だから君には敵わない


※【eclipse of the moon】の紗羅様より頂き物。





ふああ、と一つ欠伸をした。
ばれると拗ねるから隠すのだけど。


―――視線の先で揺れる桃色の髪を見つめて、微笑んだ。


「ねぇねぇ、どっちの色がいいと思う?」

「どっちでも似合うと思うよ。レンならね」

「えー?うーん……どうしよう。ルナは浴衣、何色にするか決めたの?」


夏祭りに向けて浴衣を買いに来た店で、まだ迷った様子の桃色の瞳を見つめて小首を傾げる。
レンが着てみたいというから着る事になったのだが、本人の踏ん切りがつかないらしかった。
まあ、待つのも甲斐性だから構わないのだが。


「私は家にあった濃い藍色のだけど? レンは薄めの紅色あたりがいいんじゃないかなー」

「ルナが藍色なら、私こっちにする!白に薄紅の模様の!あとあと、髪飾りと帯飾りとバッグとかも……」

「いいんじゃない、レンに似合うと思うよ」


取り上げられた浴衣をざっくりと見て判断をする。
身丈も大丈夫そうだなと頷いて、あれもこれもとせわしない動きに口を押さえて笑った。
ああ、本当に可愛い。


「……時間はたっぷりあるんだから、落ち着いて決めれば?」

「有り難う!可愛いのたくさん欲しいの。初めての浴衣だし。せっかくルナに着付けてもらえるんだし」

「……折角、ね。自覚のない殺し文句って言うのも厄介だなー」


さらり、と告げられた言葉に口元を苦笑の形に歪めて、言葉を投げる。
これは彼も苦労するだろう。
本人がどうにも無自覚に人を惹き過ぎるから。
……しかも私も彼もその一人だから笑えない。


「ゆっくり決めなよ、レン」


―――そういった後、随分と時間がかかったのはまた別の話で。









「憧れの浴衣ー!早く着せて着せて!」

「はいはい、……ってこら、動かないの。はしゃぐとちゃんと着せられないから着てるうちに型崩れしちゃうよ」


自室に移動してからも、はしゃいだままの彼女の頭を軽く叩いて嗜めれば、ふと思いついた言葉がある。
………あとで女物の着付けを教えてくれといわれたらどうしよう。
どうも彼はレン関係では馬鹿というか一直線だから。


「……まああれか、ファイさんにはそっちのほうが都合がい、」

「ルーナー!もうっ!」

「はいはい、ほら暴れないの」


頬を染めた彼女の非難の視線を受け流して着付けをしていると、頭上から興味津々といった風な声音が降ってきて視線を上げる。
かち合った桃色の瞳もまた声音と同じように輝いていて、目を瞬く。


「そういえば、ルナはお祭り誰と行くの?旭さんと?」

「……君達じゃあるまいし、侑子先生とかいつものメンバーだけど?まあ小狼くんとさくらちゃんとは適当なところで『逸れる』つもりだけどね」


ずっと一緒にいるのはあんまりにも無粋だ、と肩を竦めて見せれば不満げな声が紡がれる。


「なんだ、つまんなーい。ルナの浮いた話の一つや二つも聞きたいのに」

「はいはい、つまんなくてごめんなさい。……はい、出来たよ。私も着てくるからその間に下駄とか色々決めなさいな」

「はーい。いってらっしゃーい」


ひらひらと振られる手に同じような仕草を返して自分も着替えれば、準備万端な様子の彼女の姿が目に入って本気で逃げたくなった。
………いや、そういうの苦手なんですけどレンさん。勘弁してください。


「わ、ルナきれー!あとは髪とメイクで完璧ね!私ルナが着替えてる間に済ませちゃったから、座って座って」

「………しなくていい。髪は髪ゴムあるし」

「だめー!ルナに似合いそうなおっきいお花の髪飾りも買ったんだから!つけるの!つけてくれなきゃ泣くから!」


抵抗してみたものの、こちらの弱点を理解した彼女に勝てるはずもなく。
深い溜息をついて、逃げられないことを理解する。


「う…っ。はぁ、………意外と悪女だよね、君」

「自覚してるもーん。えっと、まずはメイクから……どうしよっかなぁ……ラインは長めにして……マスカラはロングタイプにして……シャドウの色は……」


どんな暗号なんだろうこれは、というのが正直な感想で。
思わず引き攣った声が出た。
なんだか今日はやられっぱなしだ。


「………お手柔らかにお願いしますレンさん」

「大丈夫!バッチリ綺麗にしてるから!あ、目は閉じててね」

「………いや、そうじゃなくて」

「動くと瞼はさんじゃうよー?痛いよー?」

「……ああもう」



全面降伏。
敵う筈も、ない。



「最後に口紅して……グロス重ねて……出来たぁ!」

「………やっと終わった……」


そんなことをつれつれと考えながらぼんやりと時間の経過を待てば、完成の言葉が告げられて。
それにほっと息を吐き出せば、レンの声音が言葉を継いだ。


「じゃあ次は髪ね!コテでくるっくるに巻いてー、結い上げてー、おっきいお花つけちゃお!」





え。





「……マジですか」




思わず言葉が零れ出れば、それを見計らったようにノックの音が響く。

時間を見ればそろそろ刻限で。



ああお迎えだと吐息を零して、その音の主に八つ当たりをすることを決めた。





end

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