聖夜のエンゲージ


〜Sakura side〜

空気がしんと冷たくなった季節に街を歩けば、キラキラした宝石のような景色が飛び込んでくる。色とりどりのイルミネーション、ベルが奏でる音楽、ショーウィンドウの中のふわふわしたワンピース、ガラスケースにしまわれたアクセサリー、手を繋いで歩く恋人たち。
いつもと同じ景色も、この季節限定の景色も、街中にある全部の景色が輝いて見える。理由は簡単、もうすぐクリスマスだからだ。
街の中だけじゃなくて、いつも買っているファッション雑誌までも表情を変えるこの季節。クリスマス当日のデート服、1週間前から始めるボディケア、彼におねだりするアクセサリー特集、プレゼントに贈るもの、などなど、見ていてうきうきするようなページばかりなのだ。

もちろんわたしも、クリスマスは恋人と……小狼君と、過ごすつもり。かなり前から、当日のお洋服は新調していたし、当日何をするか打ち合わせもしていた。
でも、ただ一つだけ、まだ準備が出来ていないものがある。それは、小狼君へのプレゼント、だった。
去年のクリスマスは、わたしの家のパーティーに彼を呼んで手料理を振る舞ったから、それがプレゼントということになったのだけど。
今年は、大好きな人と初めて二人だけで過ごす特別なクリスマス。プレゼントだって、小狼君が欲しいものを贈りたい。だからといって、直接聞いたらサプライズも何もないから、会話の中からどうにかして彼が欲しがっているものを探ろうと奮闘中なのだ。

でも、現実はなかなかうまく行かない。欲しいものを探る以前に、最近、小狼君とじっくり話が出来ていない気がする。うまく言えないけれど、最近、彼の様子が、おかしい。

「小狼君」
「……」
「……小狼君!」

少し声を大きくして名前を呼べば、小狼君はしょぼしょぼしていた目を大きく開いて、数回瞬いた。
最近、いつもこんな調子なのだ。一緒にお昼を食べていても眠たそうだし、廊下で出くわして他愛ないお喋りをするときも上の空だし。それに、部活がない日も用事があるとかで一緒に帰ってくれないし、お休みの日も用事ばかりで最近はデートをしていない。
本当に、どうしたんだろう。

「あっ。ごめん、さくら。何の話だっけ?」
「……うん。あのね。小狼君、何か欲しいものとか、して欲しいこととか、ない?」
「欲しいもの?して欲しいこと?」
「うん」
「うーん……特には思いつかないな」
「そ、う」
「何か思いついたら教えるよ」

……この台詞のやりとりも、本当は3回目、なんだけど、な。話していた内容を忘れるなんて、本当に、小狼君らしくない。
「じゃあ、おれ今日用事があるから」と、いそいそとと教室を出ていく後ろ姿が見えなくなると、わたしは思い切り溜息をついた。

小狼君の様子がおかしいことも気になるけれど、プレゼント、どうしよう。そんなに高いものは買えないし……
ちなみに、参考までに男の子たちに欲しいものを聞いたら、四月一日君からは『彼女』、百目鬼君からは『食べ物』、小龍君からは『新しいバッシュ』と返ってきた。
……あんまり、参考には、ならないよう、な。

思い切り考え込んでいると、教室のドアががらっと開いて、思わず肩を震わせた。ひょっこりと顔を覗かせたのは、見慣れた桃色、音楽教師のレン先生だった。
コツコツ、程良い高さのヒールを鳴らしながら教室に入ってくると、先生は私と外の景色を見比べて眉をひそめた。

「さくらちゃん。今日は部活がない日でしょう?早く帰らないとダメじゃない。最近、暗くなるのも早いし」
「すみません。色々考えてたら時間が経つのが気付かなくて」
「どうかしたの?」
「クリスマスのことで、少し悩んでて……」
「なになに?恋のお悩み?」

いつの間にか、レン先生は私が座る前の席に腰掛けて、こちらに身を乗り出していた。好奇心を含んだ大きい瞳が、わたしをじっと見つめる。
……先生に相談してみるのも、良いかもしれない。わたし以上に恋愛経験豊富だろうし、恋人とのクリスマスだって何度も過ごしてきただろうし。

