ある日の音楽の授業


──音楽室──

その日、四月一日のテンションはいつもとは真逆に低かった。霊が背後に憑けてきたんじゃないかと思うほど、負のオーラを放っている気がする。口から漏れた溜息は、これでもかというほど重かった。

四「ああ、とうとうこの日が来たんだー……」
小「今日、何の日だっけ?」
四「テストだよー……レン先生の、歌の」
百「ああ」

そう、今日は音楽の授業の歌のテストの日。他の生徒達も、教科書を見直したり、必死に歌詞を覚えたりしている。
四月一日も、既に着席して教科書を広げてはいるものの、それは形だけのようだ。諦めが大きい事は目に見えている。

四「みんなの前で唄うなんて、大丈夫かなぁ……しかも、課題曲はまだ伏せてあるしなぁ」
小「確かに、少し緊張するかも」
四「だろっ!?」
百「別に」
四「はぁ!?つか、おまえちゃんと唄えるのかよ!」
百「分からん」
四「分からんって!」
レ「お待たせー!」
ソ「お待たせー」
ラ「お待たせー」

四月一日と百目鬼の言い合いを遮った、3つの高い声。生徒達が注目する中、胸に楽譜を抱えて、モコナコンビを両肩に乗せたレン先生が、教卓に立った。軽く切らした息を整えつつ、腕時計を見てガッツポーズを作る。

レ「よっし!セーフ!」
四「いや、3分アウトっすよ」
百「というか、また非常階段から来たんですか」
レ「だって、1階からだと窓を飛び越えて非常階段を駆け上がった方が近いんだもん」

えへっ、と誤魔化すように笑うあたり、これが教師なのかと疑える。しかし、これが堀鐔学園の普通なのだ。窓から出入りするのも、授業開始時間がルーズなのも、理事長がそうなのだから誰も文句は言えない。
実際、そんなユルい先生達だが教師としての腕は一流だ。だから、生徒からの苦情も出ないのだろう。

小「レン先生、いつもと服の感じが違いますね」
レ「あ、気付いた?実はこれ、堀鐔学園の事務員さんの制服なの。今日、スカートにコーヒーを零しちゃって、保健室で洗濯してもらっている間、借りたんだ!」
四「へー」
レ「慣れないもの、飲むものじゃないよね……って!お喋りはここまで!授業を始めます!」

起立、そして礼。授業開始の義務的な動作を終えると、レン先生はにこりと笑った。

レ「今日はみんなに伝えてたとおり、歌のテストをします」
四「ああ、やっぱりー……」
レ「みんなに唄ってもらう曲は、一人ずつランダムに決めます。1学期に習った曲名が書いてある紙が、この箱の中に書いてあるから、一人ずつ引いて唄ってもらいます」
小「えっ!?」
四「まじっすかぁ!?最近習ってる曲の中からかと思ってた」
レ「まぁ、曲名に限りがあるから歌が被る人もいるけどね。じゃあ、時間もないし早速行くわよ」

悪戯っぽく笑い、レン先生は教卓の下から丸い穴の開いた箱を取り出した。普通のテストなら名簿順に順番が回るはずだが、普通じゃないのが掘鐔学園の教師陣。名簿表を見て「誰にしようかな」とどこかで聞いた事のあるような、言葉遊びで決めている。よけい時間がかかるんじゃあ、と四月一日が内心ツッコんだのは言うまでもない。

レ「じゃあ……トップバッターは、ここにいるモコナ達から」
ラ「引いて良いぞ」
ソ「はーい……これっ」
レ「えっと『あの素晴らしい愛をもう一度』ね。じゃあ準備して」

