。
「どんな子が仲間になってくれるのかな。楽しみ!」「強いやつだと良いな」「あんまり強いと、逆に黒様の言うこと聞かなかったりしてー」「あはは!そうかもね!」「あぁ!?」
「デンジ怒ってるかなー。どうしよ」「デンジさんってそんなに怖いのか?」「怖くはないけど……」「怒ってはないけど、心配してると思うわ」「優しい人なんですね。デンジさん」「ええ。とっても」
そんなことを話しながら、七人はソーラーパネルが敷き詰められた歩道の上を、音を立てて歩いた。


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