未成熟なラブバード


イリスからユゥイへの逆プロポーズがあったその日のうちに婚姻届を提出し、晴れて夫婦となった新婚初夜の翌朝。まだ12月、朝の空気は冷たく素肌を刺すようだ。

チュンチュンと鳥の囀りが聞こえてきて、イリスはうっすらと瞼を開いた。まだ寝起きの脳を覚醒させるためにうんと伸びをし、寒さに肩を竦める。
昨夜、呆気なく脱がされた服を拾おうと視線をベッドの外に向ける。すると、フローリングに放られていたはずの服たちは枕元で綺麗に畳まれていた。
ふと隣を見れば、そこで眠っていたはずのユゥイがいない。となれば、先に起きたユゥイが服を拾って畳んでおいてくれたのか。いつもは自分の方がユゥイよりも先に起きるのに珍しい、と思いながらイリスは一つ一つ服を纏っていく。最後にカーディガンを羽織ると、先ほどから物音が聞こえてくるダイニングキッチンへと向かった。

そこで、イリスは目を点にするような光景を見ることとなった。
彼女の存在に気付いたユゥイは笑顔を浮かべながらパタパタと駆け寄り、イリスの腰を抱き寄せるとその唇にちゅっと触れるだけのキスをした。

「おはよう。イリスさん」
「……おはよう、ござい、マス」
「朝食、出来てるよ」
「……」

このユゥイ、語尾にハートマークでも付きそうな声色とデレ顔である。イリスは微かに頬をひくつかせて、後ろからユゥイに抱きつかれたままテーブルの上に並んでいる物を凝視した。
朝にテーブルの上に並んでいる物といえば、もちろん朝食である。本日はサラダ、スクランブルエッグ、ソーセージ、ベーコン、トースト、コンソメスープ、生フルーツ……と、イリスにとってはイタリアンのフルコースに匹敵するほどの量となるメニューだった。
普段、朝はコーヒーしか飲まないイリスは、生活習慣の違いに目を点にするしかなかった。

(……多)
「イリスさんがいつもどんな朝食をとってるかまだよく分からなかったし、朝から簡単なものしか出来なかったけど、張り切っていつもより多めに用意しちゃったよ」
(でも、今日、伝える空気じゃ、ナイ)
「朝食と夕食は一緒に食べるようにしようね。なにか食べたいものがあったらリクエストして」
「……有り難うございマス」

元シェフで現調理実習講師であるユゥイと暮らせば、料理の担当は必然的に彼になるだろうと予想はしていたものの、このメニューの多さは想定外だった。
新婚初日から甘い空気をぶち壊すような発言をするほど、自己中心的でも他人を傷つけることが好きでも空気が読めないわけでもないイリスは、後々少しずつ量を減らしてもらえるように頼もうと心に決めて、今日のところは大人しく席に着いた。

エプロンを外して席に着いたユゥイと向き合い、いただきますと手を合わせる。イリスは、ユゥイ特製のオリジナルドレッシングをサラダに一周ぐるりと振りかけながら、正面に座る彼をちら見した。
スクランブルエッグを口に運ぶユゥイは、何だか見たこともないような顔をしている。弛んでいると言うか、なんと言えばいいものか……そう、とても穏やかな表情をしているのだ。
それはもう、とても幸せそうな。
朝食が美味しいから、とか、そういった理由でないことくらいイリスは気付いている。

(……そんなに、しあわせ?)

イリス自身、この状況が幸せなのかどうかはよく分からなかったりする。彼女からプロポーズを仕掛けたとはいえ、完全にユゥイを愛してるかと問われれば、素直に頷けない部分があるのだ。プロポーズの流れが流れだったから、仕方ないと言えばそれまでではあるが。
ただ、ユゥイには素の自分をさらけ出すことが出来て、不覚にも彼の隣を居心地がいいと感じてしまうときがあり、だから、彼のモノにならなってもいいと思った。彼なら信じられる、今はまだ不完全でもこれからきっと深く愛せる。そう、思ったのだ。

ユゥイに倣い、ほかほかのスクランブルエッグを口に運んだ。初めて彼の料理を、ジェラートを食べたときのように、口元が自然と綻んだ。
少しだけ分かったような気がする。嗚呼、これが幸せか、と。

「オイシイ」
「ほんと?よかった」
「……食後の、コーヒーは、ワタシが、いれマスね」

今はまだ、これがイリスなりの精一杯の愛情表現。それでも、ユゥイにとっては効果抜群。彼はきょとんと目を見開いた後、それはそれは幸せそうに微笑み「有り難う」と囁いた。





──END──

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