Sadistic Violet Queen


──職員宿舎イリス宅──

イリスの部屋は、女性にしては生活感のない空間だ。彼女の潔癖で無駄を嫌う性格があるからか、埃なんて落ちていないし散らかるように多くの物は置かれていない。モノトーンの家具で構成された部屋はシンプルかつ落ち着いていて、余分な小物などは一切ないのだ。寝室に置かれているのはベッドと彼女の身長よりも高いルームランプのみで、それ以外は全てリビングに置かれている。
とはいっても、リビングに置かれている家具も僅かだ。ガラス張りのローテーブルの上には仕事用のパソコンが置かれており、その脇には扉式の大きな本棚がある。外国製であろうその家具たちは、汚れや傷一つなく品良く存在を主張している。特に、革張りの黒いソファーは三人は腰掛けることが出来る広さで、イリスの仕事をする場所であり彼女がくつろぐ場所でもあった。

そこに今、イリス以外にユゥイも腰掛けている。ユゥイは暇潰しにパラリパラリとめくっていたイリスの物であろうフランス語で綴られた洋書を閉じて、隣の彼女を見やった。
イリスは今ペディキュアを塗っているところだった。小さく体を丸めたその仕草を、可愛いと呟いてしまえば恐らくキッとキツく睨まれてしまうだろうと、ユゥイは喉まで出た言葉を飲み込んだ。イリスは、上品な紫色をベースにラメがふんだんに入った液体を、筆を使って丁寧に塗り重ねていく。
つんとした臭いが嗅覚を刺激する。左足の指全てを塗り終えて、最後にふーっと息を吹きかけると、イリスは細い眉を微かに寄せた。

「どうしたの?」
「この臭い、あまり、好きじゃナイ」
「確かに苦手な人は多いよね。ボクは好きだけど」
「中毒性のある、臭いデス。シンナー、みたいに」
「薬なんてやってないよ」
「やってたら、警察に、突き出しマス」
「手際しいなぁ」
「当然、でしょう?」
「はは。そうだ。もう片方塗ってあげるよ」
「いいですケド、キレイにね」
「任せて。こういうの得意だから」

洋書をローテーブルに置くと、ユゥイはイリスから筆を受け取り、跪いて彼女の右足をとった。一度液体に筆を漬け、つきすぎた液体を縁で落とし、イリスの爪に塗っていく。
最初は薄目に一通り塗って、ある程度乾いたところでもう一度色を重ねる。イリスの足の爪は綺麗なスクウェア型をしており、表面に凸凹や甘皮や逆剥けなどが一切なく、元の美貌もさることながら普段の手入れもきちんとしているのだなとユゥイは思った。

コトリ、マニキュアのボトルをローテーブルに置く。彼女がそうしたように、最後にふっと息を吹きかけるとユゥイは顔を上げた。

「乾いたよ」
「ありがとう、ございマス」
「どういたしまして。それにしても」
「なに?」
「この格好。女王に心奪われてかしずく奴隷みたいだ」

ユゥイが妖しく笑ってみせると、イリスは満更でもなさそうに口角を上げた。見せつけるように、程良く肉の付いた細長い足を組んでみせる。
無意識のうちにユゥイの喉が鳴る。蒼い瞳の奥にくすぶっていた情欲を引き出したイリスは、さらに挑発するように足の先を反らしてみせた。
見事に挑発に乗ったユゥイが、彼女の足首から上へと手を滑らせれば、カサつきやザラつきなど一切ない滑らかな肌が掌に気持ちの良い感触を与えてくれる。

ユゥイは更に掌を動かした。しかし、膝の内側を通り太股へと到達したとき、その手は先ほど塗ったペディキュアと同じ色が爪に塗られた手からパッと払われた。

「触りたかったら、キスをして」

サディスティックな魔性の笑みで、左胸を射抜かれる。自分にマゾヒスティックな趣向などなかったはずだが可笑しいな、とユゥイは苦笑するしかなかった。
しかし、サディスティックな彼女をねじ伏せてみせるのもまた一興だ。この女王をどう鳴かせてみせようか。
そんなことを考えながら、歪んだ弧を描いた唇で、紫のペディキュアが塗られた足の甲に口付けた。





──END──

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