「はーい」と元気の良い返事を一つして、モコナ達はピアノの上に立った。伴奏はもちろんレン先生だ。テンポのいい旋律に、モコナ達は楽しそうに体を揺する。

四「意外と上手い……」
小「楽しそうに唄うね、モコナ達」
百「ああ」

思わず、聴いている者を笑顔にさせる。モコナ達はそんな歌を唄った。同時に、モコナ達はでたらめに唄うだろうと予想していた四月一日にプレッシャーがかかる。

曲が終わると、ぱちぱちと拍手が響いた。レン先生も上機嫌で、名簿表になにやら記録している。

レ「うん!リズム感ばっちりだし、二人とも合格」
ソ「わーい」
ラ「やったな!」
レ「次は小狼君」
小「は、はい」
四「頑張れよ!」

ガッツポーズをしてみせる四月一日に、小さく手を振り返して、小狼は黒板前の高くなっている床に上がった。箱の中に手を突っ込み、中身を軽く混ぜて触れた紙を手に取り、レン先生に渡す。

レ「『旅立ちの日に』ね。卒業式の定番ソング」
小「唄えるかな……」

緊張した面もちの小狼に「リラックスしてね」とレン先生は微笑むと、誰もが聴いた事のある旋律を奏でた。優しい音色に小狼の緊張も解れ、自然と声が出せた。

四「いや、小狼普通に上手いし」
百「元の声も高い方だから、高音もちゃんと出てるな」

歌が終わると、四月一日は何ともいえない表情で手を叩いた。自分が予想していたより、明らかにみんな上手いのだ。しかも、歌詞をちゃんと頭に入れて、なにも見ずに真っ直ぐ唄っている。これはポイントが高い。四月一日は最後の悪足掻きに、教科書や配布プリントと必死に睨めっこをし出した。

レ「高い部分も安定して唄えてたし、合格」
小「有り難うございました」
レ「じゃあ、次は百目鬼君」
百「はい」

相変わらずの無表情で、百目鬼は前に進んだ。迷う事なく、最初に触れた紙を抜き取る。

レ「『時の旅人』ね。これも良い歌よね」

レン先生の伴奏に、百目鬼の歌声が乗った時、教室内は僅かにざわめきだした。教科書に見入っていた四月一日まで、顔を上げて思わずツッコむ。

小「こ、これは歌っていうより」
四「詩の朗読だろ!伴奏無視かよ!」

なんというか、やはり百目鬼は期待を裏切らない。百目鬼の歌には、テンポやリズムといったものが皆無だった。しかし、彼は至って本気なので、怒るに怒れない。

レ「うーん……百目鬼君、もう少しリズムとか考えて、後日もう一回テストしよっか」
百「はぁ」

「有り難うございました」と一礼して、百目鬼は席に戻っていった。席に着くなり、開口一番に不足そうに呟く。

百「駄目だった」
四「当たり前だ!つか、あれで合格だと思ってたのかよ!」
百「ああ」
四「図々しい奴……!」
小「四月一日君、レン先生が」
四「えっ!?」
レ「じゃあ、四月一日くーん」
四「はっ、はぃい!!」

思わず声が変に裏返り、クラス中がくすくすと笑いに包まれる。だが実際、今の四月一日に周りを気にしている余裕はない。
かけ声と共に、箱に手を突っ込む。そして、混ぜて、混ぜて、混ぜて、これでもかというくらい混ぜた。

四「どうか簡単で短い曲になりますように……これだあっ!」
レ「えっと……あら、難しい曲引いちゃったね」
四「……えっ?」
レ「『Fly Me To The Moon』。合唱曲じゃないから、逆に難しいのよね。教えたときみんな苦戦してたし。歌詞英語だし」
四「歌詞が英語……ああー!あの曲!」

その曲名に、どうやら思い当たる節があるらしい。がっくしと頭を垂れている。合唱曲でないだけでも難しいのに、ましてや洋楽、しかもこの曲の締めはかなりの高音だったはず。クラス中の同情の眼差しが、四月一日に向けられる。

四「まさか当たらないだろうと思って、全然目を通してない……」
レ「まぁ、頑張って。教科書見ても減点にはしないから」
四「はぁい……」
小「四月一日君……」
百「可哀想なやつ」
四「おまえには同情されたくねぇよ!!」

そして結局、高音で声が裏返ってしまったり、息継ぎをする場所を間違えて悲惨な目にあったりと、散々な結果に終わってしまった今回のテスト。数日後、百目鬼と共に再試験を受ける四月一日の姿があったのは、言うまでもない。





──END──

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