「あの。レン先生は今年のクリスマス、ファイ先生に何を贈るつもりですか?」
「クリスマスプレゼント?んー、特に何も決めてないかも」
「え?でも、クリスマスもうすぐですよ?」
「そうなんだけど、3年も付き合ってると贈るものに困るのよね。贈り尽くしたって言うか」
「そうですか……」
「小狼君に贈るクリスマスプレゼント?」
「はい」
「んー、相手が欲しいものっていうのが一番だろうけど、やっぱり大切なのは物より気持ちよ。さくらちゃんからのプレゼントなら、小狼君、何でも喜ぶと思う」
「……」
「それに、小狼君なら「さくらと過ごせるクリスマスが一番のプレゼントだ」、なんてカッコいいことも言っちゃうかもね」
「……ええっ!?」
「ふふふ。頑張って」

あたふたする私の手をぎゅっと握って、レン先生は微笑んでくれた。
………そう、だよね。大好きっていう気持ちがこもってたら、きっと、なんだって喜んでくれるよね。だって、小狼君だもん。
「レン先生、有り難うございます」と、私も笑う。少しすっきりしたし、そろそろ帰ろうかな、と思ったのだけど。
にぎにぎにぎと、レン先生は私の手を握りしめたまま放さない。なんだか、こう、手全体をもむような、形を確かめるような、先生のそんな不思議な行動に首を傾げた。

「……レン先生?」
「えっ?」
「あの、わたし、そろそろ……」
「え?ああ!帰るのね。ごめんごめん。もう遅いから送ってあげる。最近物騒だし」
「いえ!そんな!悪いです!この前も送っていただいて」
「大丈夫。ファイ先生の車だから、さくらちゃんの家まですぐだし。遠慮しないで。ね?」
「じゃあ……お願いします」
「了解!じゃあ、ファイ先生を呼んでくるからちょっと待っててね」

そこで、レン先生はわたしの手を離した。先生の高い体温が残った両手をぎゅっと握りしめ、長い髪が廊下へと消えた後、私は窓の外に視線を移した。
茜色から宵色へ、空がグラデーションになっていてとても綺麗。もっと下に視線を移せば、学園内にイルミネーションがちらほらと点灯を始めている。中庭にある大きな木も、そろそろ例年のように飾り付けられるに違いない。どこもかしこも、クリスマス一色に染まっていく。
ああ、待ち遠しいな。

「楽しい日にしようね、小狼君」

キラキラ、キラキラ。一つずつ灯っていく明かりに、当日の思い出が煌めくような、そんな気がした。







〜Syaoran side〜

「……小狼君!」

聞き慣れた声、だけど普段よりも大きく張った音に鼓膜を叩かれて、ぼやけだしていたおれの思考は一瞬で輪郭を取り戻した。はっと目を見開くと、さくらの翡翠色の瞳の中に、寝起きのように弛んだ顔をしたおれが映っている。いつもなら明るい煌めきを宿した翡翠は、心なしか不安で揺れているようだった。
いけない、また意識を飛ばしていたみたいだ。
最近、こんなことはしょっちゅうだった。忙しさにかまけて二人の時間が減ったばかりか、こうして二人で過ごせる時間にも集中出来ていないことが多い。
そのたびにさくらは、不安そうな、心配そうな顔つきでおれを見つめる。この忙しさがさくらのためとはいえ、不安にさせてしまっては元も子もない。
おれは眠気に誘われる瞼を下げて、慌てて頭を下げた。

「あっ。ごめん、さくら。何の話だっけ?」
「……うん。あのね。小狼君、何か欲しいものとか、して欲しいこととか、ない?」
「欲しいもの?して欲しいこと?」
「うん」
「うーん……特には思いつかないな」
「そ、う」
「何か思いついたら教えるよ」

ちらりと時計を見れば、ファイ先生と約束していた時間が近付いていた。「じゃあ、おれ今日用事があるから」と、鞄を取って、さくらに手を振りながら教室を後にする。教室に一人残されたさくらは、笑っていたけどどこか寂しそうで、ズキンと心が痛んだ。
でも、少しだけ、我慢してくれ。きっともうすぐ、今までないってくらい、喜ばせてあげるから。

化学室のドアを開けて中に入る。そこにいるのは、もちろんのこと、この部屋の管理者である化学教師のファイ先生だ。先生はその蒼い瞳をゆるりと細め、おいでおいでと手招きをする。
おれは、先生が腰掛けている生徒用の椅子、一つぶん離れたそれに座った。

