フェアリーテイルは夢の中


例えば、少女漫画の美少女が不良にからまれていると、必ずと言っていいほどの確率で美少年が助けにやって来る。
例えば、お伽噺のお姫様が悪い魔女の陰謀で深い眠りに就いたなら、白馬に乗った王子様がキスでお暇様を目覚めさせる。
例えば、恋愛ドラマのヒロインが無理やり結婚をさせられようとすると、式場にヒーローが現れて華麗に花嫁をさらっていく。

作り話の中の女の子たちはみんな幸せだ。ピンチの時には男の子が助けに来てくれて、深く愛されている。それは当然なのかもしれない。作り話なのだから、展開はすべて作者の妄想。夢見る願望が作品に反映することもあるのかもしれない。
ありきたりな展開と分かっていても、私だって女の子……と言える年齢ではないかもしれないけれど、それなりに憧れを抱いたりはする。ピンチの時には素敵な恋人が助けに来てくれるような、砂糖菓子のように甘い恋愛をしてみたい。

そんなことを考え始めて、かれこれどのくらいの時間が経過しただろう。高い位置にあった太陽は斜めに傾き、風が冷たくなってきた。小さく身震いして鼻をすすり、見上げた空に向けて盛大に溜息を吐き出した。

現実は作り話のように甘くない。甘くない、のだ。例え、彼女が人気のない校舎裏で足を挫いて動けない状態にあっても、彼氏は助けに来やしない。虫の知らせなんて信用出来ない。携帯電話の方がよっぽど信頼出来る。しかし、通信手段を音楽準備室に置いたまま午後の散歩を楽しんでいた私に、もはや救いはない。

……ここまで現実逃避をしながら徒然と語ってしまったけれど、今からいつもの私に戻ることにする。

「だーれーかー!たーすーけーてー!」

自慢の肺活量をフルに使い、お腹の底から有らん限りの声を宙に放ってはみたけれど、それは校舎に遮られて誰にも届くことはなかった。
寒い。つい先日雨が降ってから、ぐっと気温が下がった。日中はまだ暑さが残るとはいえ、羽織り物を持って出るんだった。
痛い。右足がジンジンする。自分の足に躓いて転んだなんて間抜けすぎる。イリスには絶対に知られたくない。馬鹿にされるの目に見えてる。

誰でも良い。早く通りがかって欲しい。休日出勤なんてするんじゃなかった。慣れない事をするから神様が吃驚して私に悪戯を……はっ!休日だからいつもより人気がない。イコール、私を見つけてくれる人はいない!?
嫌だ!こんなところで、明日誰かが登校して来るのを待つなんて!そうなる前に、這ってでも帰ってやるんだ!……なるべくなら避けたいけれど。
大丈夫、ファイが見つけに来てくれるはず。それぞれ仕事が終わったらご飯に行こうって約束してたんだから、電話にも出ずに音楽室にも私の姿がなかったら、学園中を探してくれる……はず。
確信は持てない。だって、現実は作り話のように甘くないんだから。夢見る物語のように上手くいかないんだから。

でも、ファイはちゃんと私のところに来てくれた。足を挫いた私を見つけてくれたのだ……あれからたっぷりと、1時間は経過しただろうと思われる時間に。

「……」
「ごめんってばー。これでもかなり探したんだよー?この学園広いし、まさか人気のない校舎裏にいるなんて思わなくてさー」

ファイの広い背中に負ぶわれて、彼の言葉に耳を傾けた。寒かった。痛かった。ヒーローにしては遅い登場だったんじゃない?
分かってる。ファイは何も悪くない。そもそも、私が携帯電話を携帯していなかったのが悪いのだ。
現実では、物語のように女の子がピンチの時、男の子がすぐに駆けつけてくれるような事は滅多にあり得ないって、自分に言い聞かせたばかりだし。そう考えれば、何の手がかりもない状態で私を見つけ出してくれただけでも有り難いと思わなくちゃ。私達の恋愛は作り話なんかじゃなくって、シナリオが決められていない、リアルタイムで進行しているのだから。

……でも、と、少しだけ骨で尖った背中に身をすり寄せた。

「ありがと。来てくれて」
「いいえー。さ、保健室に行って体を温めて足の治療をしてもらってから、約束通り出かけようねー」
「うん!」

作り話のように都合よくはいかないけれど、これが私とファイの恋愛の形で、彼は私だけの王子様なのかもしれない、なーんて。
そんなこと恥ずかしくって言えないけれど、代わりに頬を彼の肩にすり寄せて、もう一度「ありがとう」と呟いた。





──END──

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