恋愛シンドローム


その日は雨が降っていた。雨といっても、普通の雨じゃない。パラパラとした軽いものでも、ザアザアとした激しいものでもなく。集中豪雨とはこの事だ、とオレは窓から外を見て溜息をついた。

せっかくの休みの日、学校の事は忘れて、恋人と映画でも行こうと計画していた矢先に、突然の雨。今日は快晴となるでしょう、と言っていた朝のお天気お姉さんを少し呪った。室内でも聞こえる雨の音は、ゴウゴウとあり得ない音を出している。もちろん、外を出歩ける訳もなく、車を出す事さえ躊躇わせる雨に、オレ達は外出を諦めた。
そして、今に至る。

ソファーの上でくつろぐ彼女は、数日前に出た新しいファッション雑誌に目を通している。暇を潰せるものが傍にあったのが幸いし、急な予定変更に彼女の機嫌が損なわれる事はなかった。
でも、そのせいでオレは軽く放置状態。何をする訳でもなく、リビング内をうろうろとしていた。暇、だなぁ。

オレも読書をしようか?でも、その辺にある本は全て読んでしまった。じゃあ、昼寝でもしようか?と思ったけど、それはそれでせっかくの休みが勿体ない気がした。夕飯の準備は?ああ、昨日作ったカレーの残りがまだあったんだ。

次々と暇潰しを思い浮かべるも、ことごとく却下されていく。ああ、もう、暇だなぁ。
オレはふらふらと、ソファーに寝そべって雑誌を読む彼女を、下から覗き込んだ。

「ねぇ、レンレン」
「んー?」
「暇だよー」
「……んー」

返事はしてくれるものの、そこにまともな回答はなかった。雑誌から目を離そうとしないし。彼女の癖だ。一度なにかに集中すると、周りが何も見えなくなる。

少しだけ、気に入らない。オレを見てくれればいいのに。
オレは、寝そべる彼女の上に覆い被さり、気を引こうとした。

「ぎゅー」
「重っ」
「ねぇったらー」
「ちょっと」
「構ってよー」
「邪魔」

ぐいっ、と片手で押し退けられて、オレの体はフローリングに転がった。頭をぶつけて、地味に痛い。邪魔って、いくら何でも少し酷くない?
いいよ、そっちがその気なら、無理矢理気を引くまでだから。

オレは彼女の背後から、脇を通してお腹に手を差し込むと、一気に彼女を起こした。突然襲った浮遊感に、彼女が一瞬びくっと震えた。

「ちょっ!ファ、イっ」

睨み上げてくる彼女を腕の中に閉じこめて、瞼にちゅっとキスを落とした。化粧をしていなくとも長い睫毛が、瞼の痙攣で微かに揺れる。
彼女に何も言う隙を与えないよう、オレは次々にキスを降らせた。瞼から額へ、額からこめかみへ、こめかみから頬へ、髪も一筋とって、キス。

それを繰り返していると、彼女の表情がとろけるように柔らかくなってきた。ニヤリ、と内心笑うと、オレはキスを止めた。
えっ、と彼女は顔を上げる。終わりなの?と物欲しげに瞳が揺れて、オレの服をぎゅっと掴んできた。

「邪魔じゃなかったんだっけー?オレの事」
「……」
「そんなに物欲しそうな顔して、どうしたの?」
「……いじわる」

唇を尖らせて、顔を真っ赤にして、そう呟く彼女。良いな、こういう表情、可愛い。

「してくれない、の?」
「何をー?」
「……キス」
「さっき沢山したじゃない」
「じゃ、なくっ、て」

ぎゅっ、とオレの服をすがりつくように掴み、消え入りそうな声で彼女は呟いた。

「唇、に」

そう、唇だけは外しておいたんだ。彼女の気を、オレに向ける為に。彼女の視線を独り占めしていた雑誌は、フローリングに落ちている。作戦はもちろん大成功、って事で。
でも、簡単にキスをあげるんじゃ面白くない、とオレの中の悪魔が笑う。

「どうしよっかなー。さっき、邪魔って言われちゃったしなー」
「ぅ……」
「結構傷ついたんだよー?オレはレンレンとスキンシップとりたかっただけなのにー」
「だから、ごめんって」
「キスねー。どうしよっかなぁ」

渋って、思う存分、じらす。いつも尻に敷かれてる訳じゃないんだよ?こういう時は、やっぱり男として主権を握りたい、って思うじゃない。
唸る彼女を、なおもじらしていると、彼女はふてくされたようにそっぽを向いた。

「……してくれないなら、良いもん」

あ、ちょっとやりすぎたかな。怒らせちゃったかも。
そう、焦った考えが浮かんだのと、唇に柔らかい感触が押し当てられたのは、ほぼ同時だった。惚けていると、目の前にいる彼女は、してやったりと笑う。

「こっちからしちゃうから」

ああ、もう、かなわないなぁ。でも、されっぱなしじゃ格好が付かないから、オレは彼女の肩を抱き寄せた。もう片方の手で、顔にかかる髪を後ろに流せば、彼女はそっと瞳を閉じた。女の子が積極的なのは嬉しい、でもやっぱり、最後は男がリードしなきゃね。

触れ合う唇が熱を持つ。甘い、柔らかい。思考が溶けてしまいそうだ。
外で聞こえる雨の音が、だんだん遠ざかっていく気がした。





──END──

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