「こんにちは、ファイ先生」
「今日は挨拶してなかったねー。こんにちは」
「レン先生は」
「小狼君と入れ違いで出て行ったよー。作戦通り」

右目をパチリと閉じて、ウィンクをしながら笑う。ファイ先生は気楽そうに言うけれど、おれは内心ハラハラしていた。
おれが言えたことではないけど、レン先生は素直で嘘や演技が苦手な人だから。嗚呼、さくらに気付かれずにちゃんとうまく行くのだろうか。そんな不安ばかりが脳内に蔓延っていく。
なにをそんなに心配しているのかっていうと、それは……

「そういえば、小狼君」
「え。あ、はい」
「アルバイトの方は順調?堀鐔学園大学、考古学の授業のお手伝い」
「はい。瓦礫を運んだりデータを整理したり主に雑用ですけど、自分が好きなことなんで楽しいです」
「そっかー。よかったよー。今、小狼君の顔を見たら少し疲れてるみたいだったから、別のアルバイトを紹介した方がよかったかなって思ったんだけど」
「いいえ。紹介していただけただけですごく助かりました。有り難うございます」
「一応、これでも学年主任だからー。小狼君、クリスマスまでに頑張らないとね」

その言葉に、かあっと頬に熱が集中してきて、思わず俯いた。「小狼君、照れちゃってー」と、半分からかいを含んだ声も続けて降ってきて、もはや照れを隠すために笑うしかない。
そう、おれは最近、ファイ先生の紹介で、堀鐔学園大学の考古学の授業での雑用を処理するアルバイトを始めた。さっきの会話の中で出たとおり、主に平日の放課後データ処理を任されたり、器具の手入れを任されたり、または休日のフィールドワークでの発掘の実践で、大学生が集中出来るよう瓦礫を撤去する手伝いをしたり。頭と体力を要するアルバイトに疲労はたまり、今日のようにさくらの前でも船を漕ぐ始末。
それでも、おれにはお金を稼がなくちゃいけない理由があった。さっき言い掛けたことにも繋がるのだけど、それは……
その時、扉が勢い良く開いて桃色が飛び込んできた。

「ただいま!」
「レン先生」
「おかえりー。どう?わかったー?さくらちゃんの指輪のサイズ」
「ばっちり!指も細いし、私より一回りくらい小さい手だから、5号かな。さくらちゃんにも全然気付かれなかったし」
「有り難うございます。レン先生」
「よかったねぇ。これで安心して指輪を選べるねー」
「はい。あとは、お金を貯めるだけ」

そう、心配していたのは、レン先生がさくらに気付かれずに指輪のサイズを聞き出してくれるか。アルバイトを始めた理由、それはさくらへ贈るクリスマスプレゼントとして、指輪を買うためだ。
彼女に指輪を買うことも、アルバイトをすることも、何もかもが初めてのことで悩んでいるところに、二人の先生が助け船を出してくれたということだ。先生たちの場合、切欠は好奇心から相談に乗ってくれたのかもしれないけど、色々アドバイスをくれたり協力してくれるので、おれとしては本当に助かっている。
「初めての二人だけのクリスマス、ラブラブにしなきゃねー」「小狼君、さくらちゃんきっと感動して泣いちゃうよ!」……と、少々イジられるのには目を瞑って。おれはまた、頬に熱が集中するのを感じて、それを誤魔化すために立ち上がった。

「お、おれっ!そろそろ大学に行かないと!」
「今からバイトー?遅くまで大変だねぇ」
「明日のフィールドワークまでに、手押し車やスコップを所定の場所に運ばなくちゃいけないので」
「小狼君が忙しい間、さくらちゃんは私たちが送って帰るから安心してね」
「はい。有り難うございます」
「「頑張ってね」」

先生たちの声に背中を押されて、おれは勢いよく化学室を飛び出した。階段を二段飛ばしに駆け下りて、上履きからローファーに履き替えて、夜の帳が降りる外庭を駆け抜ける。
木に絡まって所々点滅するライトが、一足先にクリスマスの雰囲気を仄めかしている。そんな中、今からまた少しの労働時間が待っているけれど、どうしてかな、全然苦にならないんだ。
自分が好きなことでお金を稼げるから、というのももちろんある。でもそれ以上に、きっとその時間がさくらの笑顔に繋がるからだ。

「さくら、喜んでくれるといいな」

どんな指輪を贈るか、実は決めてあるんだ。あまり大人びたものじゃなくて、可愛らしいものがいい。ピンクゴールドに、小さな石がちょこんとついているような。きっと、さくらに良く似合う。







