ステージが君を待っている!


──音楽室──

弾けるドラム音、走り抜けるようなベース音、それを追いかけるギター音。音楽に溢れたこの部屋に、力強い歌声が響く。それぞれの音が相乗作用により、より良い音楽を生み出すのだ。
Aメロに続き、Bメロに突入。そしていよいよ、サビへと繋がるドラム音が炸裂したとき、ボーカルであるレンの耳が、よけいな音を拾った。

『ちっがーう!』
「ぶっ!!」

キーン、という不快音と共にレンの声がキンキンに響き、さらにその直後、黒鋼の鈍い声が響いた。そう、レンがマイクをスタンドから取り外し、ドラム担当の黒鋼へと投げつけたのだ。ベース担当のファイと、ギター担当のユゥイは、秘かに合掌した。
額を真っ赤に腫らした黒鋼の元に一同集まり、演奏は一時中断となる。

「今、一回多く叩いたでしょ!もう一回最初から!」
「ちっ、バレてたか……それにしたって、マイク投げつけるこたぁねぇだろ!!」
「スパルタだねぇ、レン先生」
「さすが音楽教師ー」
「本番まであと1時間もないんだから、ギリギリまで練習練習!!」

ロックテイストの衣装に身を包んだ4人の堀鐔学園教師たち、実は約1時間後に控える学園祭の生徒たちによる生ライブに飛び入り参加の予定なのだ。一部の人間しか知らない極秘事項だが、音楽教師のレンの手もあり、こうして音楽室でひっそりを練習を重ねて、本番である今日に至る。
歌うことが本職であるレンの歌唱力はもちろんハナマルなのだが、昔から音楽に関わっていたユゥイのギターと、それをいつも聴いていたファイのベースはなかなかの腕だ。
唯一の問題と言えば発案当初は乗り気ですらなかった黒鋼も、ドラムというある意味では彼によく似合う楽器を与えられてからは、楽譜は読まず体で覚えて、案外ノリノリで叩いて蹴ってと演奏していた……まあ、ノリが良すぎて、先ほどの悲劇を生みだしたのだが。

「さぁ!みんな、声出していきましょー!!」
「どこの運動部だよ」
「あはは」

志気を高め、それぞれが位置に戻っていく。黒鋼先生に投げつけたマイクを、レンは再びスタンドに取り付け直しながら、小さくのどを鳴らした。音楽に関しては決して妥協を許さない彼女ののどには、リハーサルを重ねる度に疲労が蓄積される。
……まだ、大丈夫だ。

「レンレン先生ー」
「え?」

ファイの声に呼ばれて振り向けば、自らの口を彼の手で覆われた。突拍子もない彼の行動に、クエスチョンマークばかりが頭に浮かぶ。
そのとき、何かが口内に転がり込んできた。口の中いっぱいに広がる柑橘系の甘い味、そしてころころすべすべとした舌触り。ファイによってレンの口の中に放り込まれたのど飴は、彼女の体温でじっと溶けだし、かすかに腫れたのどを優しく潤した。
レンが目を点にしていると、反対にファイはにこっと笑った。

「主役が潰れちゃどうしようもないんだから、喉は大切にねー」
「……あい」

さすがは私の恋人、と言うべきか、レンはばつが悪そうに視線を泳がせた。気付かれないようにしていたつもりなのに、やはり彼の目だけは誤魔化せないのだ。すべてが溶けきったあとも、口内に残る甘い味は、どこか彼の優しさに似ているようだった。

そんな恋人モードに突入した二人に気を利かせていたその他二名だったが、いつまで経っても無自覚な二人の桃色空気が収まらず、痺れを切らした黒鋼がドラムを叩いたのが数分後のこととなる。





──END──

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