2.12月25日にドッキドキ!


──女子トイレ──

授業の合間の貴重な10分休み。生徒たちがする事といえば、教室を移動したりトイレに行ったり、クラスメイトと談笑したり、机に突っ伏して眠ったり、たいていはこの中のいずれかに当てはまるだろう。
しかし、女子生徒は高確率でトイレに出没する。さくらとひまわりも例外ではなかった。ひまわりは髪を結び直し、さくらは唇にリップを塗り直している。それぞれ鏡に向き合ったまま、ガールズトークは終わりそうもない。話の内容から察するに、さくら曰く小狼の様子が近頃おかしいということだった。

ひ「じゃあ、最近小狼君とデートしてないの?」
さ「うん。なんだかいろいろ忙しそうなの。一緒にいても眠そうだし」
ひ「そうなんだ」
さ「どうしたのかな?なにか悩み事とかかな?それならわたしにも話してくれたらいいのに……」
ひ「小狼君のことだもん。きっと言えない理由があるんだよ。無理に聞き出そうとしないで、小狼君が話してきたら聞いてあげるのが良いんじゃないかな」
さ「うん……」
イ「あら?」

コツッ、上品なヒールの音が響いた。イリスが入ってきたのだ。長身のてっぺんにある穏やかな笑みを浮かべた顔を見上げ、さくらとひまわりはペコリと頭を下げた。

さ「イリス先生」
ひ「こんにちは」
イ「コンニチハ。二人とも、もうすぐ次の授業、始まりマスよ?」
さ「えっ!?ああ!本当!」
ひ「お喋りし過ぎちゃったね。次は侑子先生の古典だから、早く教室に戻らなきゃ」
さ「うん!イリス先生、失礼します!」

櫛やらリップやらをポーチにしまって、さくらとひまわりはパタパタと教室に戻っていった。廊下は走らない、など小学生から教えられていたことも堀鐔学園にとっては非常識。いかなる時も全力疾走がモットーである。
もとより校則に煩くないイリスは気にもとめず、先ほどのさくらたちと同じように鏡に向き直ってポーチを取り出した。さらに、携帯用歯ブラシを取り出し、歯をシャカシャカと磨きだした。

イ「……」
レ「……イリス」
イ「!?」

心臓が止まる、どころではない。危うく泡を吹きだしてしまいそうになるのを必死で堪えて、イリスは口元を押さえた。
鏡に、自分と同じ顔がもう一つ、しかも死にそうな表情で突然出てきたら、誰しもこうなるのではないだろうが。言わずもがな、それはレンだ。
「ねー……イリス」と肩をがくがく揺すってくるレンに、ちょっと待てと体でジェスチャーして、口を濯ぐ。

イ「……はぁ、っ。レン、いつからいたの」
レ「さくらちゃんたちが来る前から一番奥の個室に……」
イ「気配なかったケド。ハナコサン、ごっこ?」
レ「違うもん!私が真剣に悩んでるのにからかわないでよ!」
イ「悩む?レンが?」
レ「そうだよ!」
イ「また、痴話喧嘩?」
レ「違うもん!今度は、そんなんじゃ、ない、もん」

ポカポカと威力のない猫パンチを避けながら、イリスは首を傾げた。レンのいつもの元気が、確かにないのだ。その瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。

イ「レン……?」
レ「イリス、次、授業入ってる?」
イ「ない、ケド。どうしたの?」
レ「……」

レンはイリスの服の裾を掴み、無言でぐいぐいと引っ張った。普段なら、抵抗するか払いのけるかするイリスも、双子の姉の様子が明らかに違うことに閉口し、レンの後を追いかけた。





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