──アリーナ──
 
クリスマスソングが絶えずに流れ、いくつものシャンデリアに照らされる広間に、数え切れないほどの堀鐔学園の生徒たちと教師陣が集まっている。いずれもパーティー仕様にドレスアップしていて、料理に舌鼓を打つ者や異性を誘って踊る者など、それぞれが今日という日を楽しんでいる。
小狼が、巨大クリスマスツリーを視線でなぞって、ベツレヘムの星がある高さまで顔を上げると、壁に掛けられた時計が視界に入ってくる。そろそろかな、と小狼は赤い絨毯を踏みしめてさくらの元に向かい、肩を叩いた。

「さくら」
「小狼君」
「そろそろ行かないか?」
「うん!」

いそいそと会場を後にしようとする二人を目敏くも見つけたのは、千里眼と噂される目とありとあらゆるものを聞きつける地獄耳を持つ侑子先生だった。「あら、お熱いわねー」という茶化しを含んだ声に二人が振り向けば、なにやらやけ酒を飲んだと思われる四月一日の「羨ましくなんかないぞー!」という言葉と、ひまわりの「楽しんできてね」という笑顔と共に送り出される。
小狼もさくらも、顔に熱が集まるのを隠しきれず、お互い顔を合わせて照れ笑いをしたあと、みんなに手を振りながら会場を後にした。

クロークで、預けていた荷物やコートをそれぞれ受け取り、暖房が利いた室内からしんと冷えた外へと向かう。頬をピリピリとした空気が刺し、白い息が唇から漏れて宙に消える。
カーキ色のコートとミルクティーベージュのコートから出た、かじかむ手を暖めるかのように、二人は自然と手を絡めた。少し高めのヒールを履いたさくらを気遣い、小狼の歩くスピードは緩やかだった。

「楽しかったな。クリスマスパーティー」
「うん。すごく豪華で驚いちゃった。さすが堀鐔学園」
「そうだな」
「小狼君、これからどこに行くの?」
「着いてからのお楽しみ」

秘密めいた口調で囁かれ、さくらは首を傾げながらわくわくする鼓動をさらに加速させた。
堀鐔学園のクリスマスパーティーに参加したあと、途中で抜け出して二人で過ごすということは前々から決めていたものの、どこに行くか何をするかは任せて欲しいと小狼から言われていたのだ。
恋人たちのためにある一世一代のイベント、クリスマス。そんな夜に二人で過ごせるだけでも嬉しいのに、これからどこに連れて行ってもらえるのか、予想するだけで胸が躍る。

そんなことを考えながら、パーティーの飾り付けがすごかったとか、料理が美味しかったとか、みんな衣装が似合っていたとか、そんな他愛ない話をしながら歩けば、いつの間にかある場所に辿り着いていた。
小狼が足を運んだのは、登下校時の通り道にある公園だった。いつもとなんの変哲もないその中に、小狼はさくらの手を引いて行く。仄かな灯りの道が続き、中央広場に差し掛かろうとしたとき、ずっと奥の方に光の粒がチカチカと輝いているのを、さくらの視界は捉えた。

「わぁ……っ!」

中央広場に出て景色が開けると同時に、さくらの瞳には溢れんばかりの光の洪水が映し出された。ライトアップされた噴水、水上の小さなライトチャペル、イルミネーションで輝く木、小さい子が乗るような光の汽車、そして一際目を引く宝石を散りばめたような輝きを放つメリーゴーランド。
昼に訪れることは良くあったし、学校帰りの少し遅い時間に立ち寄ることもあった。しかし、そのときと今を比べて、公園は全く違う顔を見せている。クリスマス仕様に飾られた公園は、まるでそこだけ外界から切り取られたかのような錯覚にさえさせるほど、幻想的だった。

「すごい……!いつもの公園じゃないみたい……!」
「街に出て大きなツリーを見に行くのも良いけど、あっちは人が多いから。ここなら遅くまでイルミネーションついてるし、人もそんなに多くないし」
「わたし、ずっとこの辺に住んでるのに、全然知らなかった……」
「移動遊園地が来るようになったのは近年かららしいよ。おれもファイ先生に教えてもらったんだ」
「そうなんだ……綺麗」
「だろう?少し歩いてみようか」
「うん!」

