ドレミを奏でるおめかしキャット


最近、近所に出来た大型ショッピングモールに訪れてみた。開店してしばらくは客が多いだろうと警戒していたが、開店して一ヶ月経つしそろそろ客も落ち着いたかと思い、仕事が休みである土曜日を狙って行ってみた。
それが間違いだった。相も変わらず人は多い。開店の様子を報道していたニュースで見たときほどの人の量ではなかったが、人混みが苦手な人間をうんざりさせるだけの量であることは確かだった。
人混みが苦手なボク達は店内に足を踏み入れたと同時に、早くも気が滅入ってきた。

「すごい人だねぇ」
「ホント。もう一ヶ月くらい、経ってから、来れば良かったデス」
「ご飯だけ食べて今日は帰る?」
「それは、イヤ。せっかく来たんだから、何か戦利品がないと、気が済みまセン」
「あはは。女の子って本当に買い物が好きだよねぇ。ファイとレンさんは開店したその日に来たらしいよ」
「レンはただのミーハー。いつも、似たようなの買ったり、流行だからって買ったり、衝動買いして、後悔するタイプ。一緒にしないでくだサイ」
「そういうイリスさんも普段の服はモノトーンが多くない?」
「ワタシはわかって買ってるんデス。落ち着いた色が好きだカラ」

そう話す今日のイリスさんの格好も、確かにモノトーンだった。
水玉模様の裾がくしゅりとしたシフォンワンピースに、少し薄目の黒タイツに黒のパンプス。淡いグレーのカーディガンは暖房が利いているからと脱いでいる。
休日だからか今日は比較的ラフな格好だ。

「でも、前に比べてこう、可愛らしい格好をするようになったよね。前はかっちりしたパンツスタイルしか見たことがなかったから。そのワンピース、可愛いね」
「ワンピースに見えマス?」
「え?」
「これ、下はキュロットなんデスよ」

してやったり、というようにイリスさんは笑った。そういえば、去年くらいからスカートのように見えるパンツ、つまりキュロットというものがまた流行りだしたらしい。
男からして見れば様々な期待を裏切られる邪道とも言えるアイテムである。平たく言えば、見えるのか見えないのかはっきりして欲しいのだ。
そんなボクの本音が顔に出ていたのか、イリスさんはクスクスと上品に笑った。

「ガッカリ?」
「がっかり。せっかくスカートはいてくれたと思ったのに。そもそも、キュロットってなに?中途半端じゃない」
「それを言うなら、男の人がはくレギンスも理解できまセン」
「や、あれ結構暖かいんだよ。冬場、女性はタイツとかはけるけど男はないんだよ?たいていの人はパンツの下に履いてて見えないから良いじゃない」
「見えないなら良いのなら、冬場に全ての女の子が腹巻きしたり、ババシャツ着たり、毛糸のパンツ履いてても文句言わないでくだサイね」
「それはダメ。女の子は可愛くなきゃ」
「ワガママ。まぁ、ワタシは着ないけど……あ、このお店見たいデス」
「うん。良いよ」

あるショップの前でイリスさんは足を止めた。白いレースのワンピースや花柄の膝丈スカート、甘いピンク色のブラウスといった春物には目もくれず、一直線に向かうはパンツコーナーだ。

「ねえ、もう少し春らしい服にしたら?」
「春らしいじゃないデスか、このベージュのショートパンツ」
「確かに春物だけどさぁ」
「ワタシの好みは、良く知ってるでしょう?」

マスカラで飾られた大きな目にジトリと睨まれた。確かに、イリスさんがきゃぴきゃぴした服を着ないのは周知の事実だ。
でも、花柄のワンピースを着ろとは言わないから、ボクとしてはもう少し可愛らしい格好をして欲しかった。もちろん、いつものようにシンプルなクールビューティスタイルも似合うのだが、たまには違う一面も見てみたいということである。
過去に、ボクの独断と偏見で選んだスカートを何度かプレゼントしたことがあったが、それは今やクローゼットの奥で静かに眠っている。何度か着てはくれたが、やっぱり服をプレゼントするときは本人に聞いてからが一番だと思った。

「じゃあ、これは?キュロットだよ」
「ピンクだからイヤ」

一刀両断である。ならば自分の髪の色は何だと言ってやりたい。

「あ。これなら、着られるカモ」
「スカートだね」
「コクーンスカート、デス」

イリスさんが手に取ったのは淡いラベンダー色のコクーンスカートというスカートだった。コクーンというんだから、cocoonなのだろう。どのあたりが繭なのだろうか。まさか繭から出来ているわけじゃあるまい。女性の服って難しい。
しかし、名前はともかく女性らしいラインでボクは結構好きだった。足が綺麗に見えそうだと思う。正面にはリボンベルトが来るようになっているのも可愛い。イリスさんも体に当てて鏡の前でチェックしているあたり、気に入っているように見えた。が、試着もなくそれは元の場所に戻された。

「あれ?買わないの」
「んー」
「試着とかしないの?」
「試着はいいデス。このお店のスカートなら、このサイズだから」
「じゃあ、いいじゃない。似合ってたし買っちゃえば?」
「そうデスねぇ」
「うんうん」
「……やっぱり、いいデス」
「どうして?」
「お給料日前デスし」
「えー」
「どうして、ユゥイさんが、落胆するんデスか」
「いや……」
「……これなら着られるかなって、思ったんデスけどねぇ」
「……」
「さ、行きましょ」
「……ねぇ」
「?」
「プレゼントしてあげようか?」
「!」

そして数分後。淡いラベンダー色のコクーンスカートが入ったショップ袋を持って店を出るイリスさんは上機嫌だった。なんていうか、笑顔だった。ものすごく笑顔だった。
こうやって、今までも他の男に物を買わせてきたのだろうか。そもそも、イリスさんは気に入ったものなら値札を見ずに即決買いする人だったっけ。
なんだか、まんまと乗せられてしまったような気がしたけれど、まぁ良いかと思う。彼女の『夫』に飛び級で昇格したボクには、お礼の意味を込めて何らかのお返しがあるだろうし、何より彼女の喜ぶ顔が見られたから。





(ユゥイさん。ありがとうございマス)
(いいえ。どういたしまして)
(お礼に、今日の食事代はワタシが出しマスね)
(やっぱり)
(?)
(ううん。ありがとう。なに食べる?ここ、おでんの専門店があるらしいよ)
(珍しいデスね。食べてみたいカモ)
(そこにする?家じゃ滅多にしないしね)
(ハイ)
(あと、明日そのスカート着てどこか出かけようね)
(早速デスか?)
(ボクが買ってあげたんだから良いでしょ?)
(ハイハイ。わかりました)





title:誰そ彼
20110318

- ナノ -