4.12月25日にドッキドキ!


──アリーナ──

青と白で装飾された巨大クリスマスツリー、ふかふかの絨毯が引かれた床、天井から垂れ下がったシャンデリア、美味しそうな匂いを漂わす料理、宝石のようなスウィーツ。
体育祭や大会、コンクールなどで使用される堀鐔学園超巨大アリーナは、パーティー会場へと顔色を変えていた。
今宵は12月24日、クリスマスイヴだ。堀鐔学園では、幼児舎から大学院までの生徒たちがこのクリスマスパーティーに参加している。

マンモス校がいくつも合体して、通常だったらこの場に入りきれない程だが、アリーナは超が付くほど特大であるし、家族や恋人と過ごすからと不参加の生徒も少なくはないし、中等部から下の学年は早めに帰る者が多いので、現在些かぎゅうぎゅうではあるが何とかこの場に収まっている。
何故、幼児舎から大学院まで合同かというと、普段は関わることのない人間と交流することで人の輪を広げることを趣旨とし……という面倒くさい説明は置いておいて、無論、その方が楽しそうだからだ。

舞踏はすでに幕を閉じ、今は生徒も教師も自由に飲食をしながら、中央ステージでの出し物を眺めていた。なにぶん面積が広いこのアリーナ、直接は見辛い者も多々いるのだが、巨大スクリーンが至る所にかけられているので心配は無用だ。響き渡る奇跡の歌声はもちろんアリーナ中に届き、その持ち主の顔も、スクリーンに映し出されている。
代表的なクリスマスソング『White Christmas』。しっとり、艶を持つ声で歌い上げると、レンは拍手に包まれながらステージを降りていった。

小「レン先生、すごく素敵でした!」
レ「有り難う、小狼君」
小「次の出し物は誰が……」
百「小狼」
龍「そろそろ時間じゃないか?」

あ、と小狼は声を上げて時計を見上げた。時刻はすでに23時を回っている。パーティーは日付が変わるまで行われるのだが、小狼は終了を待たずして行くべき場所があった。それは、みんなも知っている。

レ「頑張ってね」
龍「うまくやれよ」
小「……うん!」

小狼はその場を離れ、少しだけ緊張した面もちでさくらの肩を叩くと、振り向いた顔は笑っていた。二人してアリーナを出て行こうとすれば、冷やかしの声が背後から飛ぶ。言うまでもなく、侑子が主に、だ。照れ笑いをしながら、二人はいそいそと出口へと消えていった。
羨望を含んだ眼差しで、レンは二人の後ろ姿を追っていたが、自分の名前を呼ぶ声に振り向いた。式服に身を包んでいるのはユゥイ、腰までスリットが入ったドレスを着ているのはイリス。共に、衣装の色は黒を主調としている。

イ「レン」
レ「イリス。ユゥイさんも。二人は何かしないんですか?」
ユ「侑子先生の命令でコンチェルトをするよ。ボクがピアノで」
イ「ワタシ、ヴァイオリン」
レ「うわぁ!楽しみ!」
ユ「それはそうと、アリーナの入り口でファイが呼んでるよ」
レ「え?」

ユゥイの言葉に促され、レンは入り口へと速歩きで向かった。途中、知り合いや先ほどの歌を聴いた人々に捕まりながらも、人混みをかき分けて入り口まで向かう。この広いアリーナでは、中央から端まで行くのも一苦労だ。
ファイは確かに入り口付近にいた。レンの姿を確認すると、へにゃりと口元をゆるめて手招きをする。

フ「お疲れさまー」
レ「うん。どうしたの?」
フ「外、雪だよー」
レ「ほんと!?」
フ「行ってみる?」
レ「うん!行く行く!」

20代半ばまで生きてきて、雪など珍しくもないだろうに、この喜びよう。まるで子供か、それとも子犬か。レンに耳や尻尾が生えていたら、耳をピンと立てて尻尾をぶんぶん振っていたことだろう。
ファイの横をすり抜けて、外へと向かう。二重になっている重い扉を押し開けば、寒気が一気に身を貫き、視界に白い綿が降ってきた。触れてみればひんやりと柔らかく、肌の熱ですぐに溶けた。

レ「わー、ホワイトクリスマス!すごいすごい!」
フ「レンレン、あんまりはしゃぐと」
レ「わ!」

太く安定感があるとはいえそこそこの高さのヒールで飛び跳ねていたレンは、ツルリと足下を持って行かれ、お尻から地面に倒れようとした。しかし、そこはナイトの役目だ。ファイは、レンの脇の下から手を通し、がっちりと抱き止めた。
少し長めの金髪が、レンの顔に微かにかかる。平行した状態にある顔の隅に、ピキリと怒り皺が見えたようだ。

フ「こうなるでしょー?」
レ「……すみません」
フ「もー、何も着ずに飛び出してー」

レンを真っ直ぐに立たせ直すと、ファイはクロークから受け取ったコートをふわりとレンにかけた。パステルピンクのミニドレスが、白いコートの下に隠れる。暖かさでふわふわする。
「ほらー、冷えないようにちゃんと手を通して」と、自分の身を案じてくれるファイを見て、レンは泣いてしまいそうになるのを必死に堪えた。優しさをかみしめる中で、同時にとても複雑だったのだ。

カフェで悩みを打ち明けたあのあと、イリスに付き添ってもらって婦人科に行った結果、やはり懐妊だった。その事実を、未だ、ファイには知らせられずにいる。

レ(……ファイ、私は)

ぽふ、と首に何かをかけられる。鮮やかな青色のマフラー、これもファイのものだ。マフラーまで受け取ってきていたのだろうか。
自分はもう良いからファイが巻け、と首を振ったが、ファイはレンの首にくるくると何重にも巻いていく。今の自分はなんて不格好なんだと想像し、また、ファイが真顔で行っているその動作に、思わず吹き出した。

レ「ファイ、大袈裟よ」
フ「ダメ。もう、レンレンだけの体じゃないんだから」

……一瞬、何を言われたのかわからなかった。理解するまでに数秒の時間を要したあと、レンはゆっくりと顔を上げた。

レ「……どうして」
フ「一緒に暮らしてるのに、オレが気付かないとでも思った?」
レ「……」

嗚呼、ファイは知っていたのだ。レンが今まで口に出せずに、隠し続けていた事実を。





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