心からはしゃぐさくらの顔にほっとした表情を見せて、小狼は再び彼女の手を引いて歩き出した。
光のアーチを潜れば、そこはまさに別世界。キラキラ、キラキラ、輝く景色は二人だけのもの。
一つ一つのイルミネーションを指さしながら、水上に架けられた橋を渡り、デジカメを使ってお互いを取り合ったりして、楽しそうな二人の声は耐えずに響く。一周するのに決して短い距離ではなかったが、二人にとってその時間はあっという間に過ぎてしまった。
最後に、メリーゴーランドの前まで来たところで、さくらの頬を柔らかく冷たい何かが撫でた。雪だ。見上げれば、黒い空の中にふわりふわりと舞い踊るパウダースノーが、クリスマスに奇跡を届けた。
「綺麗……」「ああ」と、言葉を交わしたまましばらく沈黙が訪れる。それは不自然なものではなく、周りの景色が自然と促す道理に適った沈黙だった。
数秒後だったか、数分後だったか、先に現実に意識を戻したのはさくらの方だった。

「あっ!」
「どうしたんだ?」
「忘れてた!わたし、クリスマスプレゼントを用意してたの」
「!」

小狼の瞳がはっと見開き、少し緊張したものに変わった。そんなことにさくらは気付かず、ごそごそとバッグの奥から、ラッピングされたプレゼントを取り出した。その形から、中身が何であるのか予想するのは難しい。「有り難う」といって小狼はそれを受け取ると、「開けても良い?」「うん」という会話の後に、丁寧にラッピングを解いていった。
最初に手に触れたのは、ふわりとした柔らかくて暖かい感触、深緑色のネックウォーマー。しかし、ラッピングの中にはまだ重みが残っている。
奥にあるものに手を触れれば、先ほどとは反して硬い感触。取り出してみれば、それはチョコレート色をしたウォークマンだった。

「これは……」
「小狼君、サッカー部も剣道部もトレーニング大変そうだから。冬の間はもっと辛くなると思って、四月一日君に教えてもらいながら編んだの」
「こっちは?」
「それは小龍君に教えてもらったの。小狼君がランニング中にウォークマン落として壊しちゃってガッカリしてた、って」
「そうだっのか……有り難う、さくら。大切に使うよ」
「喜んでもらえて良かった」
「じゃあ、今度はおれから」

すぽっ、という音を立てて小狼はポケットに手を突っ込んだ。取り出されたのは、彼の掌で隠れてしまいそうな、小さな箱がリボンでラッピングされたプレゼント。
大きさ、形、さくらの脳内である予測が叩き出される。まさか、でも、期待に震える心を抑えながら、ヒュルッとリボンをほどいて、小箱を開けた。
さくらの予想は的中していた。歓喜と驚愕が一気に押し寄せてきて、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
小狼からさくらへの、プレゼントの中身は指輪だったのだ。ピンクゴールドのリングに、ピンクサファイアがちょこんと乗っている、背伸びしすぎない甘いデザインの指輪は、さくらのためだけに造られたかのようだった。

「付き合いだして結構経つし、指輪、贈りたいなって思ってたんだ」
「……小狼君」
「それで、ファイ先生にバイトを紹介してもらって、だから放課後とか一緒に帰れなくて。一緒にいるときも眠気に負けることが多くて……ごめんな」
「ううん、いいの……すごく嬉しい。有り難う、小狼君」
「良かった」
「ね、小狼君がはめてくれる?」
「ああ。いいよ。じゃあ、手を」

箱の中から指輪を抜き取り、反対の手をさくらへと伸ばす。小狼の手にさくらが添えたのは、右手だった。てっきり左手を差し出されると思っていた小狼は、一瞬だけ戸惑って動きを止めた。

「……」
「小狼君?…………あ!あのね。左手はとっておこうと思って」
「とっておく?」
「うん。あの、ね。また将来、小狼君から、こうしてもらえたら、いいなぁ、って」
「!……そうか」

それは、つまり、そう解釈しても良いのだろう。近くもないけれど、決して遠くもないであろう未来予想図を、さくらは描いているのだと。
高校生のバイト1ヶ月分の指輪が、社会人になって給料3ヶ月分の指輪に変わった、そのときに。二人は今日のこのときを思い出して、永遠に共に歩み続けることを誓うのだ。
そのときまで、さくらの左薬指は小狼の予約席、今は右手の薬指へ愛を誓おう。

さくらの細い指へ指輪をはめると同時に、小狼は彼女の耳元に顔を寄せた。

「期待してて」

そのまま滑るように正面へと顔を移動させれば、真っ赤に頬を染めたさくらと視線が絡み合う。それはきっと寒さのせいだけではないことを、小狼は知っている。
先に目を閉じたのは、どちらからだったのか分からない。自然と重なった唇と、指輪が輝く繋がった手だけが、この聖なる夜に熱を帯びていた。





──END──

- ナノ -